第5話

「アイーダさんにしろサトウにしろ、女1人で行くにはあそこは治安が悪い。怪しいと、思う」

「ナビちゃんも怪しいと思います。近くに住んでいるなら、1人で、なんて食い気味に反対するのが道理かと。それにそのホテルって廃業しているはずですが」


 その数秒後に、1人と1体はアイーダへ苦そうに眉をひそめた顔を向けて、電脳通信で各々懸念される部分を矢継ぎ早に述べた。


「わかったわかった。で、どこにナギノさんが行ったか分かったか?」


 アイーダはそれを適当に受け流して、ナビに捜索対象の足取りを追う作業の進捗を確認する。


「まだ映像を追跡しているところです。あと20分もあれば分かると思います」

「そうか。ああ、すまねえカガミ、買い物はついでとかじゃなくて、後でそっちをメインでちゃんと行くからな」

「私は問題はない、が……」


 期待にはきちんと応えて頭を撫でられたナビも、十二分な埋め合わせを提案されたカガミも、いつもの様にデレデレすることなく険しい顔のままだった。


「アイーダさん、場所を特定できました」

「うし。じゃあいったん事務所帰るぞ」


 追加で頼んだカレーを食べていたアイーダは、残りをかき込んでからそう言い、カガミの分も支払ってから2人を引き連れて店を後にした。


 ややあって。


「さてと。これで勘の裏が取れたな」


 事務所に移動したアイーダは、ナビが解析した対象人物の行動記録データをデスクのデバイスに送信してその内容を確認した。


 途中までは地下鉄で移動していたが、向かっていたとされる場所までの間にある、直線距離で半分の位置にある駅で降り、迎えに来ていたであろう軽バンにムスッとした顔で乗り込んだ。


 その軽バンは、酩酊通りドランクストリート近くにめてあったもので、アイーダと別れた後のサトウが泣きそうな顔で震えて乗り込んでいた。


「……! アイーダさん、この女」


 カガミは記憶に引っかかりを覚えて、その顔を公安局のデータベースに照合をかけ、


「やっぱり工作員とかか」

「この女はオールドウェストランド大使館の職員なんだが、その疑いが濃厚とされている」


 それがオールドウェストランド国籍の工作員であると判明した。


 サトウの友達――という体の30代後半の女、本名・ヤブイ・キリが、サトウから指定されたホテルに地味な軽バンで現われ、その従業員にお辞儀されながら裏口へと入って行くところまで映されていた。


 ヤブイは感謝するでもなく、さも享受して当たり前といった様子で、ふんぞり返って歩いている一方、サトウは丁寧に何度も頭を下げてねぎらっている様子だった。


「よくこんなところにカメラがある、な……?」

「連中が使っている監視ドローンのデータサーバにハッキングしたんだろ?」

「無論です」

「それもそうだ。君なら不可能ではない」

「アナタに褒められても嬉しくないのですが、その通りです」


 いつもの様にイヤミは言うが、そのナビの声はすこぶるトーンが低いものだった。


「国籍を偽って接触しているなんて、明らかにアイーダさんが標的、あるいは超低確率で人違い、というパターンですよこれ」

「しかもこの従業員役の連中、何人か手配済のテロリストがいる、な」

「だろうな」

「だろうなって……、どうしてそう他人事なのか?」

「何にしてもアイーダさんが危険じゃないですか!」

「行かせる訳にはいかないな」

「しょうがねえだろ。サトウさんをこっちに亡命させるにはそれしかねえ」


 アイーダの脚にしがみつくナビと、羽交い締めにして止めるカガミは、亡命? とほぼ同時に言ってパチパチと瞬きをした。


「はあ全く、いちいちアタシに身体張らせようとするんじゃねえよ。相変わらず『女帝』は最悪じゃねえと気が済まんらしい」

「?」

「?」


 嫌だねえ、とかぶりを振って悪態を吐くアイーダだが、その割におっちょこちょいの友人にでも接する様な笑みをこぼし、1人と1体を更に困惑させる。


 いつもの某探偵のコートから、柱形コートハンガーにすでに引っかけてあった、モスグリーンの地味なウィンドブレイカーを羽織ったアイーダは、


「てなわけで――お前ら絶対助けてくれよ? それ前提でプラン練ってんだからな」


 まあ、殺されはしないつってもなるべく早く頼む、と、謝罪行脚の一般サラリーマンめいた、ちょっと情けない声で両手を合わせて念押しした。


「仕方ない人ですねえ。――ええ、お任せ下さい」


 ナビは途中まで格好よかったアイーダへ、上半身だけずっこけつつ苦笑いしたナビは、それでも自信満々な様子ではっきり言った。


「無論だ。命から尊厳まで賭けてでも、あなたを日常に連れ戻す」

「そう言ってくれると安心できるぜ。……いや、尊厳はなるべく最後まで残せ」


 胸元で拳を握って宣言したカガミも同じ様子で言ったが、彼女自身の尊厳を軽視する発言に引っかかって冷静に突っ込みを入れた。


「? まあ、アイーダさんがそういうなら……」


 何が問題なのかを把握していない、といった様子ではあるが、カガミは素直に従った。


「それじゃ、行動開始だ」

「ああ……」

「どうか、ご無事で」


 少し薄汚れさせたキャップを被ったアイーダは、不安げに見送る仲間達の視線を背に、1人でフラリと出かけていった。


 そして、その1時間と少し後。


「よ、間に合ったか」

「ああ、はい……」


 一見普通に営業中の16階建てのホテルに到着したアイーダが、8階にある喫茶店に入り、サトウが泣きそうな顔で待っている、中央のボックス席の前へやってきた。


「はーん、やっぱりそう来たか」


 すると、従業員や客のフリをして銃を隠し持っていたヤブイの手下に、アイーダは銃口を向けられて包囲された。


 サトウはその光景から目を逸らし、ごめんなさい、と壊れたように繰り返す。


「抵抗すると撃つ」

「はいよ。煮るなり焼くなり。で、どこまで脱げば満足か?」


 言われる前から両手を頭上に掲げるアイーダは、人の悪さがにじみ出るニヤケ顔で奥のキッチンからやってきた、スーツ姿のヤブイに余裕すらあるイヤミを交えて訊いた。

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