第2話

「いやあ、アタシもチームプレーできねえから分からねえ」


 アイーダは手でバツマークを作って、正直にそう答えて力になれない事を謝った。


「アイーダさんって最短経路で結論出しちゃうんで、私ぐらいスペシャルじゃないと振り切られちゃうんですよねー」

「まあコイツは付いてくるというか取り憑いてくるからな」


 右手をアイーダの左肩に手を置き、左手親指で自分指してカガミへドヤ顔をするナビに、機嫌良さげに笑いながら指を指す。


「いーとおーしやー、って誰が幽霊ですか!」

「それを言うなら〝うらめしや〟だろ。なんだそのポジティブな未練」

「そういう幽霊もいると思いますよ。告白のしそこねとかで」

「幽霊のストーカーか。いやだなあ」

「そうか……。自分でどうにかするしかないか……」


 1人と1体がすっとぼけたやりとりをする傍らで、カガミは顎に手を当てて気が重そうにため息を吐く。


「自分で自分のシナリオを書くのは、難しい……」

「だろうよ」

「でも、こうやって悩む事が生きている、という事なんだろうか」

「さてね。魂の重さとやらに訊いてみたらどうだ」

「でもそれアテにならないですよね」

「本当にマヌケだったな。重みがあると錯覚させられていたんだから」


 すでに丸めていた背中をより猫背にし、カガミは自嘲しながら額を押えて唸った。


「そこは元から本物だろ。今のお前は飯も食えばガキみたいにナビに張り合うんだ。どうしようもなく人間として生きてるじゃねえか」


 戦うために最適化されたボディの細い背中を、穏やかに微笑むアイーダにそっと叩かれ、カガミは少し泣きそうになっていた目を見開いた。


「あなたの言葉は、魂の重さよりも温かく感じる、な……」


 そう言ってカガミが上げた顔には憂いは全く無く、愛おしそうで穏やかな笑みがあった。


「いやー、さっすがアイーダさん、ものすごく良い事言いますね。かっこよすぎて濡れちゃいそうです」

「へえ、漏らす機能まであんのか」

「ないですよ! というかあってたまりますかそんなヘンタイ機能!」

「余剰水分が多量に出るのはもう1世代前のものだ。おかしいな、現世代型で注文したはずだが、どこかで間違ったか……?」

「合ってますよ! 一から十まで指定通りの部品です!」

「ガキの頃は漏らすもんだろ。どこが変態なんだ」

「一応業者に確認してみよう。万が一の事もある」

「あー、まあ世の中にはそれで興奮する輩もいるか」

「む。メーカーは休業日か」

「あーもう! この話は忘れてください! おし! まい! デスッ!」


 単純に意味を把握していなかったり、別方向に話が飛んでいったりする天然2人に、言った自分が悪かった、と珍しくツッコミに回ったナビは、カガミに構成部品データを共有しつつ話を畳んだ。


「お前が言い出したんだろ。変なヤツ」

「確かに間違いはない。わざわざすまない」


 ナビのリアクションに不思議そうな顔をしながらも、アイーダはそう言ってやめ、カガミはデータを読み込んで納得した。


 ややあって。


 ナビにこれ以上摂るとカロリーオーバーだから、と半分ほど食べたところでクッキーを止められたアイーダは、仕方なくデスクで新聞をチェックしていた。


 その傍らで、何かやることはないか、とナビがソワソワしながら様子を見守っていた。


「しかし、いくら待っても依頼人が来ないが、私は潰れてしまわないか心配なんだが」

「別に今日は偶然少ないだけですー」


 ムスッとした顔で、暇そうにソファーで寝転び、天井をみていたカガミへナビは返したが、


「……あれ? ――あーっ! ああーっ! ワーッ! やってくれましたねッ!」


 彼女の発言が引っかかって発言データを遡ったところで、ナビは目を全開にしてカガミへ駆け寄って何度も指をさして騒ぐ。


「……今度はなんだって?」

「潰れちゃいますよ、って言いたかったんだとよ。前フリがウザいからアタシが止めたが」

「アイーダさんが止められますから、このくらいにしておきますが、今度言ったらプンプンですからね! プンプン!」

「もうしてんじゃねえか」


 鬱陶しそうに半身を起こし、その指を逸らそうとしているカガミに訊かれ、アイーダは首を傾げつつ返してから、文句を言いまくるナビを後ろから羽交い締めにして制止する。


「まあ確かにだ、コーヒーのツケの支払いが今日なんだが、銭がねえ」

「ああ」

「でもって来ねえとなれば、こっちから依頼を受けに行くに限るわけだ」


 出かけるぞ、と腕を離したナビへ言い、アイーダは事務所からの出入口横にあるポールハンガーから、インパネスコートを颯爽さつそうまとい鹿撃ち帽を被った。


「か、格好いい……」

「でしょう。あなたと同じ意見なのはシャクですが」


 そのクールな所作に口元を覆ってうっとりするカガミへ、ナビは不本意そうに口を曲げつつも腕組みをして深く頷く。


「まあ格好付けて言っただけで、要するにその辺を徘徊はいかいするだけなんだが、カガミもついてくるか?」

「ああ。用心棒にでも使ってほしい」

「そりゃ心強い限りだ」

「むーっ! やっぱり私も戦闘用にしたいですっ! ハード・ソフト両面からアイーダさんの全てを守りたいッ」


 気合い十分でシャドーボクシングをするナビだが、ズブの素人ぐらいの動きにしかならず、悔しそうに歯を食いしばり引っくり返って手足をバタつかせる。


「要監視対象になっちまうからやだつったろ」

「……法が許してもそもそも私の資金力では無理だ」


 出発がダラダラ延びてしまい、イライラしているアイーダは冷ややかに相棒を見やり、すまない、とカガミは申し訳なさげに小さく頭を下げた。


「あっ、今日の毛虫を見る様な目、痺れちゃいますねっ」

「……」

「ああっ、置いて行かないでくださいよー!」


 お腹を見せる猫みたいにクネクネするも相手にされず、カガミと共に出て行こうとするので、ナビは慌てて立ち上がってパタパタと付いて行く。


「用心棒なんですから殿しんがりにいてくださいよ!」

「近い方がなにかと出来る事が多いだろう。というか単に嫌だ」


 だが廊下に出たら出たで、並び順でアイーダに恋する1人と1体がまたロックアップの体勢で揉めたため、


「……」

「あーん、待ってくださいよー」

「置いて行かないでほしい……」


 アイーダは一瞥いちべつもせずに彼女らを置いて行こうとし、今度は1人と1体が急いで追いかけた。


「全く、出発するまでにどんだけ掛けるつもりだ。この色ボケ共」

「はい……」

「申し開きのしようもない……」

「ことわざに、時は金なりってのがあってだな――」


 カガミとナビに説教しつつ、1階ホールから出たアイーダは、まず酩酊通りドランクストリートの裏道を当てもなく歩いていく。

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