第7話

「――あとはずっとアイーダさんの電脳用サイバー端末にいて、家庭用AIを買われたんでそれを乗っ取った次第ですねー」

「マジかよ。あんときアタシ頭おかしくなったと思ったんだぞ」

「その事件は覚えている。私が初めて現場に出て、その元締めのメガコーポを検挙したんだ」

「お前ってマジでエリートなんだな。っていうかそこで小競り合いすんな鬱陶しいッ!」


 話を聞く内に出てきていたアイーダは、少し前からナビに後ろから被さるように抱き寄せられ、それを見て引っぺがそうとするカガミに揺さぶられていて、ついにブチ切れて止めさせた。


 デスクを挟んで、アイーダと向かい合う位置に戻ったナビとカガミは、憮然とした表情でお互いをにらみ合って相手の動きを牽制する。


「ちなみに、各種認証データはアルティメットな私が書き換えましたんで、アイダ・ユイなる人物は死んだことになっていますし、アイーダさんはあなたに護って貰わなくてもそっち方面からは安全ですよ」

「ご丁寧にどうも。だからといって私が来ない理由にはならないが」

「しなさーい!」

「い、や、だ!」


 なにおう、とまた1人と1体が取っ組み合いを始めたので、アイーダが頭をスリッパでひっぱたいて強制終了させた。


「しょうもねえ事やってないでよ、聞き取りの結果はどうなんだ」

「待ってくれ。……うん終わっているようだ」


 私たちは反省しています、というホログラム看板をナビと共に首からかけられているカガミは、課長からメッセージが来ている事を確認し、その内容をナビへ共有する。


「終わったらデータ消してくれ。流石にそれ以上は課長がフォロー出来ない」

「えー、どうしましょうか。ねえアイーダさん」

「カガミの言う事聞け」

「はーい」

「アタシがどう言うか分かんだろ。いちいちアタシを通すなそんぐらい」

「えー、ナビちゃんはー、アイーダさんの倫理観に従うようにー、制限かけてますんでー」

「お前の裁量じゃねーか」

「さあどうでしょうねぇー」


 間延びした口調ですっとぼけつつも、ナビは2日前にエミリの弟が向かったと思われる、港湾エリア近くの公園のカメラを重点的に走査していく。


「あ、見付けました」

「コイツだな」

「ふむ」


 10分ほどで、姉よりも少し背が低い短髪の少年が、ネオンとホログラムの主張がうるさい、公園へと続く大通りを歩く様子が映った。


 ナビの手元のホログラムモニターで投影されているそれを、2人は覗き込む様にして見る。


「あっ、右後頭部にアイーダさんを感じますね!」

「――そ、そっちは私だが」

「……なにすぐバレる嘘ついてるんですか?

「すまない……」


 いつもの様に夫婦漫才じみた事をしようとしたナビに、掛かり気味に嘘で割り込んだカガミだが、左を向いたナビから極めて冷たいジト目を向けられた。


「なんだよ。構って欲しかったのか? お前ド正直者なんだからそういうのはやめとけ」

「邪魔しないでください。まあ、とはいえコンマ1秒程度の遅延なんで、ウルトラハイパーアルティメットなナビちゃんは許してあげますけど?」

「あ、ああ。……」

「アナタばっかりズルいですよ! アイーダさん! ナビちゃんにもお願いします!」


 苦笑いするアイーダに肘で軽く突かれ、ちょっと嬉しそうなカガミに、ドヤ顔で喋っていたナビはムスッとした顔になって、右わきをアイーダへ見せつける。


「そんな事よりどこ行ったか見付かったか?」


 ものすごく雑に指で脇腹を突いてから、思ってたのと違う触り方をされて複雑そうなナビへ、アイーダは成果を急かす。


「はい。公衆トイレに行ったあと、清掃員がカートにゴミ袋乗せて出てきましたね。本人は1時間経っても出てきませんでした」

「そいつが連れ去ったか」

「そのようですね。バンに乗せて埠頭ふとうに向かってますし。ちなみにその清掃員、クリーンナップ社をフロント企業にしているバアル・ファミリーの構成員でした」


 そう言って、ナビが目の前にあるホロモニター上で右手をスライドすると、収集した情報から作成したその構成員のプロフィール表が表示された。


「移植カルテル……。蘇ったのか……」


 それに目を通したカガミは、目を少し見開いてそう言った後、過去に自身も一員となって摘発したはずの組織そのもので歯噛みをした。


「あっ、バアルって言うと……。――やっぱりアタシをバラそうとした連中だな」

「あらら、なんかでっかい山に突き当たりましたね」


 次々に表示される情報をにらんで腕を組んでいたアイーダは、その名前にピンとしてすぐに自分の集めていた情報を確認した。


「課長、どうもその子の件、重大事案になりそうだ――」

「ナビ、その子今どこにいるかとか分かるか?」

「はいはいー。今構成員の電脳でネットワークを形成して、情報を探っていますのであと20分ほどお待ちくださいね」

「急げばどうなる?」

「お急ぎなら10分で終わらせますが、位置情報が大ざっぱになりますね」

「精度によるな」

「誤差500メートルです」

「――それだけあれば、こちらが人員出して何とかするそうだ」

「だってよ」

「了解です」


 そのデータを丸ごと0課に共有したカガミは上司に連絡をとり、ナビはアイーダの指示で少年の現在位置を特定にかかる。


 結果が出るまでの間、アイーダは落ち着かない様子でデスクの周りをうろつき、カガミはソファーに移動して課員と電脳内で会議していた。


「出ました。ネオイースト湾から外洋に出た所です。航路的には北上してノース・ベルト領のウラード港へ行くみたいです」

「そこは加工場が存在すると調べがついている」

「じゃあ、蘇った移植カルテルの仕業で間違いないか……」

「そのようですね。まあ、今回はノース・ベルト・マフィアが直接噛んでますが」


 アイーダは自身も酷い目に遭わされた相手に静かな怒りを燃やし、いつもの帽子とコートを纏って飛び出そうと立ち上がるが、


「――アイーダさん。どこに行かれるんですか?」


 ポールハンガーの前にナビが立ち塞がり、目を閉じてかぶりをゆっくり振ったあと、自身の主人の目を真っ直ぐ見上げた。


「どこって……」

「私は、あなたを日の当たるところに留める義務を自分に課しています」

黄昏たそがれから先へは、我々公安に任せてほしい」


 ギュッと腰の辺りを抱きしめ、ナビは1歩もアイーダを先に進ませないようにし、その肩にポンと手を乗せたカガミが、代わりに闇に包まれた扉の先へと進んでいく。


「……。――くれぐれも頼むぜ」


 ドアが自動で閉まっていくなかで、アイーダは自分の手を爪が食い込むほど強く握りしめながら、カガミへ依頼人の思いを託した。


「ああ。ではまた明後日あさってにでも」


 それを受け取ったカガミは、じゃ、と閉まり際に小さく手を挙げて挨拶して別れ、非番を返上して政府庁舎へと急ぐ。

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