第2話

 『女帝』の宮殿へと連行されたアイーダは、まず衣服を剥ぎ取られて腕で吊られ、拷問官の女によって全身にミミズ腫れが出来るまでムチを打たれた。


「う……」

「どうだ。これで堪えたなら――」

「いや、だね……」


 たっぷり50回は打たれ、ぐったりと動けなくなったところで、頭上にあるはめ殺し窓から自身を見下ろす『女帝』からの要求を、アイーダは全て聞く前に拒否した。


「ほう? 普通の人間はこれで音をあげるものであるが。――では、朕に従う気になるまで手を替え品を変え、存分に責め立てよ」

「はっ」


 翌日。


「断……、る……」


 アイーダは徐々に電圧を上げられる電流拷問にかけられるも、これを体力の限界まで痛みに耐えて『女帝』の要求に首を振った。


 その翌日。


「いい加減に受け入れぬと死ぬぞ」

「ふ……、ふーん? し、しし、心配、か?」

「ぬぅ……! ふざけよって……。続けるのだ」

「仰せのままに」

「――いッ、ぎッ」


 カカシのように腕を固定され、冷水に何度も浸けられてガチガチと震えながらも、アイーダは引きつった笑みさえ見せて拒否する。


 更に翌日。


「いい加減、受け入れるのだ!」

「へ……。こんなもんじゃ……、堪えねえな……」


 今度は火傷するギリギリの熱湯で同じ事がされ、のぼせ上がりながらもアイーダはまた笑う。





「その次は手足の爪に――」

「アイーダさん、そのくらいで勘弁してほしい……」

「私もちょっと、怒り狂い過ぎてどうにかなりそうなのですがッ」

「わーったわーった」


 地獄の拷問フルコースを聞かされていた、ナビが怒髪天状態でワナワナ震え、カガミは普通に音を上げたので、アイーダは後を切り上げた


「まあ、そんな夢だ」

「そう、か……。アイーダさんになんてことを……!」

「ご命令とあらばこのナビちゃん、アイーダさんの情報改ざん以上のこともやりますが」


 歯を食いしばり険しい表情をしていたカガミは、


「……今のは、聞かなかった事にしておく」


 同じ様な様子のナビから、グレーゾーンどころではない危険な話が飛び出し、ナビのアバターを二度見しつつ流した。


「お前いつの間に」

「はいー。アイーダさんに余計な心配をさせないように、です!」

「そりゃどうも」

「あっ。あと、例の船内にいるときにやったので、この国の法では裁けませんからご安心しやがれくださいね!」

「あ、ああ……」


 腰に手を当てて得意満面な顔のナビは、良心の呵責かしゃくに頭が痛そうなカガミを指さして補足した。


「じゃあ、スッキリした事だしボチボチ寝っから。じゃあな」

「――また、明日」


「えっ、なんで会う前提なんですか?」

「何でも何も、仕事の一環だと言っているだろう?」

「いつまでも公私混同をごまかす、そんな詭弁きべんが通じると思ったら大間違いなのです!」

「混同してはいないが? 私は君の監視とアイーダさんの警護を指示されている……!」

「それアナタの上司さんにアナタが出させてますよね?」

「ナビ、お前これどうやって繋いでんだよ。出られねえんだけど」


 いつもの様にカガミとギャーギャー言い合いを始めたナビへ、喧嘩けんかならアタシを外してからにしろ、と迷惑そうにアイーダはこめかみを叩いて言った。


「あ、すいません。じゃあこの辺にしといてやるのです!」


 捨て台詞を投げつけたナビは、アイーダへの割り込みを止めて、彼女の電脳空間から退出した。


「ではまた……」

「あー、カガミ」

「?」

「お前が良いならこっちに常駐でもいいぞ? いちいちこっちまで来るの手間だ――」

「分かった。訊いてみよう……!」


 通信を名残惜しそうに切断する直前、アイーダがふと提案したそれを、カガミはかなり食い気味に受け入れて、興奮した様子で今度こそ通信を切断した。


「ジローリ……」

「あんだよ」

「アイーダさん、カガミさんに何かしら提案しませんでした?」

「さてね。お休みっと」

「……! ぬー……」


 ジト目でこめかみをやっと叩いた主人を見て、ナビは非常に不満げな顔を見せるが、再び布団を被った彼女を起こすわけにもいかず、小さく唸った。


 その翌朝。


「ええっ! 住まわすんですか!?」

「いいだろ。そっちの方がなんかやべーのに襲われたときに安全じゃねえか」

「うー、ですがー……」


 春先の珍しく晴れた空の下、灰色のMA-1を黒い素体の上に着たカガミは、あまり持っていない衣服を取っ手付きのプラスチックケースに詰め込んで、朝一番に探偵事務所へとやって来た。


 もちろん、ナビは眉間にシワも寄せるわ口は尖らせるわ、と心底嫌そうな顔を見せる。


「よ、よろしく頼む」

「おうよ。許可とれたか?」

「ああ。とれたというかとらせた」

「そっか。じゃ、奥の部屋一緒に掃除するか」

「ああ……!」


 初めて来た訳でも無いのに、裏路地側にある玄関から入ってきたカガミは、ガチガチになりながらアイーダに促され、入って右奥にある部屋へと向かう。


 その部屋は、一応ナビのということになっていたが、ナビは基本アイーダのいるところにいるので、何も置かれないまま完全に持て余されていた。


 内開きのドアを開けると、新築と見間違えんばかりに清掃された、まっさらな部屋がそこにあった。


「共同作業と行きたい所でしたね? 残念! ナビちゃんがキレーさっぱりお掃除しておきました! うはははは」


 カガミが目を見開いたところで、クラシカルメイド服姿のナビが高笑いと共にそう宣言し、ベロっと舌を出してカガミを煽る。


「ふーん、気が利くじゃねえか。なんやかんや言ってしっかり歓迎してんだな」

「いえ、そういう意図でやってはないのです」

「? 嫌がらせならきったねえままだろ」

「あっ」

「掃除は苦手なんだ。助かる」

「ぐぬぬ……」


 思惑通りに行かず、逆にカガミを喜ばせてしまい、なおかつアイーダに褒められたことで断固否定もしづらいため、ワナワナと震えるしかなかった。


「そんで、家具は何時ぐらいに来るんだ?」

「えっ?」

「あ? 前の家から持ってくるんじゃねえのか?」

「そういうもの、なのか……? 1つも持っていなかったが……」

「マジかよ」

「私が言うのもアレですが、ちょっとは人間的な生活した方がいいと思うのです」


 キョトンとして瞬きするカガミへ、そんな天然ミニマリストっぷりにアイーダとナビは唖然としていた。


「やっぱりおかしいのか……。ツルギ隊長にも心配されたが……」

「おかしいかは置いといて、それつまらなくねえか?」

「なるほど……。普通は何も無いとつまらないのか……」


 何度か頷いたカガミはそう神妙につぶやいて、メモ帳アプリを起動してメモをとった。


「で、何を買っておけば良いのだろうか……?」

「アタシに言われてもなあ……。――よし、そんじゃ昼までお客が来なかったら、仕事探しついでに色々買いに行くか」


 迷子の子どもみたいな目で見てくるカガミへ、色々見てたらな何かしら欲しくなるだろうしな、と言ってアイーダはポンと肩に手を置いた。


「――つまり買い物デート……、か?」

「いや、単に買い物だぞ」


 大真面目にハッとした顔をするカガミへ、何言ってんだコイツ、という怪訝そうな目をするアイーダは首を横に振った。


「そ、そうか……」

「はいっ。ナビちゃんは通販で良いと思いまーす」

「あっそ。行きたくねえなら留守番頼む」

「あっ、でも現物が思ってたのと違うなんて良くありますし、実際に見ないとダメですよね! やっぱり!」


 残念そうな顔をするカガミに追い打ちをかけようとしたナビだが、アイーダからの冷たい目を見て自身の短慮だったことにした。

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