第7話

 ややあって。


 通報を受けて警察が来たものの、反社の抗争疑いと聞いて、金にならないから、と言ってすぐに帰ったので、街の自警団がやって来て鑑識作業を行っていた。


「簡単なお使いのはずがエラいことになりましたね……」

「ああ……」

「上着、穴開いちゃいましたね」

「安物だからまた買えばいいだけだが……」


 人員不足の自警団を手伝って、立ち入り禁止のテープを貼って回っているカガミは、自分がいたのに守り切れなかった事に歯を食いしばる。


「応急処置とかのご協力感謝するが、アンタ何もんだ?」


 貼り終わったところで、うっすら敵意をにじませた険しい表情をした、自警団の1人の若い男がカガミの行く手を塞ぐ様に立って訊ねた。


「ヤのつく自由業の方もいますし――」


 周囲の目を気にして、アイーダ探偵事務所の者だ、と言わせて正体を隠すように電脳通信で言おうとしたナビだったが、


「政府公安局のヤタ・カガミだ」


 カガミは全然聞いておらず、身分証をホログラムで表示してガッツリ名乗った。


「あー、公安ね。だってさ」

「そうか……。一般人でないなら拘束の必要はないな……」


 大荒れになるのでは、と額を抑えて覚悟していたナビだったが、むしろ言った方が無風で済む結果に繋がって首を傾げる。


「こういうパターンもあるんですね……」

「下手に隠すと余計に疑われる。だいたい、私はそもそもウソをつくのが下手だから、な」


 万が一の場合は強行突破すれば良いだけだ、と、カガミは電脳通信で平然と言う。


「の、脳筋……」

「最適解がそうなるだけだっ」


 両手で口を覆って恐れおののく動きをするナビへ、カガミは不満そうにアバターの眉を曲げた。


「とりあえず下手人に調書とってもらって良いか? 自警団つっても素人に毛が生えた程度なもんで」


 などとやっていると、鑑識の自警団員がカガミへ寄ってきて、申し訳なさそうに後頭部に触れながら頼んできた。


「やるにはやるが……。私は戦闘担当だ。あまり役に立たないと思う」


 非常に気まずい様子で俯くカガミは、一応、鉄製のガーデンチェアに括りつけられた襲撃犯の前へやって来た。


「あー、誰に頼まれた?」

「……」

「ダメらしい……」

「諦めが良すぎると思います」


 男は先程までとは打って変わってボンヤリとしていて、カガミの質問どころか顔を見もしなかった。


「仕方ないですねぇ。ここはナビちゃん7つ道具の1つ、サーモグラフィー!」

「なるほど。しかしこの端末にその機能はないはずだが……」

「……間違えただけでーす」


 自慢げにホログラムのアバターへ、暗視カメラのアクセサリーを付けて起動したナビだが、何か妙案なのかと疑いもしないカガミから純粋に訊かれ、口をへの字に曲げた。


「あ、私持ってる。ほい」

「どうも」


 必要は無かったが、貸し出してくれた以上は、と、その女性の鑑識を気遣ったカガミは犯人へそれを向けた。


「にひゃ――全員伏せろ!」


 すると、腰の位置にあるバッテリーが急速に加熱している様子を捉え、カガミは大声で叫びつつ彼女へ覆い被さる様に抱きかかえて伏せた。


 直後、規模としては大した事のない火力ではあったが、サイボーグ男を粉みじんにする爆発が起こり、有力な手がかりが失われてしまった。


 周囲の数人が軽度の打撲などに見舞われたものの、鉄片などは入っておらず死者は出なかった。


「これだと、バッテリーはオマケみたいな物だったようですね」

「ああ……」


 明らかに自身の手に負えるものではない、と判断したカガミは、テロ疑いの事案が発生したと課長へ連絡を入れる。


「あれ、黒服の方々はいずこへ?」


 その間に、現場周辺にいた黒服が1人残らずいなくなっていた。


「〝コウテイ会〟の連中、ヤケを起こさないといいが……」

「おー、よくご存じで」

「知らなければ仕事にならないから、な」


 ナビに博識な子どもへ言う様に言われたカガミは、少しだけ顔をしかめたが、それはほとんどボスの安否が分からないその手下達を憂う物だった。


 しかし、その願いも虚しく、数時間後に〝コウテイ会〟の下っ端が暴走して、敵対組織である〝ダイオウ組〟の組事務所の窓へ発砲する事件が発生してしまった。


 さらに、ダイオウ組が撃ち返した際に、偶然移動中だったガオワン・マフィアの〝クーロン〟幹部の車に流れ弾が当たって撃ち合いになった。


 その後、3勢力の最高幹部同士による電脳通信での話し合いにより、とりあえずその場は全員が矛を収めて大規模抗争には発展しなかった。


「ふう……」


 事件を察知して、非殺傷弾が装填そうてんされた超小型ガトリング砲を手に出動したカガミは、にらみ合いしつつもバラバラと撤収していく様子に、現場近くの低層ビルの屋上でため息をついた。


「どうしてこう血の気が多いんですかねぇ」

「裏社会はメンツが命だ。即座に反撃しなければ潰れてしまうから、な」

「それは知ってますんで」


 知識の無い相手に教える様に説明されたナビは、皮肉ですよ皮肉、と言って舌を出した。


「さて、そろそろ家に帰ろうか」

「タヌキみたいに巣穴おうちの間借りされてるだけで、別にあなたの家じゃないですけどね」

「ああそう」


 ナビからの細かいイヤミに対して、カガミが適当に聞き流した返事をしていると、


「ん?」


 丁度、下に視線が向けられて、裏路地の様子が見えていたおかげで、カガミがそのマンホールのフタを開けて中へ降りていく人物を目撃した。


「おやおや、何か怪しいですねぇ。一応カメラで撮影に成功したのあるんですが、見ます?」

「ああ。――これは……、軍人だな……」

「えっ軍人なのです? あ、本当ですね、書類上は存在しないことになっている人物。――よく分かりましたね」

「しかもいわく付きか。――なんとなく挙動がそれらしかっただけだが、な」


 一目見ただけで、カガミがその不審人物を軍人だと断言するため、怪訝そうに言いつつナビが調べるとしっかり裏が取れた。


「……今、軍のシステムに侵入しなかったか?」

「ご想像にお任せしまーす」


 それを当然の事のようにスルーしかけたカガミは、ナビをジトッとした目で見やるが、彼女はすっとぼけた笑顔を見せてごまかした。


 ひとまず、不審な行動である以上放置できないので、カガミは課長へ軍が動いている可能性を報告した。


「やや、どうも暴徒鎮圧に出動するつもりだった様ですね」

「……やっぱり侵入しているだろう?」

「ご想像にお任せラジカセー」

「ラジカセ?」

「古の音楽再生機器です」

「なにか重要な符号だったりするのか?」

「しませんよ。単に韻を踏んだだけです」


 武器を戻しに屋根の上を飛び移って移動しながら、しょうもないやりとりをしていると、


「カガミさん。帰投中申し訳ないですが、D82-120ブロックにそのまま向かって下さい。抗争の停戦監視です」

「了解」


 本部のオペレーターから別件の監視任務が指示されて、逆方向へと急いで向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る