第5話
「でだ。なんでまた盗みなんざに手出しちまったんだ?」
身なりが少し汚かったので、アイーダは風呂まで貸してサッパリさせてから、応接セットのソファーで改めてエミリへ訊ねる。
「もー、あなたが譲らないせいで、こんな廊下に立っとけスタイルじゃないですかー」
「それはこっちの台詞だ……」
ちなみに、ナビとカガミは誰が隣の1人掛けに座るかで延々揉め、頭に来たアイーダにそれを撤去されたため2人並んで後ろに立っていた。
「弟が行方不明で……。それで……」
「ポリ公から、探して欲しいなら銭もってこい、って言われたか。それも結構な額」
アイーダに見てきたかの様に当てられて、エミリは目を丸くしながら、こくん、と頷いた。
「100万クレジットって言われた、から……」
「それで盗みなんかやっちまったら、その銭かすめ取られて何もせずか、成果の為にお前が逮捕されてお終いだぜ?」
「えっ……」
「上の方はどうか知らねえけど、下っ端は大概銭とかみたいなのをくれるヤツの味方でな。もしお前の弟が臓器売買のために誘拐されてて、それがメガコーポの手先だってみろ。殺されるお前をポリ公は見てるだけだぜ?」
口を半開きにして
「じゃあ、諦めろって事なの……ッ?」
「なわけねえだろ。本当に頼れる大人へ頼めってこった」
前のめりに食ってかかったエミリに向け、パイプを
「てなわけで、今いくら持ってんだ?」
「ええっ、お金取るの……?」
「そりゃそうだ。金で信頼を買うのが世の中の道理さァ」
話の流れ的にそう言われると思っておらず、困り顔で瞬きを繰り返しているエミリへ、アイーダはニヒルなウィンクを見せる。
気まずい空気にカガミがオドオドしてナビを見ると、
「ヤタさんもまだまだですね。アイーダさんの事を疑うなんて」
彼女は得意満面の笑みを浮かべてカガミを指さし、電脳通信でクスクス笑っていた。
「1千200……、クレジット……」
「そうかい。じゃ、200クレジットだ」
「……えっ?」
おととい来やがれと言われるのを覚悟して、目をギュッと閉じていたエミリは、聞き間違いかと思って耳の横に手をあてがう素振りを見せ、さっきよりあんぐりと口を開ける。
「なんだよ、弟のために200も払いたくないってか? おいおい」
「違くて……。そんなに安くていいのって……」
「お前の全財産で200は大金だろ。なんか文句あっか?」
「ない、です……」
早く寄越せ、と差し出した手を振るアイーダへ、エミリは美味すぎる話に恐る恐るといった様子で、ズボンのポケットからボロボロになった通貨ICカードを差し出した。
「ナビ」
「はーいはいのはーい。では、アイーダさんは最高っ、と私が言うまでこちらに――」
「……普通にやれ」
「アッハイ」
事務所のサイバー端末に繋がっている、末端装置をデスクから取ってきて、この紋所が目に入らぬか、めいた動きを誇張してもったいぶったので、ナビはアイーダから鬼の様に
「確かに。じゃあカガミ、コイツの身の安全を何とかしてやれ」
「いやあの、何とかって……」
「お前の知り合いに情に厚いやつ、いるよな?」
「……ちょっと待って、もらえるか」
入金をチェックしたアイーダから、ものすごく急に無茶振りされたカガミは、眉を下げながらもアイーダが言わんとした事を読み取って、〝0課〟長に通信をかける。
「どうしたッ! なんかあったかッ!」
「うわあ」
すると、すわ娘の危機か、と焦った様子でバカでかい声が返ってきて、カガミはこれでもかと渋い顔で、こめかみの辺りを素早く2回叩いて通信を切った。
「――頼むから、もうちょっと静かに出てくれない? 毎回毎回出力調整するのも面倒くさいから止めてって何回も言ってるよね? ねえ? あと、私って一応は
「いや、スマン……」
オフィスから廊下に出てかけ直してきた養父は、娘からのドスが効いた説教を喰らって、額にたらりと流れる汗をハンカチで拭う。
「業務連絡になるんだが――」
マフィア絡みの重要参考人かもしれないから、と口八丁手八丁のこじつけを繰り出し、カガミはエミリの一時保護を手配させる様に上司へ頼んだ。
「わかった。――とりあえず無茶はするが、なんとかしてくれるそうだ」
アイーダとナビが関わっている事をチラつかせられ、大分唸ることになったが、キンセン社とクリスマスの件もあるため、課長は面倒の気配にため息を吐きながら引き受けた。
ややあって。
先日、取り付く島も無くカガミにフられた同僚の男性捜査官に、エミリを送らせた2人と1体は事務所に戻って作戦会議に移る。
デスクの革張りチェアに腰掛けたアイーダは、デスクに両肘を突いて指先を合わせクールな雰囲気を出すが、
「さァてと――。何とかするとか言っちまったが、どうしよう……」
それに息を飲んだカガミとナビへ、ヘナヘナした声でそう言いつつ両手でそのまま頭を抱えてしまった。
「やーっぱりノープランでしたか」
「ええ……」
薄々察していたナビは、やれやれ、と腕組みをしてかぶりを振り、カガミは困惑して上半身だけずっこける動きをした。
「まあ、防犯カメラ遡れば犯行の瞬間が無理でも、人相ぐらいは分かるだろ」
「そりゃあもう、その手の作業はナビちゃんにお任せですが、流石のナビちゃんでもローラーでやると半日はかかりますよ」
「そこは彼女からの聴取を待とう」
「もうちょっと訊いてから渡せば良かったな……」
「本当に情が絡むとコレなんですから。それで
「あんときはひでえ目にあったな。ミイラ取りが
頬をつんつんしてくるナビの指を払っていたアイーダは、
「あれ? なんでお前知ってんだ? そんときは面識なかったろ」
その話をナビにした記憶がなく、喋るのを途中で止めて、言っちゃった、という様子で視線を泳がせて口を押えているナビへ疑問を投げかける。
「あー、その、ナビちゃんに都合が悪いっていう事はないんですが、〝名探偵アイダ〟さん時代の話は……、黒歴史かなと」
「め、名探偵アイダ……?」
いつも立て板に水どころかアセトンぐらいの勢いのナビが、目線を逸らしつつ口ごもって喋り、そのむず
「ナビ……。いっそバカにされた方がマシって事も世の中にはあるんだぜ……」
もはやデスクの下に潜ってしまったアイーダは、湯気が出そうなぐらい赤い顔をしながら体育座りをしていた。
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