第3話
マスコミがこぞってセンセーショナルに書き立て、それに乗せられた正義中毒者はニナを敵意と妄想をむき出しにして、ネットワーク上でサンドバッグにしていた。
当時、バンドが所属していた事務所も、悪評を恐れて契約を解除する始末であり、より叩いて良いもの扱いが加速していた。
そんな最中でも、3人のメンバーは私財を持ち出して個人の事務所を立ち上げ、完全な音楽に必要なピースであるニナが、刑期を終えて戻ってくるまで待つ事を大々的に宣言する。
元事務所の尻尾切りとしか言いようがない対応に反発し、キリノもそこを辞めて、方針に従って個人での活動すら休止したメンバーのために、マネージャー兼実務担当として、彼女も実家の持ち物であるマンションの一角を提供するなど尽力した。
そして、3年の刑期を終えて出所し、正門から出てきたニナへインタビューするため、マスコミが大挙して押し寄せ、薬物に手を出したのは創作意欲を刺激するためだったのか、など悪意のある質問を次々投げかける。
大衆の邪悪な好奇心の先兵と化している記者との間に、メンバーとキリノが割り込み、
「お、来た来た! よしっ、たった今からパルススター復活祭のスケジュールを解禁します!」
カメラがあるのを良い事に、ライブの日程が書かれた大きなポスターを掲げて、3人のメンバーがそう叫んだ。
そのポスターに隠されたまま、ニナは反対側の路肩に止めてあった機材車へ、4人と一緒に乗り込んだ。
「えっ、な、なんでウチのためなんかにそんな……?」
記者のフラッシュをリアに浴びながら走りだした車内で、困惑して泣きそうな顔をしながら口元に手をやっているニナへ、
「そりゃもう、ホシミヤあってのパルススターだからね」
「まあそれもあるけど、アンタがボーカルで
「……あと、単純に楽しくない……」
優しい笑みを浮かべているメンバーは口々にそう言って、誰1人として彼女を非難しなかった。
「……ごめんね、みんな……。もう絶対……、クスリには手出さないから……」
何を言われても仕方ないと覚悟していたニナは、その予想外の優しさに満ち溢れた言葉に、大粒の涙をポロポロと流してメンバーへそう誓った。
それからというもの、ニナは今までの遅刻癖と深酒に部屋の散らかしっぱなしを改め、なおざりにしていたメンバー間のコミュニケーションをよくとる様になり、ゴミ拾いやチャリティーなど慈善活動に精を出し、過去の自堕落な自分を完全に捨て去った。
薬物蔓延防止を主題に掲げた全国ライブツアーの最中、ネオイーストシティでキリノへ何も言わずに姿を消したニナが、数時間後にしれっと帰ってくる、という行動をとるようになる。
本人に訊いても、ちょっと
そこで、ノースグラウンドから返ってきたこの日、スポンサーや週刊誌に嗅ぎつけられない様、キリノはこっそりとアイーダへ依頼に訪れていた。
*
「まあ、聞く限りだと、もっかい手え出すような感じは全然ねえな」
キリノが泣きそうになりながら語った言葉に、何度も相づちを打っていたアイーダは、一切疑う様子もなくそう言いきった。
「一応探れる範囲で見てみましたけど、パッツンおかっぱさんの言う通りですねー」
「マサオカさんと言うべきでは……?」
「アイーダさんの休日をおシャカにした人に、丁寧な対応などしないのです」
「お前も色違いなだけで似たようなもんだろ」
「違いまーすー。ナビちゃんのはウルフカットなのでーす。よく見てくださいこの辺がこんな感じにサッパリと切りそろえられているんです。ほらほら、なかなかリアルなふわり加減ですよね。これがカガミさんの発注なのがシャクではありますが」
「パッツンじゃねえか」
「パッツンだ、な。あと、私のものと同じ素材で発注しただけだが」
アイーダへにじり寄ったナビは、横を向いて襟足を触りながら人工毛のクオリティをアピールし、最後をやや不本意そうに顔をしかめてそう言った。
「ゲーッ。これも同じなんですかッ」
「ツルギ主任曰く、全身義肢用の人工頭髪は種類が無数にあるらしいが、私は関心が無いんだ。毛虫を見るような目で見られても、困る」
「半分アイーダさんへの贈り物で、そんな雑なのはどうなんでしょう」
「別にいいだろ。ヅラなんか大体一緒じゃねえか」
「ヅラって言わないで下さいよーっ。なんかこう、響きがぜっんぜん可愛くないじゃないですかーっ。せめてウィッグとかその辺の方がまだ可愛げがあるというかーっ」
「で、報酬の件だが、今お前さんどのくらい持ってんだ?」
可愛くないのはヤダーッ! といって床に転がって頭を抱えるナビをガン無視して、アイーダは呆気にとられているキリノと報酬の値段交渉へと入る。
「へっ? ……お恥ずかしいんですが、10万クレジットぐらいです」
「じゃあ1万だな。なるべく急ぐが2、3日ぐらい時間くれ」
「もろもろたったそれだけで良いんですか……? 見付けられない失せ物はこの世にない、と
「……。その手の、なんかこう……、肩書き? みたいなもんは誰が言ってんだよ……」
「自分で名乗られてもいませんよねえ。めいた――」
「――それは、やめろ」
「アッハイ」
腕を組んで首を傾げたナビがつい口を滑らせ掛けたところで、アイーダに鬼の能面みたいな目で静かに凄まれ、流石のナビもそこから先は自重した。
「まあ調べは付いてるんですよ。ねえ、カガミさん」
「うぐっ」
ナビに見えないところで目線が不自然に逸れていたカガミは、ギクッとして瞬きを素早く繰り返してうなだれた。
「悪気はないんだ……。ただアイーダさんの凄さをあちこちで口に出していたら、それに尾ひれが……」
「100人ぐらいに言ってますからねこの人。そりゃあもうシロナガスクジラぐらいの尾ひれもつきますよ」
「流石にちょっと自重しろ。なんか変な案件来たらどうすんだ。他人の命がかかったデスゲームとかその辺の」
メンタルとかフィジカルとかは常人だからなアタシ、とアイーダはちょっと頭が痛そうに額を押えて、ため息交じりに言う。
「自重はする。が、万が一そうなっても私が壁を爆破してでも助け出す所存だ」
「まあ、その前に私がゲームマスターをハッキングして終わらせますけどね」
「そのくらい私にもできるが……!」
「自分の実力を偽って見栄を張るとか見苦しいですねえ」
「なに?」
「おっ、やりますか?」
「そんじゃ、銭も貰ったし後は任せろ。ちょっと手貸して貰うかもだから、連絡先交換しとこうか」
両者荒ぶる鷹のポーズで一触即発感を出していたが、前方にいるアイーダにまたガン無視されたので、ナビとカガミは無言で気をつけの姿勢になる。
「はいっ、ニナの為なら例え火の中水の中参上しますからっ!」
「草とか森とか土とか雲とかスカートの中とかは?」
「くだらねえこと言ってねえで、お前は防犯カメラ探れ」
「はーい」
「合いの手の悲鳴をあげるべきだろうか……?」
「いらん」
半身を傾けて意味の無い疑問を投げかけるナビと、割と真剣に乗っかろうとするカガミに、アイーダはそれぞれ後ろを振り向いてツッコミを入れた。
「……あ、あのう。では私はこれで」
「おう。時間ねえのにこいつらに付き合わせてスマン」
腕時計型サイバー端末をチラチラ見ていたキリノは、会話の途切れた隙に手を挙げてそう申し出て、出入口付近まで着いてきたアイーダに、そんじゃあな、と見送られて去って行った。
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