第7話

「いやあ、ご無事――ではないですね……」

「おうよ……。寒くて死ぬかと思ったぜ……」

「本体の方であれば、今すぐ加温機能で温もりをお届け出来るんですがねぇ」

「雪山かよ」

「それだと私のデフォ状態が全裸になっちゃうんですが!」

「いや、アタシも一応服は着てるから」

「こちらカガミ。これよりマルタイを護衛して退避する」

「了解した」


 拘束と目隠しから解放されたアイーダをアルミシートで包んだところで、カガミは探偵コンビの無駄話を聞きつつ、電脳通信の向こうにいる課長へ報告した。


「さて。公安局のヤタだ。サトウさんで間違い無い、か?」

「あっはい。ところで私、捕まるんでしょうか?」

「いや、亡命者として保護させてもらう」

「コイツは脅されて加担するしかなかっただけだ。な?」

「はいっ」

「了解した」


 腕時計型端末からホログラムの局員証を提示する、うすらでかいカガミから見下ろされてもサトウは怯える事無く、はっきりとカガミを見据えて返事をした。


「ところでカガミさん。どうも人質を盾にしようと、兵隊さん達がこっちに来てますね。数は十数人といったところで、実行犯のヤブイが引き連れています」

「そういうのは早く言って欲しいんだが……!」


 吹っ切れた様子に自らを重ねて目を細めたカガミだったが、ナビから監視カメラをハッキングしてドヤドヤと階段を昇ってくるヤブイを含む13人の武装集団の情報を伝えられ、ギョッとした様子で目を見開く。


「アタシ丸腰なんだけど盾とかないのか?」

「ない。防弾チョッキぐらいなら……」

「1個だけしか持ってきてねえんだろ。お前普段要らねえし」

「……その通りだ」


 カガミはアイーダ達を玄関ホールとリビングを隔てる壁の後ろに隠し、自らはいつでも射撃できる様にドア枠から顔を出して小銃を構えつつ、気まずそうにぼそっと言う。


「制服の下に水着で来て下着忘れるアレじゃないですかー!」

「カガミにくっ付いとくわけにもいかねえし困ったもんだ。いやまあ、人員回収用のヘリコを前倒しで呼べばいいだけだけどな」

「そう言うと思ってさっき頼んだ」

「お。ナイス」

「敵さん来まーす」


 アルミシートの中からサムズアップの手が出てきて、カガミがやや締まりの無い表情をしたと同時に、ドアが乱暴に開けられて兵士が入ってきた。


「目閉じて耳を押えろ!」

「ついてきてもら――」


 瞬時に鋭い目つきになって、カガミは電脳通信でそう言うと同時に閃光せんこう手榴しゅりゅう弾を放り、身動きが取れない人質とおとりしかいないと油断した敵兵を前後不覚にした。


 それを最後尾付近で見ていたヤブイは、脱兎だっとのごとく自分だけ逃げに走り、最上階から地下まで直通の独立電源付きかつスタンドアロンのエレベーターに駆け込んだ。


 呆気にとられてそれを見送った後ろの方の兵士は、閃光手榴弾で悶絶もんぜつする前の方の兵士を文字通り蹴散らして出てきたカガミに、気付くのが遅れて大体同じ目にあった。


「ナビさん、ヤブイは?」

「逃げましたね。今地下に到着しました」

「わかった。仲間に追わせる」

「――まて、追いかけなくてもいいぞ」


 カガミは課長にヤブイについて電脳通信で報告しようとしたが、アイーダがその前に素早くそう言って制する。


「なぜ……?」

「そうですよ! ご自分がどんな目に遭わされたのかお忘れですか! いくらお人よしとはいえ承服しかねます!」


 当然、食ってかかり気味に訊いてきた1人と1体に対して、


「アタシらが手を下すまでもねえ、ってだけだよ。――ったく、人をただ働きさせやがって『女帝』サマめ……」

 困らされる事もあるが憎めない友人に振り回された、といった疲労感満載の苦笑いでアイーダが言い、


「……なんか、『女帝』サンの実態についてよく分からなくなってきました……」

「ああ……」

「あとで説明してやっから。とりあえず放置でよろしくな」

「分かった……」

「アイーダさんがそうおっしゃるなら……」


 ナビとカガミはそれに再び困惑しつつも渋々自分を納得させた。



                     *



 誰にも追跡されなかったため、元はマフィアが使っていた脱出用トンネルに用意されている電動バイクで、ヤブイはまんまと街の東の端にある港湾区域まで逃げる事に成功した。


 本来アイーダを連行する貨物船に乗り込み、沿岸警備隊に追跡はされていたがそのまま見逃されて領海外へ出て、早朝に南部のダイモン港へと帰還した。


 そのまま中央省庁街『内裏』まで直行し、帝国情報局でアイーダのサンプルとデータを提出し、ヤブイはアイーダ確保以外の成果を強調して報告した。


 次に礼装に指定されているはかまに着替え、アンドロイドが引く人力車に乗って、『内裏』の中心部に位置する、『女帝』の城である『御所』の正門前へと到着した。


 正門は木造風の豪奢ごうしゃな物で、それを潜った先に巨大な入母屋いりもや屋根の御殿が正面に建っていて、それぞれが朱塗りされていてかなりド派手な一方、維持管理用のアンドロイド以外の姿が見えず、建物に比べてひどくわびしい様子だった。


「帝様がお待ちかねであらせられます」


 無駄に広い玄関に入ると、緑色で地味な袿袴けいこ姿の女が1人立っていて、一礼すると一切感情がこもっていない声でそう言い、靴を脱いで上がってくるまで待つ。


 機械のように滑らかに左へ向き、『女帝』の元へと進んでいく、秘書官を務める彼女の後を着いていきつつ、


 あのデータさえ有れば帝様も認めてくださるはず……。次の機会で確実に捕まえればいいだけだ……!


 ヤブイはそう皮算用しながら『女帝』の待つ謁見室へと入ると、規定通りにまず床に額を付ける程に礼をしてから、だだっ広い畳の間中央に置かれた座布団へと座る。


「――貴様、どういうつもりであるか?」


 奥の一段高いところとの境目にある、防弾ガラスに表示された御簾のホログラムが上がり、開口一番、その奥に正座を崩して座す『女帝』は非常に不愉快そうな声色で訊く。


 その顔は防弾ガラスに顔を追尾して表示されるホログラムで隠され、口元以外は全く伺い知ることが出来ない。


「はいっ?」


 称賛の言葉が来るとばかり思っていたヤブイは、その怒りというよりは呆れた様子の言葉を聞き、『女帝』を土下座の状態から少し顔を上げて確認する。


「すべてのデータがアイダ・ユイと一致していないではないか。貴様は何をしにあの国へ行っていたのだ」


 すると『女帝』は、ヤブイ自身が過去に何度も見下してあざ笑っていた、使えない人材

を始末するときの憤怒の表情をしていた。


「そ、そんなはずはございません!」

「この通り、現に〝相違あり〟と出ております」


 答えよ、と一段下がってすぐのところで頭を低くする、先程案内した秘書官を顎で指して指示し、『女帝』は氷塊の様に冷たい目で淡々と言う。


 防弾ガラスにヤブイの採ってきたサンプルと、政府サーバーに登録されたデータを比較するスライドをホログラムで出し、全てが不一致である、という結果が並んでいた。


「で、ですがっ、罪人に入れられる背中の刺青いれずみははっきりと……」

「――墨を入れるように命じた記録は、残っておりません」


 恐怖に引きつった顔で、手振りを交えて必死にアピールするが、『女帝』の代わりに秘書官が非情にもそう告げた。


「もう1度! もう1度赴いて! この女を連れ――」

「次が有ると思うか?」


 少し上げた顔をまた畳にこすりつけてヤブイは懇願するが、聞き入れられずにその畳が半分に割れて、ヤブイは奈落の底へと吸い込まれていった。


 ――その一瞬の間だけ、『女帝』は無言で唇を噛んでいた。


「愚かな女である。ほんの少し疑り深ければ、見破ることが出来る作戦をそのまま実行するとは。実に愚かだ」


 だが、すぐに心底愉快そうな高笑いをあげ、いかにも冷血なそれをオンラインでヤブイが始末される様子を見ていた、『七貴族』の当主の女達へと届ける。


 笑い声を残して全てオフラインになり、可動式の強化ガラスが床に収納されたところで、


「――やはりあの女は……」


 うっすら演技がかっていたものが消え、『女帝』は秘書官だけがいる空間で、『女帝』と呼ばれている女は小さくつぶやいた。


「彼女はそれほど怖ろしい人物、なのですか?」


 秘書官はおもむろに頭を上げ、メガネの位置を直しつつ背筋を伸ばし、神格性すら付される存在へのそれにしてはやや気安い態度で訊く。


「ああ。ヤツと相対すると、背負うもの全てを投げ捨てたくなってしまうのだ……」


 『女帝』は存分に金糸があしらわれた、豪華な唐衣裳からぎぬもまとう身体を抱きしめ、その表情を切なげにしてほんの僅かに笑う。


「次の策はどうされますか?」

「いや、放っておく。気付かれずに国家の情報を改ざんする何者かと、事を構えてはこちらに損だけが立つ」


 承知しました、と言って一礼した秘書官は、『女帝』が立ち上がって自動で開いたふすまから廊下へ出て行くのを待ってから立ち上がり、それに続いて退出していった。

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