第3話

「よう探偵。今日も暇そうだな」

「うっせえ。そう思うならなんか頼め」

「やっほーアイーダちゃん。どしたの? 3Pでもする感じ? 私も混ざって良い?」

「しねーよ。アンタみたいに年中脳みそピンクにしてねえの」

「あら、探偵さん。この前はウチのノリマキちゃん見付けてくれてありがとうね」

「ご丁寧にどうもなー」


 すると、開店準備中の飲み屋に向かう出入り業者、出勤前の風俗店キャスト、古くから界隈かいわいを取り仕切る金貸しの老年女性や、


「あっ、アイーダさん!」

「おうどうした。クソ旦那とは別れたか?」

「そうそう! まさか8股不倫クズだなんて思わなかったわ。幼馴染みだっていっても分からないものね」

「やあ探偵さん。盛況かい?」

「いーや。からっきしさァ。また従業員の素行調査の仕事回してくれよ社長さん」


 浮気が発覚した旦那を追い出した立ち飲み居酒屋の女将、格安飲食店グループを経営するはげ頭の老年男性など、様々な人々に好意的に声をかけられた。


 それからしばらく経って。


 アイーダは無くした指輪探しと、驚いた拍子に逃げてしまったバイオ猫探しを短時間で解決し、その報酬で表通りの喫茶店にて昼食をとっていた。


 ちなみに案の定、どっちがアイーダの隣に座るかで揉め、ボックス席でナビとカガミは並んで座らされている。


「なんというか、あなたは顔が広いんだな」

「当然じゃないですかー! アイーダさんはどんな人からの仕事でもホイホイ受けて、シュシュッと解決しちゃう上に、アフターサービスも丁寧ですからね! やっぱり探偵は信用第一、依頼人に寄り添った丁寧な仕事が大事なんですよ。お値段も相談できますし」


 サイボーグ用に最適化されたブロックフードを囓りながら、カレーを待っているアイーダへ、にこりと微笑みながらカガミが言うと、ナビが割り込んできてアイーダを力の限り称賛する。


「テレビ伝道師か。お前は」


 カガミを圧倒する、滑らかの極みのような喋りはさながらセールストークのようで、アイーダにやや呆れた目線を向けられる。


「まあお人好しが過ぎるんでたまに騙されそうになってますが。あっ、もちろん、ものすごく胡散うさん臭い、アイーダさんに害が及ぶ依頼はナビちゃんがお止めしますが!」

「一言余計だ」

「うわっぷ。口に入ったらどうするんですかー」


 サムズアップしてキリッと締まった表情を見せるナビへ、アイーダは口をへの字に曲げてバイオ紙の紙ナプキンを丸め、その顔面に投げつけた。


「あっ、でも入って万が一詰まったら、アイーダさんが手ずからとって下さるのでは……?」

「やってもいいが普通に工具使うぞ」

「ええー」


 テーブルに落ちたそれを拾って、ナビは生唾を飲みこむ挙動をして見つめるが、アイーダは見向きもせずに先に出されたお冷やを飲む。


「……」

「……カガミ。お前も止めろよ?」


 うずうずした様子で、テーブル上の紙ナプキン入れを見ていたカガミに気付き、アイーダはそれを自分の方に引き寄せつつ制止した。


「なんちゅう話をしてるんだ。お前さんたちは」

「お、来た来た」


 などとやっていると、前事務所の下の階で喫茶店をやっていた、老年に差し掛かったマスターがトレーにカレーを乗せて持ってきた。


 ちなみに、アイーダ達がいる店は、前の建物が安全面などの問題で使用できなくなり、建物の保険金で別の低層ビルを購入して再建したものだ。


「その、改めて言わせて貰うが、先日は申し訳ない事を」


 アイーダにカレーを渡すマスターへ、カガミはわざわざ通路に立って深々と頭を下げた。


「あんたが例のカガミさんか。なに構わんよ。そろそろあの建物も老朽化してたし、賃料も飲み食いのツケも払わない元・店子たなこもいなくなったし」

「失礼な。払わないんじゃなくて払えるまで待ってたんだよ。実際大口あったらまとめて払ってただろ」

「相変わらずの屁理屈やめろ。普通は請求されたらとっとと払うもんなんだよ」


 マスターはカガミには笑って許したが、元・店子アイーダを冷ややかな目で見やって、チクリと刺した。


「ところで、本当にナビちゃんそっくりだなこのボディ」

「マスターもそう思いますか! いやあ、これをカガミさんから貰ったのがシャクではあるんですが、ナビちゃん的にも100点のクオリティなんですよ! アイーダさんも1千%ぞっこんラブ間違い無しなんですが、お恥ずかしいようで言って下さらないんですよねえ」


 顎に手を当ててまじまじと眺めているマスターへ、ナビは極めてご機嫌そうに自分を両手の親指でさして言い、本当に奥ゆかしいというか、と熱っぽく付け加えた。


「なってないからな」

「んもー、ほらこうやってツンツンしてくるんですからー、もっとデレちゃってくださいよほらほらー」

「あー、はいはい。めっちゃくちゃ可愛い可愛い。――これで満足か?」

「そういうのじゃなくてですねー……」


 ゆらゆらと視界の中を揺れてアピールしまくるナビだが、アイーダからは面倒くさそうに大ざっぱな褒め方をする塩対応が返ってきた。

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