第5話

「おー、こりゃひでえもんだな」


 スラム街とを隔てる壁と、ネオイーストシティ中心部周辺を流れる運河に挟まれたそこは、排水溝から流れ込んだゴミがあっちこっちに浮かんでいて、極めて衛生状況が悪いことが見て取れる。


「確かに、これでは足跡を正確に追うのは無理そうだな」

「そう言ってるじゃないですか」


 その他、壁やら街頭やらに銃弾の痕跡がついていたり、落書きが至る所にされていて、ナビの言う通り、監視カメラがあっちこっちで壊れたまま放置されていた。


「一応、上に言っておく為に数の調査もしていいだろうか」

「おう。やっとけやっとけ。どうせこっちも時間食うからな」


 自分の電脳に首掛けタイプのサイバー端末を接続しつつ、カガミから訊かれたアイーダは、そう答えると少し歩く速度を緩めつつ快諾した。


「おっ、ナビ。あのカメラが1番最初にホシミヤさんを映したやつで合ってるか?」

「そうです。で、この次がC91-98ブロックです」

「今の場所からだと……。まだ一本道か」

「はいー」


 20台中17台故障か……。流石に職務怠慢が過ぎる、な……


 掛け合いで調査を進めていく探偵コンビと、視界を画像で記録しているカガミへ、通行人のボロを着た中年男性が少し視線をやって、そそくさと通過していった。


「あっおい。ちょっと待てオッサン。この辺でこんなヤツ見なかったか?」


 アイーダは振り返って彼を呼び止め、自身の端末のホログラム画面で、薄汚いパーカーのフードを被って、目だけが見えているニナの写真を見せて訊くが、男性は少しジッと見てからかぶりを振った。


「そうか。呼び止めてすまねえな」


 アイーダは手刀を切ってそういうと、その手をナビに向けて突き出し、ナビはすかさずポーチから事務所下にある酒場の合成チューハイ1杯無料券を取りだして指先に乗せる。


「礼と言っちゃなんだが、コイツで1杯やってくれ」

「こりゃどうも」


 男性は少しにんまりして、アイーダが渡してきた、防水加工された赤い紙切れを受け取って、そそくさと酩酊通りドランクストリートへと消えていった。


「あれ? お酒、飲めないんじゃ……?」

「あれな、下の店の大将が売上金の入った端末無くしたってんで、見付けたお礼に山のようにもらってな。持て余してっから配ってんだよ」

「ちゃんとお金取ればいいのに、勝手に話を聞いたからってタダでやったんですよこの人。アイーダさんの良いところと言えばそうですが、ナビちゃんは技能の安売りはどうかと思いまーす」

「10年分とかだし、あっちもそれなりの出費してっから良いんだよ」


 ジトッとした目で見つつ、挙手してそう言ったナビへ、それにしょっちゅうやってるわけでもねえんだから良いだろうが、と取り合わなかった。


 そこから3時間ほどかけて、橋の下のホームレスやたむろしている人々などから目撃情報を集め、ニナの足取りの空白を埋めていった。


「あー、この兄ちゃんね。たまにこの通りの……、あの辺でストリートライブやってんだよ。アコギ担いでやってきてな。野郎の割に高いキーの美声でな、ガキンチョ共に大人気だぜ?」


 すると、断片的にすら追えなくなったスラム街の西端付近にある、舗装がひび割れし放題になっている通りにいた露天商の男からそんな情報を得ることに成功した。


 そのストリートライブの映像も露天商が撮影していて、一見、若い男に見えるようにニナは変装していたが、


「ふっふっふ、こういうときはナビちゃん99の秘密機能――」

「そういうのいいから」

「本当にそこまであるのか……?」


 ナビによる音声解析の結果、それが間違いなく本人だと確定した。


 実際に良く聴きに来ている、南西側のヨモツ川沿いにある広場で、雨が止んだのでサッカーをしていた10代前半ぐらいの子ども達から、アイーダは露天商の証言の裏をとった。


「――さすがに、酒券をガキにはやれねえか」


 その謝礼代わりに子ども達へも無料券を渡しかけ、アイーダはナビへつきだそうとしていた手を引っ込めて腕を組んで少し考え込む。


「銭ってのもなあ……」

「飴なら私がもっているが。一応、未開封だ」


 すかさず、カガミが仕事中にエネルギー補充で食べるつもりだった、手の平サイズの円形プラスチックケース入りキャンディをポーチから取り出した。


「おお丁度良いじゃ無えか。……お、丁度人数分入ってら。ほい、お礼だ」


 表面にある内容量表示は18粒で、話を訊いた子ども達に1個ずつ配れる量だったため、子ども達のリーダー格にみんなで分けるよう念押しして渡した。


「おーい! ギターの兄ちゃん来たってー!」


 じゃあな、と言って立ち去ろうとしたところで、通りのある方から活発そうな女の子が走ってきて、子ども達へ声を張って呼びかけた。


 それを聴いた子ども達はサッカーをほっぽり出して、全員がその子の後についていった。


「2日とか言っちまったが、即日で依頼完了できそうだな」

「そうですねえ。アイーダさんの休日はまだ始まったばかりです!」

「というには大分消えているような……」


 視界の中に時計を表示したカガミは、数秒で翌日の営業開始時間までの時間を計算してツッコミを入れ、


「チッチッチ。カガミさんは分かってないですねぇ……。こういうのは気分が大事なんですよ。気分が」


 身体を逸らして見下ろす様に見上げてくるナビから、嘲笑ちようしよう混じりに右手の人差し指を立てて左右に振りつつ言い返された。


「……」


 その態度に少しイラッとして眉が動いたカガミだが、我慢して憮然ぶぜんとした顔をするだけに留めた。


「実際あと16時間ぐらいしかないですが、楽しみ方でいくらでも長くなった気になれるはずなんです! というわけで、トォキハカネヌァリ、なので全力で長くなった気になりましょう! さあどうします?」

「どこの発音だそれ。――まあまず、仕事をさっさと片づけちまう方が先だ」

「はいはーい。今のままじゃ、とらぬカガミさんの皮算用でしたね」

「なぜ私は狸扱いなんだ……」


 行くぞ、と言って鹿撃ち帽を被り直したアイーダは、ナビとカガミを引き連れて、仕事ついでにニナのストリートライブ鑑賞へと向かった。


「おう、そうだ。カガミ、ちょっと例の調査結果見せてもらってもいいか? ちょっと今後の参考にしたくてな」

「構わない。住所と写真が並んでいるだけの生データでしかないが、良いだろうか」

「十分だ。ここいらの地図は頭ん中はいってっからな」


 先程の子ども達に道案内を頼んで向かう道中、アイーダはふと右隣にいるカガミへそう頼み、彼女は特に悩む事も無くデータを見せた。


 ちなみに、カガミの防犯カメラの稼働状況チェックは、うろうろしている内にスラム周辺の地域をほぼ網羅していた。

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