第6話

「す、少なくともイカれてはねえ訳だな……」

「そのようだ」


 目に×マークを表示しているギボシと、ただの介護用アンドロイドと化しているナビより先に、復活したアイーダも辺りを見回して頷く。


「ナビ、奴さんは今どの辺にいんだ?」

「はいぃ……。サンズ川河川敷を移動中ですぅ……」


 なんとか肩書きのAI登載部分を取り戻したナビは、アイーダの要望に応えて、自分達の現在地から北東の方角にいる戦車の位置情報を表示した地図を共有する。


 サンズ川は、ネオイーストシティの南北を分断する大河川で広大な河川敷を持つが、ゴミのポイ捨てやら汚染雨による悪臭やらで、ほとんどただの荒れ地のままとなっている。


 山道を下った戦車は廃工場を通って河川敷に降り、その右岸の堤防沿いを通り、中心部のやや西側にあるシロノ社へと進路を取っていた。


「ここだとすぐそこだな。ナビ、ハッキングとか出来ねえのか?」

「やってみようとはしましたが、戦車はスタンドアロンになっていて、電脳の方は今送受信を意図的に切ってるようで出来ませんでした」

「流石のお前でもなんともならねえか」

「あっ、もちろん直に繋げられれば、戦車で盆踊りさせる様な芸当も可能ですよっ! 決してナビちゃんが出来ない訳ではありませんからっ! 電脳さえ乗っ取れればスタンドアロンだろうと何だろうとたちどころに良いように使えますんでッ!」


 困ったな、といった様子でため息を吐いたアイーダへ、ナビはヘッドレストにしがみつく様にして、自分の能力不足ではない事をかなり早口でアピールする。


「あーはいはい。分かってっから静かにしてくれ」


 すぐ後ろからキンキン声が飛んでくる状況に顔をしかめ、耳を塞ぎながら半身をひねってナビをなだめる。


「――必死だと出来ない様に聞こえるが」

「ええい! 表に出ろなので――ウワーッ!」

「ぐべっ」


 折角落ち着いたところに、カガミに空気を読まずにぼそっとつぶやかれ、ナビが拳を突き上げてブチ切れたところで、ケイがドリフトして左折したせいでギボシにぶつかった。


「おっと」


 ちなみにカガミは素早く義兄の顔面を横から鷲づかみし、ぶつかってくるのを軽く回避した。


 しばらく北進していると、ネオイースト市警が通行止めしていたが、カガミとギボシが公安のバッジを出すと警官は忌々しそうに規制線の中へ通した。


 平行弦トラス橋の第1西サンズ大橋の手前にある、堤防道路へまたドリフトで入って突き進んでいると、やがて眼下に砂煙を上げて進んでいる戦車が見えた。


「結構速えのな」


 アイーダ達の乗る車は、時速40キロ前後で戦車と併走する格好になった。


「あ。アイーダさん、どうもこの先の第2西サンズ大橋あたりで、警官隊が防衛線を敷いてるみたいです」

「おいおい、マジかよ」


 警察の電脳通信を傍受したナビが、俯角の関係で一方的に上から撃てる地形になっている、やや東寄りの第2大橋のライブ映像を見せた。


「これは、シロノ社から融通されているもの、か」

「案の定だな」

「しかもこれ、装甲貫入式散弾なんで、戦車のついでところか生体コンピュータにする気満々ですよ」

「やれやれ、これだからメガコーポ共は……」


 そこに映っている両岸に列ぶ対戦車砲と、装甲を貫通して乗員を殺傷するための弾を装填されている事を確認すると、アイーダは心底呆れたため息を漏らした。


「しかしまあ、アレを止めるのは当然としてだが、ちょっとした不確定要素が――」

「河川敷に降りて前に出れば……」


 アイーダと同じ結論に至ったケイだったが、


「おいまて、もしかしたら暴走して――」

「ひゃわああああぁ! 暴走してたのはこっちでしたねぇーッ!」

「言ってる場合かああああッ!」


 戦車が暴走している可能性も無視するわ、管理用車両が通る坂も通らずそのまま斜面を降りて河川敷に降りるわ、とそこまで行く過程がむちゃくちゃになった。


 車はそのまま砂利道の管理用道路を突っ走り、砂煙をあげて戦車を抜き去った。


「あばばばばッ。ちょっと待て一旦落ち着――」

「止まって降りても間に合――」


 ガタガタと揺られながらも制止しようとするアイーダとカガミを無視し、ケイは戦車の進路上にある、保守が雑なサッカー場のど真ん中へフェンス扉を突き破って乗り入れた。


「レミちゃああああん!」

「もう知らねえ……」


 砂地を1周半スピンしながら停止した車から、もはや同乗者の存在すら忘れているケイが飛び出し、そのパワフルなボディの出力に任せてピッチの中央まで走った。


 戦車は依然、もうもうと煙を上げて前進していて、その進路上にケイが腕を大きく広げて立ち塞がる。


 助手席に座ったままのアイーダとその後ろにいるナビ、後部座席から降りた2人は、固唾を飲んでケイと彼女に迫り来る戦車の様子を覗う。


「ケイ!? なにやってんの!?」


 仁王立ちする親友を確認し、砂をめくり上げて慌てて停止させたレミは、外部への音声をオンにして驚きの声をあげて訊く。


 止まらないようであれば、強引にでも退避させようと身構えていた公安の2人は、戦車のAIが暴走していなかった事を確信して胸をなで下ろす。


「それはこっちの台詞だよッ! 別に私、不安に付け込まれて全身義肢このからだになった、とかそういうのないからッ!」


 戦車後部の操縦席へ向けて、ケイはアイーダに依頼したときの弱々しいそれではない、真っ直ぐではっきりとした声で、自分の胸元に手を置いて叫ぶ。


「あなたの事だから、圧力をかけられてそう思わされてるだけじゃ……」

「違うよ! 私! ずっとこんな強い身体が欲しかったの!」


 ゆっくりとかぶりを振って声を震わせながら言う、レミの乗る戦車へ近づきながら、ケイは声を張ったまま返した後、


「――レミちゃんの腕力の代わりになって、近くで護れる様な、そんな強い身体が」


 砲塔の真下にあるメインカメラへ至近距離まで近づきつつ、愛おしそうに微笑みそう続けた。


「――私、何やってるんだろうね……」


 その笑みのおかげでハッと正気に戻ったレミは、力の抜けたため息交じりの声でそう言い、戦車後部上面の隔壁ハッチを開いて外に出てきた。


「そうやって1回思い込んだら止まらないの、本当に良くないから止めた方がいいよ」

「あはは。耳が痛い……」


 ケイはレミの眼前に駆け寄ると、親友より2周りも大きくなった腕で、その栄養不足で細くなった身体を包む様に抱き寄せた。


「……勝手に解決しちまいやがってからに」


 夕焼け空をバックにしたその様子に、アイーダは腕を組んでそう言い鼻を鳴らすが、満足そのものといった表情をしていた。


「依頼を完遂したのは良いんだがな……」

「人を死なせている訳でも無い。戦車のAIが暴走した、という事にして、課長にごまかして貰わせる」


 恐らくレミを待ち受けるであろう、その後の困難を憂うアイーダへ、カガミはその肩に手を置いて小さく笑みを見せて言う。


「おう頼む。――またオヤジさんに無茶振りか」

「まあ気にしないでいい。そのための課員の誰よりも高い給料だ」


 すっとぼけた表情でそう言い放つカガミへ、アイーダが苦笑を浮かべ、依頼人達が2人仲良くこちらに向かってくる、と、事件が解決した空気感になっていた矢先、


「あれ? 戦車が勝手に動き出しましたね」


 レミが出てきたハッチがいきなり閉まり、戦車が進撃を勝手に再開してしまった。


「えッ、なッ。ななな、なにッ!?」

「良いからこっちに向かって走れ!」


 ケイは慌てふためきつつも、レミを大事に抱えて全力疾走し、その場から無事に退避した。


「あー、どうもあの戦車くんのAIに、自我が生まれてしまったみたいです」

「えっ」

「まさか……」

「まあ、そんなこともあるだろ」

「ですよねー」

「お前が言うと説得力が――って、呑気のんきにやってる場合じゃねえっ! おっかけんぞ!」


 来い、と手を振ったアイーダの指示を受け、ケイとレミが運転席と助手席にそれぞれ乗り込み、


「今度こそ私がアイーダさんのっ」

「勝手に決めるな……!」

「適当に乗れアホ共!」

「ウワーッ!」

「あっ、乱暴にされるのも悪く無い――」


 性懲りも無く順番で揉めそうになった、1人と1体をアイーダが後部座席に急いで押し込んだ。


 乗員の耐G等を考えなくても良いため、先程よりも遥かに高速で走り去っていく正真正銘の暴走戦車を、再びケイの車に乗って一行は追いかけ始める。


「ひ、ひどい……」


 ――定員オーバーにつき、ギボシをその場へ置き去りにして。

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