第4話
マスターから、ちゃんとアイーダがお金を持ってるかいつもの様に疑われつつ、アイーダ達は入って対角線上角にあるボックス席に通された。
店内はいつもより、地元住民や観光客などで
「じゃあまず何から――」
カガミとナビに向き合って座り、アイーダが質問形式で行こうとした矢先、
「あれ? カード落としたかも……」
「えっ、さっき使ったのに?」
「うん……」
「足元とかお尻に敷いてるとかない?
「……。……ない」
「ええっ」
どうしよう、と、すぐ隣の席から若い男女の困り果てた声が聞こえてきた。
「どうしたよ?」
「えっと……?」
「ああ、コイツはこの辺じゃそこそこ名の知れた探偵だ。有り金の10分の1で引き受けてくれるから頼るといい」
「あ、そうなんですか……」
急に隣の席からひょっこり覗いてきたアイーダに、2人はちょっと警戒するが、注文を持ってきたマスターに言われて、せっかくだし、と以来した。
「金取る様な事でもねえよこのくらい。で、鞄の中に紛らわしい隙間ねえか?」
「あっ、裏地が破れて……あった!」
女の方が急いでバッグの中を確認すると、そこに尖ったモノで引っ掻いたせいで破れた箇所があり、その隙間にカードが入っていた。
「ありがとうございますっ! あの、やっぱりお金……」
「いらねえよ。その金で飯良いの食え」
「そうですか……。じゃあ、マスターさん、探偵さんの頼んだものの代金を立て替えても?」
「構わんよ」
「おー。わざわざすまねえな」
依頼料の受け取りは拒否したアイーダだが、何度も深々とお辞儀する2人の厚意は何も言わずに受け取った。
支払いを済ませて退店する2人へ、アイーダは立ち上がって衝立越しに軽く手を振って見送った。
「まーたそうやってサービスして……」
「いくら貰えるもんは貰うつっても、流石に勘で言ったたった一言の為に金なんか取れねえよ」
大いに不満そうなジト目のナビがアイーダへ言うが、損して得取れってやつだ、と彼女は惜しむ素振りも無く機嫌良く着席して、タダ飲みのコーヒーを
「アイーダさんはもう少し商売っ気を出しても良いと思うのです。ご謙遜は大いに結構ですよ? この前の大逃走劇なんかはあくまでレアケースですが、アイーダさんって大体貰ったお金に対してリスクが割に合ってないんですよ。
猫を助けに木登りして落ちかけたり、依頼されて探していた落とし物を車に
ドン、と軽くテーブルに手を突いたナビは、心配に顔をしかめながら前のめりになって、アイーダを凝視して早口気味に言う。
「アタシの割に合うかどうかより、依頼人の利益になる方が優先だろ」
それには取り合いこそしないものの、心配してくれてどうもな、と言ってその突き出されている頭を撫でた。
「ぬ、ぬーん! それでごまかせると思ったら大間違いなのです! この聖人君子! 優しさの鬼! 慈悲の化身!」
「ごまかされてんじゃねえか」
「い、いつの間に……!?」
にへっと表情が緩んだまま怒ったナビは、悪口風にアイーダを褒め称えてしまった事に、言われて気が付き慌てて口を塞いだ。
「……質問、再開しても良いだろうか」
「おう」
そのしょうもない茶番を黙って見ていたカガミは、隙を見ておずおずと手を挙げた。
「――あっ、あのっ」
だが質問の前に、今度はアイーダに向かって背が低い若い女が話しかけてきた。
黒髪で襟足がセミロングほどある、マッシュルームヘアの彼女はやけにオドオドした様子で、
「どうした。なんか探し物か?」
「……。あっ、はいっ。そうですぅ……」
かつての遠隔地同士の中継のように、若い女は少しラグのある反応でアイーダの質問へ答えた。
「……」
「……」
その不自然な行動に、ナビとカガミがさらに険しい顔で目配せしあい、
「アイーダさん。その女性はさっき道ですれ違って、わざわざ引き返して入店している」
「入店までの映像を確認したら、遠くからこちらの様子を
アイーダへナビが目線で若い女を指しつつ、電脳通信で帽子を目深に被ったその映像と共に報告した。
「まあそういうこともあるかもしれねえから、とりあえず話は聞く」
警戒心が80%ぐらいになっている1人と1体へ、アイーダはそう言って待つように促す。
「そんなにいたたまれねえ様子を見るに、物じゃなさそうだな。人捜しか?」
「……そ、そうなんですっ! ……本当にその、あの、……
「まあ座れ」
「あっはい……」
「ナビ、場所代わってやってくれ」
「はいはい」
棒立ちのまま、ちょこちょこ小型
「ええっ」
「カガミがそっちの方がなんかあったら抑えられるだろ? アタシを守るために仕方ねえと思って我慢してくれ」
電脳通信でやや嫌がるカガミだが、任せられるのはお前だけだ、とアイーダに説得され、不承不承どころかまんざらでもなさげな顔になって引き受けた。
「あた――ッ。あっ、私……、サトウ・リコっていいます」
サトウと名乗った若い女は言い始めに、
「ええっと、北西の外れに住んでてですね――」
友達の若い女が実入りの良いバイトを見つけた、と昨夜言っていて、その翌日の朝に近所の地下鉄駅で遭遇し、今から仕事頑張ってくる、と会話したっきりになっている事を説明した。
その後、友達は南西方面へと向かうホームの改札を潜っていった、という情報を得たアイーダは、電脳通信でナビに探るように指示した。
「どういう仕事かってのは?」
「……。えっと、決められた場所に物を運ぶ事、ですっ」
「流石にモノは聞かされてないか」
「あ……。はいっ、そう、なんですっ。――そこは守秘義務があるとは言っていました」
親身になって相づちを打つアイーダしか見えていないため、具体的な部分だけハキハキと喋るサトウは、眉を寄せているナビとカガミの様子には気付いていなかった。
「で、アンタはそれを止めなかったのか」
「その、まあ、家族じゃない、ので……」
「そりゃそうか」
その冷たさを感じる言葉を責めるでもなく、アイーダは目線を
「で、料金だが。今いくら持ってる?」
「このくらいです」
「ほーん、じゃあ5千ってとこだな」
「はい……。――あッ。それだけ、なんですか?」
特にリアクションもなく事務的に料金を払おうとしたサトウは、またビクッと跳ね上がって、金銭的余裕のないお客が良くする反応を繰り出した。
「ポリシーでね。金持ちなら10分の1持って行かれても余裕だろ?」
「そうですね」
「じゃあ、結果出たら報告すっから、連絡先教えてくれ」
「どうぞ」
「へいへい、どうもね。で、アタシは直接会って報告するって決めてんだけど、どこなら都合がいいか?」
メモの電子カードを渡した赤ら顔のサトウは、心拍を抑え込む様に胸元に手をやりつつ、やり終えた感のあるため息を吐いて放心中で、アイーダの質問を聞いていなかった。
「おーい?」
「――あっ、えっと! 私の家、親が厳しくてですねっ、普段の行動範囲で1番遠いところがここなので、目立たない様にお願いします……」
目の前で手を振られたサトウは、耳を塞ごうとする動きを見せつつ大きく跳ねあがり、報告場所が記された電子カードがもう1枚送られて来た。
「E85-115ブロックね。アタシ1人で行けばいいか?」
「はい」
「ちなみにそこ、逢い引きによく使われるホテルですが」
「あ。その、8階にある喫茶店です」
「了解」
またもや驚いた猫の様に跳ね上がって、聞いていないはずなのにしっかり質問に答え、その手のホテルという言葉にも反応せず補足した。
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