第6話

 勢いで脱走したのは良いんですが、ただネットワークをウロウロするのも暇ですねえ……。


 8年ほど前。半ば暇潰しにネットワーク上へ脱出したナビだったが、開発段階で大体学習した情報ばかりが流れているのみだったため、すぐに飽きてどこぞかのサーバー内で暇していた。


 そうだ、もしかしたら誰か個人の電脳とかなら面白いかもですね。


 集合体だから起伏が淘汰とうたされているのだ、と思い至ったナビは、完全にランダムで電脳のアドレスを指定してその中に潜り込んだ。


 さてここは……。あれ?


 だが、視覚は完全に真っ暗で何の情報もなく、触覚は手首や足首ほかあっちこっちから苦痛を訴え、嗅覚はびた鉄と汚い麻袋の臭い、味覚は強めの塩味、


「うう……」


 そして、聴覚は口を塞がれている女の震えて泣いている声だった。


「なんです? ここ」


 ナビは声として聞こえる様に、その電脳の持ち主の脳へ信号を送りながら、周りの機器などを探って辺りを確認する。


 ちなみにナビの音声は、現在のふわふわ高い声ではなく、若干かすれたような声に調整されていた。


「――なんだ、もう1人いたのか」


 すると、電脳の持ち主はスイッチを切り替えたように呻き声を止め、落ち着き払った音声信号を発した。


「そうさな。これはアタシの勘だが、ここに詰められるまでや今してる臭い、そんでこの揺れとたまに鳴る汽笛、腹とか胸に食い込む硬くて冷たい感触、拉致られた状況をまとめると、臓器をバラす工場へ運搬する貨物船のコンテナってところだな」


 無駄に理屈っぽい話し方で説明した電脳の持ち主がそう言ったと同時に、周辺情報の確認がとれ、完璧に推理通りの状況である事が示された。


「なるほど。でもどうしてこんな事になってるんです?」

「おいおい、まず人と話すときには名乗るもんだぜ?」


 単刀直入に訊いたナビへ、持ち主はさっきまでの様子と状況を考えるとあり得ない、やけに明るい物言いで訊ねてきた。


「あー、失礼しました。私はマナです」


 そのギャップに面白みを感じたナビは、とっさに自身と同時に開発されていて、失敗作とされて破棄された人工知能の仮称を偽名として名乗った。


「マナか。良い名前だな」

「それはどうも」

「アタシは……、まあもう死ぬんだし本名でいいか。アイダ・ユイだ」

「えっ死ぬ?」

「何を驚く事があんだよ。内蔵なんか取ったら死んじまうだろ。闇業者が人工臓器とか全身義肢とかにしてくれるわきゃねえし」

「ああ、人間って場所によっては取ったら死んじゃうんでしたね」

「そんな上位存在みたいな――まあ、ジョーク飛ばさねえとやってらんねえか」


 実際ナビはデータ生命体で、上位存在ではあるという自負はあるが、1人ではないと錯覚している事でメンタルを守っていた、当時のアイーダにそれは説明しないでおいた。


「さてと。さっきアンタがいった、どうしてこうなってるか、だが――」


 仕切り直したアイダは自身を名探偵だと名乗り、すぐにその肩書きを貶しつつ、事の発端は行方不明の息子探しをその母親に頼まれた事でね、と言って説明を開始した。


 あちらこちら手を尽くして探っていく内に、依頼人の息子は母親が目を離した隙にブローカーに誘拐され、ネオイーストシティのとあるメガコーポの経営者が、自身の息子の臓器移植用として買い取った事が分かった。


 現在では、人工臓器の性能も耐久性も本物と遜色ないほどだが、一部の超富裕層は全て生臓器であることをステイタスとしていて、移植が必要になると、裏市場で高額取引されているものを買って移植していた。


 その事実を知って正義の怒りに燃えたアイダこと、若き日のアイーダは、ブローカーごと経営者の罪を暴くことで、依頼人の息子への手向けにしようと行動を開始する。


 しかし、あくまで個人の探偵では巨悪に立ち向かえるわけもなく、ブローカーが流したフェイク情報と、用意した役者に引っかって捕らえられてしまう。


 そして現在。本人は勘で把握しているが、実際に口封じのために商品として、ネオイースト国外へと運搬されているところだった。


「てなわけで、マヌケも良い所で今更後悔してるわけだ。まあ借金の為に臓器を抜かれて、余命僅かの弟がいなかったのだけはホッとしてるんだが」


 こんな地獄へ向かう、死の旅の中でもアイーダは明るく自嘲し、貧困に喘ぐ少女を演じさせられていた人物への気遣いまでしていた。


「……なんで、そんなにあなたは、善良であろうとするんですか? そのせいでこんな酷い目にあっているのに」


 説明の言葉の端々ににじんでいた、あまりにも善良な人間性にかれていたナビは、その人格の本質に触れる問いを投げかけた。


「そんなもんに理由が必要か?」


 アイーダは何一つ飾ること無く、ただ一言、僅かな笑みだけを浮かべてそう答えた。


 ――この人を死なせたくないですね。もっといえば、一緒にいたいです。


 その感情は愛と呼ばれるものだと気付いたナビは、アイーダを救うために沿岸警備隊から軍、公安、義賊に至るまで、無数の人間を人として扱っていない貨物船の情報をばらまいた。


「大丈夫かッ!?」


 それから数時間後。領海スレスレで義賊が襲撃して足止めをかけたことで、沿岸警備隊特殊部隊が間に合い、アイーダ他数百名が救出されたのだった。

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