エピローグ

 それから数日後。


「どうだろう。急いで手配したから、……その、あまり立地がよろしくないかもしれないが」


 カガミは自身がポケットマネーで購入した、新しいアイーダの事務所兼住居の空き店舗へ、彼女とナビを案内してきた。


「構わねえよ。アタシの商売相手はこの辺の界隈かいわいの人間ばっかりだしな」


 大抵は住めば都さァ、と格好付けながら、アイーダが裏通りに面したりガラスの窓をガラッと開けると、


「まあ、うん……」

「予算の都合が付かなくて……。本当に済まない……」


 正面が女性向けのいかがわしい店で思わず噴き出し、苦笑いを浮かべながらすぐに閉めた。


 ちなみにそこは、事務所が元あった場所から酩酊通りドランクストリートの正面ゲート方向へ少し近づいた、1階が酒場になっている買い店舗の2階だった。


 一応、寝泊まり出来るだけの最低限の家具が、事務所スペースに運び込まれていて、さらにもう1つ、


「あ? なんだこれ。冷蔵庫か?」


 人間大サイズの細長い段ボールが、運搬アンドロイドによって出入口の内開きドアから運び込まれた。


「……さ、流石に2台も買ってはいない」


 なにやらソワソワしているカガミは、アイーダの問いかけに力が抜けた様子で苦笑いして答えた。


「とにかく開けてみてほしい」

「引きが過剰なバラエティじゃないんですから、勿体もったいぶらないで下さい」

「まあまあ。よいせっと」


 足元にいる安物のドックから、カガミへジト目を送るナビをなだめ、ガイドに沿って箱の底辺をカッターナイフで1周させて開けると、


「お、完璧にナビじゃねえか」


 そこには、ナビの3Dデータを忠実に再現した、介護用アンドロイドが入っていた。


「ええー、大げさじゃないですー?」

「安物のカメラだから分かんねえだけだろ。ほらつなぐぞ」

「優しくして下さい――ひゃうっ、ってまたそうやって雑にー!」


 サイバー端末ドックと合体させたそれは、後ろ頭部が開くようになっていて、その中にある差し込み口に、アイーダは腕時計型の端末を移した。


「ちょーっと公安の人ー? 起動遅くないですかこれー」

「初回起動は時間がね……」

「我慢しろ。じゃ、このすきにコーヒーでも用意するか」


 ずっとブーブー言っているナビへ、適当に返事しながらアイーダは新品の電気ケトルで湯を湧かし、安いインスタントコーヒーを紙コップに2杯用意した。


「しかし、いい顔で笑うようになったじゃねえか。カガミ」

「うん、同僚にも言われたよ。その彼、今までゴリラ娘呼ばわりしてたのに、それで私の魅力に気付いた、って言い寄ろうとしたから、課長に詰められて泣いてたけれど」

「へっ。露骨に態度変えてんだから当然だろ」

「まあ、彼は私の恋愛対象じゃないから、どのみち泣くことになってただろうね」

「ほーん」

「……ちなみに私は中身を重視する派なんだ」

「ああそう」

「……その点、私にとってあなたはピッタリなんだ」

「……。ああそう」

「むむむッ! なんか間男的な気配を感じましたッ! 私から寝取ろうなんていい度胸してますね! あッ! やっと起動しました! やったー! 高画質でアイーダさんのご尊顔そんがんがッ! うーん今日も格好いいですね!」

「そりゃどうも。――いや、お前とねんごろになった覚えなんかねえから」


 コーヒーを飲みながら2人で談笑し、ナビがそれに突っかかっていると、アンドロイドの初回起動完了音が鳴ってカメラがオンになり、ナビは興奮気味にサムズアップする。


「しかし時間かかりすぎですよ! 全くもう、これで呪物めいた泥人形だったら私おこ――ってふおおお! 完璧に私じゃないですかーッ!」


 疑いまくりの表情で、グラフィック同様の白ライダースーツめいた服装のナビは、不機嫌顔で自身の新ボディを姿見で確認すると、目を輝かせながらアイーダを何回も見つつ、顔部分をペタペタ触る。


「これ、高かっただろ?」

「まあ。でも、私からの贈り物だから遠慮はいらない。ナビさんが、あなたに膝枕したいと言っていたから、叶えてあげようかと思って」

「そりゃありがてえ。ほら、お前もお礼言え」

「あーはいはい。ドウモ、アリガトウ、ゴザイマス」

「ああ、どういたしまして」


 気恥ずかしさをごまかして、ツーンとした表情をするナビだが、カガミはそれでも満足そうにしていた。


「それにしてもまさか実体を手に入れられるとは! これでアイーダさんを直に介護できますよ!」


 締まりの無い顔をして、姿見の前でクルクル回ってナビがはしゃぎまくる。


「おいこら、ババア扱いすんな。ったく……」


 そんな彼女を見て、アイーダはまんざらでもなさそうに苦笑いしていた。

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