第6話

 スタンドアロンのシステムすら職員を操作し、あちこちに足跡を残さず侵入したナビは、公安の機密資料やキンセン社からカガミのこれまでの経歴を探った。


 全ては20年前に起こった、ネオイースト空港滑走路上で航空機が放火された、キンセン航空404便テロ事件から始まる。


 当時6歳のカガミは、全身に重度の火傷を負っていて、公的には死亡したことにされていた。


 だが、キンセン社の息がかかっていた警察によって、偶然無事だったカガミの脳髄が提供され、まだ実験段階だった全身義肢技術によって蘇生された。


 だが、癒着が政府公安局によってキンセン社本体の関与以外が暴かれ、実験体として育てられていた何人かと共に政府によって保護される。


 その後は全てカネイズミの脚本通りに、カガミはカネイズミに対する復讐心を募らせ、公安の捜査官としてのキャリアを重ねていった。


 計画では数年前に、与党の国会議員に対する疑獄で、キンセン社の捜査にきたカガミをするはずだったが、〝機械仕掛けの悪魔〟ことナビのネットワークへの脱走というイレギュラーが発生する。


 そこでカネイズミは、ナビの捕獲とカガミのの一挙両得を考えつき、あえてナビについてやアイーダの事務所を襲撃する情報を流した。


 キンセン社に買収されている公安局長官が横槍よこやりを入れ、カガミ直属の上司である公安局特殊部隊長の反対を無視し、カガミを担当に据えてまんまと彼女を確保していた。


「なるほど……」

「ドン引きですね。例えるならば実家の地下がマッドサイエンティストのラボだった、ぐらいの引き度です」

「……。ここは明るくしなくていい」

「……はい。自分でも無神経だと思いました」


 カガミが衝撃の事実を告げられるのと時を同じくして、アイーダとナビは同じそれを目にしてそれぞれが苦々しい表情をしていた。


「でも私の捕獲は失敗しましたね。ざまあみろです。まあ、私を人間程度がどうにか出来るわけないですけれどね」

「お、なかなかの上位存在発言じゃねえか」

「まあアイーダさんには出来ますが」

「ほぼ電脳化してねえアタシに?」

「はい。なにせアイーダさんが権限を持っている、家庭用AIの緊急停止コードが私の強制停止コードなので」

「お前、いつの間にそんなクソ重いもんを……」

「ふふふ。愛故に、です」

「加減しろバカ――ってやってる場合じゃねえ! 行くぞ」


 ドヤ顔をするナビに呆れた様子でため息混じりに返していたアイーダは、放っておくと用無しになったカガミが廃棄される事に思い至り、カガミの忠告を無視してセーフハウスから飛び出そうとする。


「待って下さーい。流石に大義名分がないと色々面倒ですよー」

「まあそうか。今のまんまじゃアイツ単なる人殺しだもんな」


 操作盤へ伸ばしていた手を引っ込め、つっても令状なんか一般人には出せねえし、と言ってもどかしそうにソワソワしつつ腕組みをした。


「そこでナビちゃんの出番にごわす」

「ちぇすとでもしそうな言い方止めろ。で、具体的にはどうすんだ」

「はいー、まずお上は私のハイパーさはもう把握済みだと思いますから、ぶっちゃけ脅して令状を出させます。さてお偉方にはどっちがお得でしょーか」

「まあシステムをアッパラパーにされた方が色々と損が立つからな。カネイズミの首をとった方が何かと利益があるしな」

「その通りです。っていうかそこは手を挙げて答えて下さいよー」

「で、どのぐらいまで作業したんだ?」

「もう終わらせました。後は、ムチは嫌ですアメ下さい、って言って貰うだけですね」


 無駄口を叩いている片手間に、ナビは司法機関やら政府やらを丸め込んで、カガミが担当者になっているカネイズミの逮捕令状を出させた。


 ついでに、公安局長官の汚職も一から十までバラしておいた。


「よっし、じゃあ行くぞ」

「どんとこーいなのでーす」

「空気感合わせてくれよ」


 鹿撃ち帽子を目深に被りクールな雰囲気を出すアイーダだが、ナビのゆるふわなかけ声に調子を崩された。



                    *



 ナビによってあらゆる監視をすり抜けたアイーダは、カガミ救出のために悠々と研究区画に乗り込んで今に至っていた。


「適当に抜いて大丈夫かこれ」

「はい、リンクは切っておきましたんで」

「よしきた」

「あ、でも慎重に抜かないとです。どうもこの人には、かなーりデリケートな部分らしいんで」

「へ?」


 黒服に変装しているアイーダがカガミの顔を覗き込み、うなじに刺さっているプラグをやや雑に引っこ抜いた。


「んあぁ――ッ」

「話は最後まで聞いて下さいよ」

「す、スマン」


 するとすぐに制御が回復し、強固な拘束具から開放されたカガミは、むずがゆそうな声と共にのけぞって震えた。


「……いや、別に……」


 半身を起こし、意図せぬ刺激を受けたうなじに触れるカガミだが、その目は魂でも抜けたかのようにボンヤリとしていて、動きもかなり鈍かった。


「おら、立て。さっさと敵討ちに行くぞ」

「……そんな事をして、何になるんだ?」


 やや乱暴にカガミの腕を掴んでそれを引いたが、彼女は全く動こうとせずにその場で膝を曲げて脚を抱き寄せた。


「なにやってんだよ。この日のために闘ってきたんだろ、お前」

「……もう良いんだ。私の意思も行動も、全てゴーストライターのシナリオだったんだ。この先もきっと失敗する様に書かれているんだよ……」


 そんな抜けと化したカガミに、やれやれ、とため息混じりのアイーダの呼びかけに、カガミは虚ろな声で返しつつ、顔を伏せて丸まってしまった。


「しゃらくせえこと言っ――あいたっ」

「だ、大丈夫ですかアイーダさん……。くぷぷ……」

「笑うなッ。あいってぇ……」


 感情が何も入っていない自嘲の最中に、アイーダはカガミの頭を叩いたが、彼女の頭部の硬さ考えていなかったため自分が痛いだけとなり、ナビに笑われて赤面する羽目になった。


「お前が預かり知らねえ事もいろいろ調べて来たんだがな、どうもアタシとナビがここにいるのはシナリオにはないらしいぜ」

「どう、やって……?」

「言えることは、ナビちゃんがなんやかんやと縦横無尽の大活躍をしたということですね。あっ、なんやかんやは! な――」

「やかましい。まあ、要はここからはお前がお前のシナリオライターだってこった」


 自身の端末に表示されているナビのむくれ顔を無視し、アイーダは回収してきた拳銃けんじゆうと装備品をカガミに渡しつつ、開きっぱなしのドアを指さして言う。


「それが嫌なら仕事と思ってやれ。ほれ、令状もちゃんとあるし」

「……。ああ」


 カガミは半信半疑ながらも、明確に自身の手を引いてくれる、アイーダの言う通りにとりあえずしてみる事にした。


 その目に微かな炎が宿った彼女を見て、ふっ、とアイーダは口元に小さく笑みを浮かべた。


「……あれ? なんで知っているんだ?」

「なんやかんやで、だ」

「なんやかんやで、です」

「なんやかんや……。そうか……」

「な事はどうでも良いだろ。で、やっこさんはどこにいんだよナビ」

「それはもう把握済みですー」

「お、流石だな」

「なんたって私ですから、と言いたいところなんですけど、なんか緊急停止コードが電算室からぼんぼこ入力されてきてるんで何もしてないんですよねこれが」


 ナビは入力に対して拒絶を繰り返しているログを自身の横に表示し、うざったそうに眉間にシワを寄せゆっくりとかぶりを振る。


「電算室ってことは最上階らへんか? まあエレベーター使えばいいか」


 変装を解いて、わざわざ下に着ていたベイカー街の探偵スタイルになり、颯爽さっそうと歩き始めたアイーダだったが、


「あ、すいません。エレベーターを動かせないように、過負荷をかけてヒューズ切っちゃっいました」


 ナビからてへぺろしながらそう告げられ、前のめりにずっこける動きをした。


「そういうところに限って気を利かせるんじゃねえよ……」

「優秀過ぎちゃいましたね。てへ」

ぶって昇ろうか……?」

「バーロー。こちとら毎日歩き回ってんだ! 階段の20や30階分余裕だっつの!」

「まーたそんな事を」


 これから訪れる苦闘を思いしゃがみ込んだアイーダだが、カガミからの申し出に見栄を張って断り、40階分ほどある非常階段をノシノシ昇り始めた。


「し……、死ぬ……」


 しかし、勢いがあったのは5階までで、12階まで昇ったところでアイーダは引っくり返って動けなくなった。


「待っていた方が、良いだろうか?」

「いや。もう、負ぶって、くれ……」

「逃がしても洒落しゃれにならないですしね。まあ、まだ頑張ってるみたいですけど」


 汗だくになっているアイーダは、もう恥も外見もなくカガミに負ぶって貰った。

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