第24話 再び、召喚された部屋へ

 ミリーが集落に来て、黒髪の皆と一緒に訓練をするようになって数日が経った。


 その間に、俺の家が完成し、俺はそちらに移り住んだ。


 早くね?


 これが、数百年の研鑽の結果ということか。


 完成した家は二階建てのログハウスで、出来たばかりなので新築特有の木の匂いがする。


 ミリーはアナスタシアさんの屋敷に居候しており、ミリーの家も建築中。


 その対価として払う予定なのが、狩りで仕留めた獲物だ。


 この数日間で、ミリーは色々な魔法を使えるようになっていた。


 その魔法を使い、森に住む鳥や猪や鹿といった可食可能な獲物を探し出し、睡眠ガスによって眠らせ、非常に状態の良い獲物を狩ることに成功していた。


 状態が良いので味も良く、特に滅多に取れない貴重で美味しい鳥肉は集落の人たちにとても喜ばれた。


 毎日魔法の訓練を兼ねて狩りに出かけているので、もうこれで家の対価としては十分だと言われた。


 後は、家の完成を待つばかりである。


 そして、日々の狩りにより魔法の精度も上がり、十分実践で仕えるレベルになったので、そろそろアナスタシアさんからの依頼に取り掛かろうということになった。


「そういえばケーゴ。貴方の方はどうなのですか?」


 ミリーの魔法の成果を確認していると、逆に俺の進捗を聞かれた。


 例の、影収納に魔力が篭っているものを入れていると、動かしにくくなるのではないか? というやつだ。


 結論から言うと、推測通りだった。


 このままではちょっとマズいということで、魔力が篭っているものを入れていても入れていないときと同様に動かせる訓練をしているんだけど……。


「進捗はボチボチかな。多少は早く動かせるようになったけど、まだまだ練習が必要だよ」

「そうですか。それでは、マイルズ王国に行く際はやはり……その……前回と同じようにして行きますの?」


 ミリーがちょっと顔を赤くしながら確認してきた。


 前回ここに来るまでは、俺の影に乗ってもらったから、かなり密着した状態で移動してきた。


 その時のことを思い出してしまったんだろう。


 俺も、ちょっと赤くなった。


「そ、そうだな。今のところ、まだ最大速度で移動できないから、そうしてもらった方が助かる」

「……わ、分かりましたわ」


 ……なんか妙に意識してしまうから、気まずくて仕方がないよ。


 ともあれミリーの準備が整ったので、早速マイルズ王国へ召喚魔法陣の破壊と召喚者たちの現状確認に行くことになった。


 ちなみに、他の黒髪さんたちは留守番だ。


 集落に帰ってきた次の日から影移動を教えろとせがまれたため教えたのだが、認識阻害と影移動の併用が上手くできなかった。


 一つ一つならできるのだが、二つ同時が難しいそう。


 なので、魔法の併用ができるようになるまで訓練継続となったのだ。


 出発当日、ミナさんが用意してくれた弁当を影収納に入れ、ミリーと一緒に影に乗って集落を出発した。


 一度同じところを通って魔女の森まで行っているので、今回は迷わず数時間でマイルズ王国まで辿り着いた。


 当然、国境は関所を通っていないので密入国だけど。


 マイルズ王国の王都も、フィーダの王都と同じく城壁で覆われたりしていない。


 なので、王都の中までは簡単に侵入できた。


 影に潜れるって、侵入用の魔法としては優秀すぎるな。


 今の状況では、潜ったまま出せる速度は駆け足程度だけど。


 前までは歩く速度と変わらなかったから、それから比べれば格段に上達したと言える。


 魔力の篭っていないものを入れていない状態だと、六十キロ位は出せるので、まだまだだけどね。


 しかし、これが公開されたら皆からまた黒髪が敬遠されそう。


 なので、集落だけの秘密にしておく。


 そんな闇魔法を駆使し、俺は約二ヶ月振りにマイルズ王国の王城に戻ってきた。


 まずは、召喚魔法陣の確認だ。


 召喚が行われた部屋は、その後誰も人の出入りがなく、見張りの兵士がいるだけだったので、情報収集する先としては意味がないので放っておいた。


 召喚の事実をもっと早く知っていれば、城を出て行く前に壊してたのに。


 上手くいかないもんだな。


 そう思いつつ、召喚が行われた部屋に向かう。


 すると、以前はいたはずの見張りの兵士がいなくなっていることに気が付いた。


「あれ? 見張りがいなくなってる」


 周囲に誰も人がいないことを確認してから、俺たちは影から出た。


 しかし、その誰もいない、ということが不思議だった。


「元々は見張りがいたの?」

「ああ。扉の前に二人」

「そう」


 ミリーはそう言うと、目の前の扉を見た。


「見たところ、普通の大きさの扉ですわね。そこに二人。随分と厳重な警備ではありませんこと?」

「だねえ。ただ、なんでそんなに厳重に警備しているのかは分からなかったんだけどね」

「この魔法陣を使って帰ろうと画策されたは困るからでは?」

「いや。この魔法陣では送還できないらしい」

「なのに、なぜそのように厳重な警備を?」


 ミリーの疑問に、俺たちは二人揃って首を傾げた。


 この魔法陣では送還できない。


 つまり、ここから逃げることができない。


 それなのにここを警備していた。


 そこで、俺はふと思い出した。


 そもそも、この魔法陣で送還できないという事実は、どこで知ったんだっけ。


 そうだ、召喚者たちの授業を盗み聞きしたんだ。


「ああ。俺は知らないことになっていたからか」

「そういえば、ケーゴは召喚されてすぐ追い立てられたんでしたっけ」

「うん。だから、この魔法陣では送還できないことを知らない俺が、ここに現れるかもしれないって見張っていたのかも」

「それはあり得ますわね」

「もう召喚されてから二ヶ月以上経つからね。もう現れないだろうって見張りは解除されたんじゃない?」

「まさか、解除されてから戻ってくるとは夢にも思っていないでしょうね」

「はは。だな」


 俺はそう言って、扉に手をかけた。


「あれ?」

「どうしました?」

「鍵が掛かってる」

「……でしょうね」


 ですよね。


 ミリーが俺をジト目で見てくるけど、心配は無用だ。


 手段はある。


「じゃあ、鍵開けるから。ミリーは人が来ないか見ておいて」

「え? ええ」


 俺の言葉にミリーが戸惑いながら返事をすると、周囲に風の魔法を展開して索敵に当たってくれた。


 このミリーの魔法が優秀で、風に触れたものを感知できる。


 ちなみに、この魔法は俺が『こんなのできないかな?』とミリーに相談し二人で試行錯誤しながら使えるようになった魔法で、今のとこる使えるのは世界でミリーただ一人である。


 ミリーの有用性が、日に日に上がっていっているよ。


 そんなミリーだが、索敵は風魔法に任せておいて、視線は俺に固定されていた。


「それで? どうやるんですの?」

「こうやるの」


 俺は、自分の影をドアノブの下にある鍵穴まで伸ばした。


 そして、その影が鍵穴に入り、中の構造を確認すると、影を捻った。


 カチン。


 軽い金属音がして、扉の鍵が開いた。


「え? うそ……こんな簡単に?」


 ミリーは両手で口を隠しながら驚いているけど、これ、言うほど簡単ではない。


「散々この城で練習したからね。お陰で、鍵の構造に詳しくなっちゃったよ」


 俺がそう言うと、ミリーは再びジト目になった。


「……ケーゴの魔法って」

「うん?」

「泥棒にとっては、夢のような魔法ですわね」

「グハッ……」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 俺の心に甚大なダメージを与えたミリーが、慌てて謝ってきた。


「い、いや、良いよ……正直、薄々そう思っていたし……ただ、まあ、要は使い方だよね。俺はこの魔法を諜報活動に使う。泥棒は盗みに使う。使い方次第で善にも悪にもなる。それが力なんだと思う」


 俺はそう言って鍵を解錠した扉を開いた。


「……諜報活動って、善?」

「……さあ?」


 少なくとも悪事ではない、と信じたい。


 それはともかく、部屋に入ると、記憶の通り狭い部屋だった。


 その床に、複雑な紋様が書かれた魔法陣が目に入る。


「これが召喚魔法陣……」

「だな。ミリーは、この魔法陣がどんな仕掛けで動いているとか分かる?」

「……」


 俺の質問に、ミリーは真剣な顔で魔法陣を見つめた。


 そして、少し経った後、ゆっくりを首を横に振った。


「よく考えたら、私、魔法陣のことよく知りませんわ」

「……なら、あの真剣な表情は一体……」

「なんとなくですわ」


 ミリーの言葉に、俺はつい脱力してしまった。


 魔法陣は、実は俺たちの周りでも使われている。


 魔道具に刻まれているのだ。


 魔法陣は、刻まれた文言により魔法が発動する。


 その文言により、発動する魔法はいつ起動しても全く同じなので魔道具に使われるのだ。


 そして、その文言の改良こそが魔道具士の一番の仕事。


 素人には手が出せない分野だ。


 王子妃教育を受けていて魔法も優秀なミリーならもしかして? と少しの期待もあったのだけど、そううまい話はないか。


「さて、じゃあこの魔法陣を壊そうか」

「あ、待ってくださいまし」

「え?」


 床一面に描かれている魔法陣を破壊しようとしたところ、ミリーから待ったが掛かった。


「どうした?」


 俺が声をかけるも、ミリーは真剣な顔で魔法陣を見たまま返事をしない。


 そのまま少し待っていると、ようやく顔をあげた。


「この魔法陣、この床に描かれて・・・・いますわよね?」

「え? うん」

「ということは、これは元々ここにあったのではなく、誰かがここに描いた・・・・・・・・・ということですわよね?」


 ミリーがそこまで言って、俺はハッとした。


「つまり、この魔法陣の元になった資料かなにかが存在している?」


 俺がそう言うと、ミリーは真剣な顔で頷いた。


「もしこのままこの魔法陣を破壊したとしても、その資料がある限り何度でも魔法陣は復活しますわ。なら、それを元から断たないと……」

「全く意味がないし、警戒心を上げるだけか……」


 頷くミリーに、俺は感謝の言葉をのべた。


「ありがとうミリー。全然気付いてなかった」

「いえ。それでは、ここを破壊するのは一番後にして、まずはその資料を探し出しましょう」

「ああ」


 こうして俺たちは、一旦召喚部屋から出て、魔法陣の資料を探すことにした。


 ちなみに、扉の鍵は、ちゃんと閉めなおしたよ。


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