第5話

「あ、アイーダさん。依頼人の友人さんの研究室から清掃用ロボットが出てきたタイミングと、アクセスが止まったタイミングが一致しました」

「お? 清掃用にしてはでけーなこれ」

「これって中から子機いくつか出てきて、この本機にゴミを溜めるシステムになってるいんですよ」

「ほーん。行き先は?」

「監視カメラ映像では地下にあるゴミ集積所に行って、そのまま待機場所に戻ってますが、別の映像とつなぎ合わせて加工された形跡があります」

「大元の映像ではどうなってた?」

「はい。この通り、開発室内を経由しています。中の映像は恐らく友人さんによって削除されていました」

「はいよ。で、アクセスしたデータはどんなもんだ?」

「これです」


 聞いてくるだろうと予測していたナビは、社内ネットワークのアクセス履歴をぶっこ抜いていて、論文やらデータファイルやらのタイトルと概要の一覧表を出した。


「ついでにジャンク品まで含めた材料の使用データとか、機材の使用許可とかその辺の必要そうなのもくれ」

「はいはーい。そう言われると思って各種ご用意してます」

「サンキュ」


 アイーダの要求するものが抜かりなく提示されている、ということがよく分かる会話に、カガミはもはや平然としているが、ギボシはあんぐりしていた。


 電脳にサイバー端末を有線接続したアイーダは、顎に手を当ててそう言った後は何も言わず、ナビが用意した様々なデータファイルを集中して読み込み始めた。


「……見ぬフリすべき、か?」


 法には明らかに触れまくっているナビの行動に、ギボシは一応不法を取り締まる側の一員としてカガミへ電脳通信で相談したが、


「シロノ社から申し出が無い限りは頼む。まあ、どうせ足跡は残っていないから発覚はしないだろうが」


 特に葛藤かつとうする様子も無く、バレなければ犯罪じゃない理論が返ってきた。


「そう、か……」

「それにもし問題になったとして、課長に無茶振りして公安案件にして貰えばいい」

「しかし、あの正しさ最優先のカガミがそう言うとは……」

「正しいだけでは善はなせず、誰も救えない事が分かったから、な」

「まあそれアイーダさんの受け売りですが」

「だからなんだと? 良い言葉は広めるべきだ」

「文句言いに来た訳じゃないですよ。あなたもやっとアイーダさんの言葉の奥深さが分かってきたんだな、という先輩風を吹かせにです」

「実際その通りだが、なんだか腹が立つな……」

「浴びなさい! ぴゅーっ」

「バリア……!」

「ナビちゃんの風はバリア無効です!」

「そんな便利なものはないっ」

「……。気にしたら負け、か……」


 アイーダが黙っているので暇になったナビが、また平然と個人チャンネルに割り込んできた事に、ギボシはついに細かい事を考えるのを放棄した。


「――なるほど、これを搭乗型に改造してトネさんが外に出た訳だな。そんで、演習場にいたあの戦車の操縦席に中身をそのまま移して、何の理由かは知らんが、あの戦車に乗り込んでシロノ社に向かって突き進んでると」


 ナビとカガミがまたじゃれていると、長い沈黙を破ってアイーダが推理を口に出した。


 アイーダが見ていたのは、口頭で要求したもののほかに、AI登載戦車の設計図など開発用データに、レミが閲覧した戦闘用半自動操縦プログラム、ネオイーストシティの地図データの内容だった。


「目的はまあ大方、〝友達にまで勝手な都合で全身義肢化したのが許せねえ。上層部が隠してる闇を大衆の前で明らかにしてやる〟、みたいなノリだろうな。自分の利用価値と新型戦車を盾にっていう捨て身の戦術か」

「どうやらシロノ社は、最悪脳髄だけ残っていればいいので、市警特殊部隊に戦車を破壊させる腹づもりなようですね」

「まあ、十中八九そうだろうと思ってたぜ」


 ナビがネオイースト市警員の電脳をクラッキングして得た、シロノ社との密談情報を伝えられ、アイーダはどうしようもないな、といった様子でかぶりを振った。


「市警に……、はいいか……」

「どうせ隠蔽いんぺいする気の連中だ。遠慮はいらないから、な」


 さすがに、と腕組みをして首を捻ったギボシだったが、散々煮え湯を飲まされてきた相手であるため、あっさり許容することにした。


「分かった以上は知らせねえといけねえが、気が進まねえなあ……」


 1つ息を吐いたアイーダは、義務だから渋々、といった、やりきれなさそうなため息を吐いてから、こめかみを2度叩いてケイの個人チャンネルに呼び出しをかけた。


「もうですか……! いやあ、お任せして良かったです……!」


 行方を突き止めた、と聞かされ、自分のデスクにいたケイは小躍りでもしそうな声色でそう言った。


「めっちゃ喜んでんだけど……。言いたくねえよぉ……」

「流石にナビちゃんが代わるわけにはいかないので、頑張ってください」


 それを聞いたアイーダは、額に汗をにじませた苦々しい表情で口に出し、ナビからは手を握ってもらい、上に報告中のカガミからハンドサインで後押しを受けつつ切り出した。


「私の為を思い過ぎてあの戦車に……? しかも、もしかしたら死んじゃうかも、ですか……?」


 報告を受けたケイは、先程までのふわふわご機嫌感から、泣きそうにワナワナと震えた声になってそう言った。


「な、なんとか助けられないんですか……?」

「それはやってみなきゃ分かんねえが、あの戦車追っかける足がなくてだな……」

「手立てがあるんですね……!」

「まあな。幸いな事に色々と」

「じゃあ、私の車を使ってください! 今正面玄関に回しますからっ」


 目に涙をにじませていたケイだが、手段が存在すると聞き、両手をぎゅっと握ってそう言うと、すぐに通信を切ってすっくと立ち上がった。


「ライノ、どうした?」

「すいません係長。今から有給使いますっ!」

「いやいや、待ちなさい。この大変な事が――」

「ではっ」


 怪訝けげんそうな顔で上司はケイの申し出を渋っていたが、今までと違ってそんな事はお構い無しに、頭を下げてから駆け足でオフィスから出て行った。


 ややあって。


「お待たせしましたッ!」

「うわでっけ」


 正面玄関に移動していたアイーダ達の前に、ケイの愛車である、マットグリーンの四角い大型SUV車が猛スピードで現われた。


「ナビちゃ――」

「いいから乗れオラッ」

「うわーっ」


 また席順について一悶着もんちやくを始めようとしたナビだが、アイーダは有無を言わせず、3人座れる後部座席にカガミ、ギボシ、ナビの順に押し込んで、自分は助手席に座った。


 シートベルトを確認するやいなや、ケイは法定速度ギリギリの速度まで急加速した。


「ぎゃああああ!?」


 峠を下っていくケイの車は、ラリーでもしているかのような、ほぼノーブレーキの猛烈な勢いでドリフトしてカーブをパスしていく。


「アイーダさんの運転よりこわいですーっ!」

「ぐえっ」

「ああ、ギボシ兄ごめん」


 鬼気迫る表情で車両を操るケイ以外の乗員は、ジェットコースターめいた挙動のせいで、その度右や左に振り回される羽目になっていた。


 20分走ってやっと平野部へと入ったが、


「……」

「ふぇ……」

「……」

「破壊行動はとっていない、か」


 その頃には運転しているケイと、住民が避難していて無傷な周囲の様子を確認しているカガミ以外は、一様にゲッソリした表情をしていた。

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