第2話
「なーんか怪しいですねえ。ちゃんと〝本日休業〟って下の掲示板に表示しておいたはずですが」
アイーダの左右にナビとカガミがそれぞれ集まってきて、ナビはジト目で画面に顔を近づけてまじまじと観察して首を小さく傾げる。
「見た限り武器の様な物を持っている様には見えない、な」
「だな。見てくれの怪しさはともかく」
顎に手を当ててその人物の手の位置や衣服の膨らみから、敵意がある相手ではないとカガミは見抜き、アイーダも頷いてそれに同意した。
少し辺りを見回し、その人物は祈る様に指を組んでそれを額に当てた後、インターホンのボタンを押した。
「よう、どうした嬢ちゃん。どうやら大っぴらに言えねえ依頼のようだが」
チャイムが最後まで鳴り終わらないうちに、アイーダは通話ボタンを押して、画面越しのフードを脱いだ若い女へ訊ねた。
全体的に頼りなさを感じる風格ではあったが、メガネの下はそこそこ
「――あっ、お休み中のところ申し訳ありません……。おっしゃる通り、少々込み入ったお話でして……。もちろん、無理を言うからには、報酬の方はいくらでも上乗せしますので、どうか助けてくださいませんか……?」
まさかそんな爆速で出ると思っておらず、彼女はちょっと飛び退く動きをしてから、かぶりつく様にカメラに顔を近づけてそう言い、頭を下げて懇願する。
「誠意の大きさがどれほどかによりますね。なにせこの偉大なる名探――むぐっ」
「コイツの言う事は気にしないでいいぞ。雑巾臭に塗れたビショ濡れのまま放っとくのは忍びねえ。入ってこい」
追い返そうと嘘を言うナビの口を押えつつ、アイーダはそう言って招き入れる。
「あっはいっ。ご厚意に感謝いたしますっ」
謝罪の角度まで、前髪が切りそろえられたショートへアの頭を深々と下げた女は、アイーダがロックを解除すると恐縮しきりでドアを潜った。
「んもー。何のためにお休みなのか、これじゃ分からないじゃないですかー!」
通話が切れて手を離されると、ナビは腰に手を当て、思い切りむくれながら自身の休日を返上してしまったアイーダへ抗議する。
「困ってるってんだから話は聞かねえとだろうが。急がねえなら明日すればいいしな」
「それはそうですし、それがアイーダさんの良い所だとは思いますがー……」
終わったら何が何でも私の膝枕で休むの刑に処しますからね、と口を尖らせて言いつつ、ナビはコーヒーを用意しにキッチンへと向かった。
「私はどうしたらいいだろう、か?」
「まあ適当に突っ立っといてくれ。アタシの手に負えねえ事以外は守秘義務守ってくれりゃいい」
「了解した」
こくんと頷いたカガミは、とりあえず何かあったら飛びかかれる、事務所に入って左の応接ソファーの窓際に移動した。
「し、失礼します」
「おう。足元が悪い中ご苦労さん。上着はその辺のカゴにいれといてくれ」
「はい……」
木製に見えるドアをゆっくりと開け、かなり腰の低い態度で女が頭を下げながら事務所に入ってきた。
「あっあっ、あの――ッ」
「インスタントで悪いが、まずそこに座ってコーヒー飲んで一息つけ。相談事ってのは、焦ってちゃ色々抜けが出ちまうからな」
「……お気遣い、感謝いたします」
自己紹介も名刺も出し忘れ、女がわたわたと本題に入ろうとしたので、デスクにどっかり座っているアイーダは、ソファーの長い方を指してそう言った。
彼女が座ったタイミングで、ナビが2杯分のコーヒーカップを乗せた盆を手に戻ってきて、ムスッとした顔でテーブルに置いた。
「もうちょっと愛想良くしたらどうだよ」
「ナビちゃんはいま時間外対応モードなので、いくらアイーダさんの頼みとはいえ、そのご注文は無理なのでーす」
「5%ぐらいは出してくれよ。まあ、ちょっと拗ねてるだけだから気にしないでやってくれ」
「は、はあ……」
腕組みをしてツーンと顔を逸らすナビをなだめるアイーダを見て、適度に冷めたコーヒーを啜りつつ女は目を丸くしていた。
「あっ、もっとなでなでしてくださればやる気が出るかもですっ」
「今どのくらい来てんだよ」
「1%ぐらいですかねー」
「その具合ならめんどいから止めとくわ」
「そんなーっ」
欲張ったナビから、すっ、と撫でる手を離したアイーダは、吸わないパイプを片手に1人掛けの方に深く座った。
「で、マサオカ・キリノさんよ、用件はなんだ?」
「はい……。――えっ、どうして名前……」
「〝パルススター〟絡みの記事で見てな。あんた、マネージャーとしてインタビュー受けてただろ」
「ええっと……」
「この4年前の報道記事ですよね」
「あっ――。それですか……」
あれやこれやと考えていたキリノは、ナビがテーブルのホログラム画面に出した、アーカイブ記事を見て表情が急速に曇っていった。
それは、4ピースカリスマロックバンド・パルススターのボーカルの女・ホシミヤ・ニナの薬物使用事件を報道するもので、
「連想させる、はこじつけでしかない、な」
「しかもこの人の顔まで載せる必要無いですよね。これ」
悪辣に書かれた内容と、疲れ切って顔色が悪いキリノの写真を見て、カガミもナビも不愉快そうに顔をしかめる。
「いや。それじゃなくて去年の復活宣言のだ。あの記者の心意気の利いたヤツな」
「あ、これですか」
それはパルススターの大ファンのライターが書いた記事で、行き過ぎたマスコミや正義中毒者の行動を批判しつつ、メンバーやキリノの尽力を称賛するものだった。
「ギター担当の言ってた、〝完璧な音楽のためなら、メンツなんざ浜で死ね〟だっけか? あれは痺れたぜ」
「そうですかっ。そう言っていただけてありがたい限りですっ」
ニヤリと笑みを浮かべて、記事の一説を暗唱で引用したアイーダへ、キリノは衝撃波で雲を吹き飛ばしたかの様に明るい表情になって深々と頭を下げる。
「でだ。依頼ってのはホシミヤさんの素行調査でいいな?」
「あっ、はい……」
アイーダが話を本題に戻した途端、キリノは表情をまた曇ったものにしつつ頷いた。
「考えられないつっても、ヤクをやってるかもしれねえ、って疑えるくらいは怪しい動きをしてるわけか」
「結論から言えばそうなんです……。時々、何も言わずにどこかへ出かけていまして……」
先程までずっと落ち着かない様子で、メガネ越しのそこそこ精悍な目が泳いでいた事と、記事を見た際の反応から読んだアイーダの問いに、キリノは俯いて答えた。
「まあ、いっぺんやっちまったら最後、ヤクの売人が周りをうろつくようになるからな」
「で、でも、もうニナは絶対薬物なんか使っていないんですよ!」
「ほー、えらい自信だな」
「と言ってはいても、誘惑に勝てず元の
腕組みしたアイーダから、空気を読まない事を言ったカガミは振り返って睨まれ、慌ててキリノへ頭を下げた。
「いえ。普通に考えるとそれはそうですから……。ですが――」
気になさらないでください、とカガミに顔を上げさせた後、キリノは自身がそこまではっきり断言する理由を説明する。
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