第4話

 ややあって。


「いやあ、お前さんが本当の本当に金をすぐ払うとはな……」

「今まで悪かったよ……」


 食事を終えたアイーダが普通に会計を済ませたことに、もはや感激しているマスターへ、彼女は極めてばつが悪そうに過去の所業を謝罪した。


「つかさあ、カガミはアレしか食えない訳じゃねえんだから、もっと味がするもん食えよ」

「そうは言われているんだが、何を食べればいいか分からないんだ……」

「この前一緒に肉食ったじゃねえか」

「あれは、これ食べろ、と渡されただけで私は選んでいない」

「全振りの人生も融通が利かなくて難儀ですねえ。まあナビちゃんはアイーダさんに全振りしても融通が利きますよ! なんたってハイパーなので器用の極みなのです」

「人を単細胞みたいに言うのは止めてくれ……」


 雑談しながら店から退出し、アイーダが通りに足を踏み入れたところで、


「――うわぁッ!?」

「そいつ捕まえてくれー! 泥棒だー!」


 必死に逃げているであろう、10代半ばぐらいの鬼気迫る表情をした、少女サイボーグの泥棒と偶然鉢合わせてしまった。


「おいおいおいおい」

「と、止まれっ、こ、コイツがどうなっても良いのかっ」

「ええ……」


 すぐさま腕を強く引っ張られ、胸元の辺りを後ろからホールドされた挙げ句、首にナイフを突きつけられアイーダは人質にされた。


「よ、要求を――グエッ」

「おわっ」

「あぶなーい!」


 だが当然、風のように移動したカガミに2秒もかからずに凶器を奪われ、片腕を後ろに捻られながら地面に押しつけられて制圧されてしまった。


「サンキュー。ナビ」

「はいー。このくらい、介護アンドロイドならお茶の子さいさいの動作なのです」


 前方に放り出されたアイーダは、カガミが袖を掴んで飛ぶ方向を調整したため、ナビは真正面から彼女を抱きしめてキャッチした。


「それでお怪我はありませんか?」

「おう」

「うわーッ!」

「大人しくしろ」

「痛い痛い痛いッ!」


 取り押さえられた少女サイボーグが暴れるが、脚以外は生身のためにちょっとキツく極めただけで動きが止まった。


「おう、助かったぜ探偵」

「アタシは撒き餌になってただけだがな」


 30キロまでしか出せないスクーターで少女サイボーグを追いかけていたのは、近くの電脳用サイバー端末販売店の中年男性店主だった。


「で、なに盗ったんだよ」

「端末3台だな」

「カガミ」

「ええっと、これかな」

「おう、サンキューねーちゃん」


 腰の辺りに乗っているカガミが、窃盗犯の背負っていた片掛けバッグから、エアパッキンに包まれた新品の頸部けいぶ装着型端末を取りだして店主に渡した。


「中身はっと……。お、なんともないな」


 スクーターの前カゴに放り込んであった、管理用端末で製品の状態を確認して、内部まで無傷である事が分かると、店主は小さくため息を吐いた。


「どうする? お巡りに突き出すかコイツ」

「売りもんが無事だし、2度とウチから盗らねえならいいよ。ポリ公なんかに渡したら使用料の方が高く付くしな」


 そう言った店主は、無抵抗で押さえつけられている少女サイボーグに、2度目はねえからな、と、ものすごい剣幕けんまくで怒鳴ってから去って行った。


「ほ、放免なんだからもう良いだろっ。離せよ!」


 店主の姿が見えなくなったところで、観念していたかに見えた少女サイボーグが、再び勢いを取り戻してジタバタし始める。


「彼女に刃物を向けた件はまだ終わっていない」


 だがカガミは、依然険しい顔で取り押さえたまま、一切手を緩めようとはしない。


「さーて、アイーダさん。この人どうしてやります? 各種拷問の方法は全て学習済ですよ!」

「え……?」

「ふっふっふ。このナビちゃん、ご覧の通りのキュートな見た目の割に、実はえげつない技を持っているのですよ。こちらの偉大なるアイーダさんのお気持ち1つで、どんな処し方でもバッチリお応え出来るのですよーッ」

「そ、その、ウチ、し、知らなくて……」

「……処さねえから。その前にいつまで抱きついてるつもりだ」

「ぬわー」


 アイーダを抱きしめたまま、ひょっこりと悪い顔を出して少女サイボーグの恐怖を煽って泣かせたナビは、アイーダにサッと流されつつ、肩をつかまれて引っぺがされた。


「ようガキンチョ。アタシはポリ公でもマフィアでもねえから安心しな。カガミ、手離してやれ」

「しかし……」

「コイツはもう暴れねえだろ。それにお前がそこにいるだけでまず安全だしな」

「あっ、武器は私が押えましたのでー」


 アイーダが無警戒に近寄りながらした指示に、カガミは難色を示すが、アイーダに信頼を示す言葉を貰い、ナビが転がっていたナイフを踏んでいたため、不承不承といった様子で開放した。


「アタシはアイーダ。探偵をやってるもんだが、お前、名前は?」

「……エミリ」

「よしエミリ、ここじゃ寒いだろ? どうも訳ありっぽいし、事務所で話聞くぜ。あと、そこのでっかいのは、まともな方のお巡りさんの仲間みたいなもんだから安心しろ」

「うん……」

「仲間、で良いのだろうか……」


 アイーダの言った通り、エミリと名乗った少女サイボーグは、逃げようとも攻撃しようともせず、素直に彼女の言う事に従った。

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