第4話

 ドアが閉まると、アイーダは自身のデスクにつくと、吸いもしないパイプを片手にデスクのサイバー端末を起動した。


「ホシミヤ・ニナか……。確か、ノース・ベルト系の合成麻薬組織摘発の際、顧客として名前があって芋づる式に挙げられた、という感じだったか」


 自身が勉強の為に閲覧していた捜査資料から得た情報をぼそっと言ってから、カガミはこれは内密に、と、人差し指を顔の前で立てて1人と1体へ頼んだ。


「まーたそこからですか。なんか入られ放題な気がするんですが、本当にカガミさん達仕事してるんです?」

「公安としては不徳の致すところではある。が、薬物対策に関して私に言われても困る」

「管轄違いってやつだろ? 行政とか治安維持組織にありがちなやつ」

「ああ、0課は何でも屋ではあるが、あくまでも対過激派テロ組織だ。要人保護の名目で動くことも本来ならグレーだ。課長の豪腕でなんとか正当化されているだけであって」


 毒を吐いてくるナビへ下がり眉で返したカガミは、ニナ関連の記事を見ていたアイーダの擁護対して深くうなずいて、不本意そうに顔をしかめて続けた。


「事情は分かりましたが、まー本当に縦割りは邪悪ですね。縄張り争いやってる間に誰かが闇に葬られるんですよ」


 まったく、とふくれっ面でデスクに腰掛けたナビは、アイーダに無言で睨まれ、退け、と手で払う動きをされて立ち上がった。


「そのための我々だ。が、長年染みついた悪習というものは、一筋縄ではいかないものだから、な」

「何と戦ってんだかな。マジで」

「さあ……」

「アイーダさんみたいに、プライドが臨時休業できればいいんですけどねえ」

「アタシは背負ってるもんがろくにねえからだよ。精々自分の命ぐらいだしな」


 アイーダはやや自嘲じちよう気味に、かぶりをゆっくり振って鼻を鳴らした。


「まあ良く言えば身軽って事だから、この稼業としては勝手が良いけどな」

「えっ、そうなんですか? 流石に、ろくに背負ってない、は謙遜けんそんが過ぎますってアイーダさん。少なくともここに1人、あなたの存在に全てを背負われている、ウルトラスーパーアルティメット美少女型の可愛い人工知能のナビちゃんがどっしりといますが? 寂しいこと言わないで下さいよほらほらー」


 両手の親指で自分を指しながらアイーダの正面へ回ると、ナビは横に上半身を回すダンスで過剰なまでにアピールする。


「――まあ金属の塊だしそりゃ重いわな」

「ズコーッ! そういう意味ではないのですがっ」


 ほんの少しの間だけ驚いた様に目を見開いたアイーダは、フッと笑ってすっとぼけた事を言って、ナビを崩れる様にずっこけさせた。


「私の方が質量は上だが……」

「なにでお前は張り合ってんだ」


 すかさず、カガミは自分のボディのスペック表をアイーダのサイバー端末に送り、ドンとデスクに両手をついて彼女の目を見据える。


 ちなみに、やや重めの人間ぐらいな質量の、ナビの2倍ぐらいなそれが表示されていた。


「やーい、質量も重い女なのでーす!」

「いやいやいや、君も大概重いが?」

「はいー? ナビちゃんは適度な感じだと思いますが?」

「どこが、だ。存在の全てとかいうのは、もう重いの極地だろう」

「有り余った勢いで、アイーダさんの名声を実際より2%ぐらい派手に一人歩きさせる人に言われたくないでーす」

「お前らどっちも愛情は重いだろ。というかうるせえから静かにやってろ」

「……」

「……」


 お互いに、言われてるぞ、と黙りこんで肘で突き合った1人と1体は、


「……っ!」

「……!」


 ゴツン、という無骨な音をさせながら、無言で組み合って押し合いを始めた。


「って、なんで見ても無いんですかーっ!」

「さみしい……」


 しばらくわちゃわちゃやっていたが、一時停止して両者同時にアイーダを確認すると、彼女は呆れてすらなく、パイプを弄びつつ何かを考え込んでいた。


「必要性あるか? ほぼ毎日同じもん見せられてんだぞこちとら」

「同じじゃないですよーっ。今日は私の右脚が2センチぐらい後ろで、カガミさんは左腕が2センチほど上がってます!」

「それを大体一緒っていうんだよ。そんな事よりホシミヤさんは見付けたのか? 早く出せ」


 わざわざ室内の防犯カメラで撮った、前日との比較画像を出しつつ、デスクに両手をついて力説するナビをアイーダは冷たくあしらって急かす。


「はいはい、お察しの通り発見はしていますよー。といっても、カメラがないところを選んで通ってるんで、行き先ははっきりしませんでしたが」


 しょうも無い事を言っている間に、しっかり処理はしていたナビは、通ったと思われるルートと、その証拠となる姿が端っこにでも映っている静止画像を組合わせた地図を出した。


「この通り顔は出てないんですが、映像から解析してほぼ本人だと断言できますね」


 キリノから貰った宣材写真に映る、インナーカラーが金の黒髪をもみあげがちょっと長いウルフカットにした、中性的な顔立ちはパーカーとチンピラが好んで顔に巻くバンダナで隠れていたが、姿勢や歩様は丸わかりだった。


 彼女の背中には、ハードシェルタイプの黒いアコギター用ケースが背負われている。


 その内容からは、酩酊通りドランクストリート付近の運河沿いの通りである、身投げ筋ダイブロードを通ってスラム街へのゲートがある方向へと進んでいる事だけしか分からなかった。


「あんまり当てにならないような……」

「しょーがないじゃないですかーっ! あの辺り、しょっちゅうカラーギャングが抗争してて、カメラが壊れたままで死角が多いんですよ!

 公安さんの方で交換していただけてたら、アイーダさんのこの世の物とは思えない素晴らしい頭脳をお借りするまでもなく、パパッと判明させられるんですがねーっ。

 今すぐ付けてきて下さるとたいっっっっへん助かるん、で、す、が!」

「わかった……。私が悪かった……」


 ぼそっと正直な感想を漏らしたカガミへ、ナビは1ミリ単位で詰め寄って甲高い声で猛然と反論し、後ずさる彼女にクリーンブレイクの動きをさせて謝らせた。


「まったくもう、正直者だって言っても限度がありますからねっ。ぷんすか」

「じゃまあ、後は足で稼ぐしかないわけだな」


 そう言って、息を吐きながら立ち上がったアイーダは、


「のわぁ、アイーダさんが私の頭を程よい強さで撫でて下さいましたっ!? これは永久保存しなくてはなりませんねっ。って待って下さいよー」


 腰に手を当ててまだキレているナビの頭を触ってなだめ、いつもの様に鹿撃ち帽にインバネスコートをまとって、街へと繰り出していった。


「オウエッ。なんだ今日、いつにも増してくっせえな……」


 が、外に出た瞬間、いつもとは違う南風のせいで、小雨の酩酊通りドランクストリートは牛乳を吸って腐敗した雑巾の臭いになっていた。


「マスクいりま――」

「一応マスク――」


 すかさず、レインコートを着たナビと、いつものコートに洗濯装置で防水処理をかけたカガミが、悪臭用のビニールで口元が見える簡易ガスマスクを同時にウェストポーチから取りだした。


「マネしないでくださいよ!」

「別にそのつもりは一切無いが……!」


 1人と1体は共に、同じメーカーのフィルムケースサイズに圧縮された、開封すると展開されるものを手に歩きながらガンを飛ばし合う。


「どっちでも良いから寄越よこせ」

「私のは5時間用ですからどうぞ」

「私のもまるっきり同じだが……」

「ああもう分かった。どっちもくれ」


 またもや、〝5H〟と印刷されている面を向け合って、両者がにらみ合いを始めたので、アイーダは両方をバトンのように受け取って、シャッフルしてから1つを展開して耳にかけた。


「いちいちしょうも無い事で時間とるんじゃねえよ全く」


 行くぞ、どっちもやや不満そうに口をすぼめる1人と1体を引き連れ、アイーダは身投げ筋がある南へと通りを更に進んで行く。


 日中ではあるが、すでに開いている店の前にある雨よけの幕の下で、完全に出来上がっている中年男性が引っくり返って寝ていた、


「絶対私のでしたよ! 製造月が先月でしたしー」

「私も同じ月のものだ。それで勝負はつかない」

「……えっ、もしや、ロットが893564でした……?」

「ああ。物騒な数字の並びだったから覚えている」

「なんですかその偶然っ! 流石にちょっと怖くなってきましたアイーダさん!」

「そりゃそうだろ。カガミから箱で貰ったやつだぞ」

「えっ、アイーダさんが注文されたってログが残ってますが」

「代金だけ私が払ったが」

「……」


 余りにも偶然の一致が過ぎて、震え上がる動きをしたナビだったが、そのカラクリが分かると非常に面白くなさそうに口をとがらせて黙りこんでしまった。


「君でも知らない事があるんだ、な」

「そりゃあ、アイーダさんの全てを知りたい私だって、四六時中アイーダさんを監視するマネなんかしませんよ。今日の便通とかは確かに気にはなりますが」


 馬鹿にするでもなく、普通に目を丸くしているカガミへ、私はストーカーではないんで、と少し眉間にシワを寄せたナビは左右に手を払うように振った。


「出てねえなら自己申告するし、お前が気にする事でもねえ。なんでそこだけ介護ロボ要素出してきてんだ」


 などとしょうも無いやりとりをしつつ、2人と1体は南の末端へとたどり着き、運河を越える橋を渡って西へと延びる身投げ筋ダイブロードへと入った。

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