第6話
その最上階にある、元はスイートルームのリビングだった部屋の中央で、アイーダは脚がキャスターの椅子に革ベルトで四肢を拘束されていた。
窓は電気をかけると曇りガラスになるものに改造されているため、外の景色を覗うことは出来ない。
身ぐるみを剥がされたアイーダは、ここに来るまでに全身を3Dスキャンされた後、虹彩も読み取られ、オマケに血と指紋まで採られていた。
「なあ。寒いから毛布かなんか頼んでいいか?」
「……」
無駄に露出が多いデザインの黒いボンテージに、明らかに悪意を持って着替えさせられているアイーダは、暖房が一切効いていない部屋に身震いした。
「こちとら大事なクエストアイテムだぜ? 風邪引かせたら発注者が怒らねえか?」
「……この女の減らず口を塞げ」
「へいへいへい。ギャグかける前に訊かせてくれ。――望んでこれに参加したのは、サトウ以外だよな?」
連行される間もベラベラ喋っていたアイーダにしびれを切らし、ヤブイは棒型の口枷を彼女に付けようとしたが、それだけ聞かせてくれ、と早口で頼む。
「そうだ。このグズは亡命とかふざけた事を抜かすから
「間違い無えか?」
「……えっ、あっ……。はい……」
「そっか、それなら問題ねえ」
満足そうに頷いたアイーダへ、ヤブイは気味の悪い物を見る目を向けながら、口枷と目隠しを自ら施した。
「妙な動きしない様に見張っておけ。逃げたら殺す」
「……は、い……」
顔面
扉の鍵が閉まり、少しよろめいてへたり込んだ彼女は、身体を小さく丸めてさめざめと泣き始めた。
うーん、やっぱ通信はできねえか。なんでわざわざ首輪型なんざに……。
そのすすり泣きを聞いて、アイーダは短距離の電脳通信で声をかけようとしたが、首輪型の閉鎖装置がうなじのインプラントに差されているため出来なかった。
かといって、うーうー唸るのもな。罪悪感持たせたら悪いし……。
閉ざされた視界の中で、どうしたもんか、とため息を吐いたところ、唾液がたらりと流れ出て喉元を伝い落ちていった。
彼女の吐息に反応して顔を上げたサトウは、明らかに趣味で無い服装にされた挙げ句、
しっかし寒いな。暖房ぐらいつけてくれないもんかね?
確実にろくでもない事が待っているにも関わらず、堂々としているアイーダを見た。
「……」
おもむろに立ち上がったサトウは、彼女の後ろに回って、唾液を垂れ流しにさせている口枷を外す。唾液が銀の糸を引いて垂れた。
「おいおい、良いのか?」
「その場で何もしてない様に見えるから、口だけならいいかなって」
「お。そういうヤケクソ気味の吹っ切れ、嫌いじゃ無いぜ」
アイーダはなるべく口の周りの唾液を舐め取って、いきなり大胆な事をするサトウのいる方に、薄く笑みを浮かべた顔を向けた。
「なんか温かいものでも巻いて貰えると助かるんだが」
「上着で良いなら……」
「お前が寒くないか?」
「寒いのは、寒いです……」
「じゃあいい」
我慢すれば出来ない事も無いしな、と言ってやせ我慢し、アイーダは地味なピーコートを脱ごうとしていたサトウを止めた。
「その辺に椅子あるだろ? とりあえず、アタシの左側に座っとくのをオススメするぜ」
「? あっ、はい」
アイーダの妙な指示にサトウは辺りを見回して、部屋の隅に放置されているドレッサー用の椅子を発見し、低い背もたれを掴むと扉を背にして座った。
「えっと……」
「アイーダでもサカイダでも、なんなら探偵さんでもいいぜ」
「……探偵さんは、怖くは無いんですか……?」
「まあ殺されはしないだろうからな」
「いえ、あの、そっちじゃ無くて……」
「『女帝』がか?」
「えっ。はい……」
「アレは見た目よりは怖くねえから何ともねえな。オールドウェストランドに住んでたら分かんねえかもだが」
ほぼ喋っていないのに、答えが返ってきて目を丸くするサトウへ言いつつ、アイーダは鼻で笑った。
「アタシはな、それより依頼がちゃんと達成出来ねえ事の方が怖いんだよ」
「えっ、失敗する可能性を含めて前金、ですよね。あの10分の1は……?」
「いや全額前払いのつもりだぜ? ――銭とか信用も大事だけどよ、アタシは依頼人が、結局なにも分かりませんでした、って言われたときの悲しそうな顔が、『女帝』サマはもちろん
アレばっかりは何度見ても堪えるんだよなぁ、とアイーダはため息交じりに言って下唇を噛んだ。
「丁度、今のアンタみたいなの、だな」
「――! えっ、透視とか出来る様に改造を……?」
「へっ。サーモグラフィーなんか付けてねえわ。面白えこと言うなお前さん」
カラカラと笑うアイーダに、どうも、とサトウは小さな声で照れくさそうに言った。
ややあって。
「もしかしてアイツら、アタシを全身義肢かなんかと間違えてんのか?」
寝室のベッドに残されたシーツをサトウに巻いて貰うが、ダニが湧いていてかゆくなってしまったアイーダは、結局この数時間を薄着で震えていた。
「……探偵さんなのに生身なんですね」
「あのな。探偵ってのは本来地味なお仕事なわけ。バイオ猫探しとか浮気とか素行を調査するのがアタシの仕事だ」
「すいません。後のお二人が全身義肢の方なのでそうだとばかり……」
「よく言われるから気にすんな。アイツらはこうなんかアレだ。――押しかけ相棒というか……」
「押しかけ相棒」
大体説明を付けようとひねり出した言葉に、アイーダは案外しっくり来てしまって思わずクスクスと笑いを漏らした。
「押しかけつっても、アタシを好意的に扱ってくれてるし、迷惑でもなんでもねえけどな」
この状況下にしてはあまりにも楽しげな様子に、サトウは困惑して瞬きを繰り返す。
「まあたまにはうぜえと思う事もあるけど、アイツらは本当に頼りになる連中でな。こういうのに巻き込まれたときには絶対助けに来んだよ」
アイーダがそう言いきったところで、窓ガラスの中央部に赤っぽい光の点が現われ、
「ご覧の通りな」
人が通れる程の大きさの円を描くと、それが通った部分が赤熱して溶けた。
「アイ――こちらカガミ。
「あっ、持ってる方の吸盤ロックされてないですよっ」
「しまった……」
その切り取られた部分がそのまま内側に倒れ、聞き慣れた慌てた様子の声がした後、派手な音を立てて粉々になった。
「状況開始!」
それと同時に、下の階では民間人の監禁とテロ準備の罪で、政府公安局特殊部隊・通称〝0課〟の隊員が裏口のドアを爆薬で破壊して突入していた。
ちなみに今回は袖の下がどこからもないため、警官隊がちゃんと出動して正面入り口を塞いでいて、逃げようと飛び出したテロリストの発砲に応戦する。
「ようカガミ。グッドタイミングだぜ」
「それはよか――」
「当然です! だっ――」
その向こうには、戦闘装備で懸垂ロープにぶら下がっているカガミと、ドローンにホログラム表示されているナビがいた。
「……」
「……はわ。なんだかアイーダさんがスケベなことに!?」
かなり刺激的な格好のアイーダを認識し、カガミはしばしフリーズし、ナビは顔をふさいだ手の指を開いて凝視する。
「ぞ、俗に言う女王様か。悪くは、ない……」
「新たな性癖に目覚めないで貰っていいですか? アイーダさんの鞭は私のものなので」
「くくく、下らねえ事言ってねえでっ! はははっ、早く助けてくれ! 寒い!」
「あっ、すいません」
「今助ける」
いつもの様に言い争いになりかけたが、流石に春先の夕方かつ高層の冷えた空気に耐えるには、余りにも薄着なアイーダはガタガタ震えて叫んだ。
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