第11話 この世界で求められたこと

 マイルズ王国に残っている玲奈たちがどういう状況なのかは知らないけど、アナスタシアさんの予測を信じるならば、あと一年は猶予期間がありそうだ。


 そうなると、その一年の間に召喚者たちが攻めてくるのをなんとかしないといけないのだが……どうすればいいのだろうか?


「アナスタシアさん、一年後、どうするおつもりなんですか?」


 俺がそう訊ねると、アナスタシアさんは顎に指を当ててちょっと困った顔をした。


 その姿はとても可愛い。


 これで四百歳オーバーとか嘘だろ。


「どうしたらいいんでしょうねえ……もし攻めてきたら、私の魔法で簡単に全滅はさせられるでしょうけど、その中にはケーゴさんのとも……知り合いの人もいるでしょうし。無理矢理連れてこられた彼らを死なせるのは忍びないです」


 今、友達といいかけて止めた。


 なんというか、ちゃんと配慮されているという感じがして、とても嬉しい。


 俺がちょっとズレていることに感動している間に、エルロンさんが話を進めていた。


「それはまあ、国軍と召喚者たちを分断するとか色々やりようはありますよ。それより俺は、どうしてマイルズの奴らがアナスタシア様を討伐すれば不老不死が手に入るなんて勘違いをしたのか、そっちの方が知りたい」

「確かに、それに、マイルズだけでなく、他の国もこの討伐について知っているのかも調べたいわね」


 元軍人であるエルロンさんとスカーレットさんは、次々に建設的な意見を出してくる。


 こういう意見のやり取りって、大人って感じがして憧れるな。


 俺もなにか役にたてないだろうか? と思って二人を見ていると、スカーレットさんがなにかに気付いた顔をした。


「そういえば、ケーゴって、マイルズの王城で情報収集してたのよね?」

「え? ええ。闇魔法を使って、影に隠れながら」


 そう言った途端、スカーレットさんは、なにやら思案し始めた。


「ケーゴ」

「はい」

「他に、どんな魔法が使える?」

「他ですか?」


 スカーレットさんに問われたので、俺は講義を盗み聞きしながら練習をしたいくつかの魔法を披露した。


 それを見た三人は、とても驚いた顔をしていた。


「あの?」

「……凄いわね。闇魔法って、ほとんど研究されていないから、現在では使える人はほとんどいないのよ」

「そうなんですか?」

「ああ。まさか、こんな諜報向きな魔法が揃ってるとは思いもしなかった」

「まあ、そうですね。これのお陰で、王城でも見つかりませんでしたし、ここに来るまでの街や村でもお世話になりました」


 俺がそう言うと、三人は何とも言えない顔になった。


「お前……それって……」

「……生きていくために、むにまれず……ですよ」


 緊急避難です。勘弁してください。


「そうか……お前は、この世界に無理矢理連れてこられたんだもんな。生きていくためには仕方がないか」


 俺がこの世界で生きていくために、闇魔法を使って王城や街から色々な物を拝借していたことは、元騎士であるエルロンさんにも許されたようだ。


「それにしても……闇魔法がこういった魔法であると知れたら、また迫害が始まりそうだな……」

「……やっぱり、そうですか?」


 それは俺も薄々感じていたこと。


 闇魔法は、人の秘密を暴くような魔法が多い。


 それは人々からは嫌われる類いの力なので、闇魔法が命を奪う魔法などではないと証明されても、実際に使える魔法のせいで嫌われる可能性が十分ある。


「とりあえず、闇魔法はこの集落限定で広めていくことにしよう。ということでケーゴ」

「はい?」

「お前、この集落の黒髪の奴らに闇魔法を教えてやってもらえないか?」

「闇魔法を? いいんですか?」


 さっき、闇魔法は人から嫌われるかもしれないと言ったばかりだけど、いいんだろうか?


「この集落限定なら大丈夫だろう。そもそも、ただ黒髪だというだけで迫害され命さえ狙われていた者だっている。闇魔法は、そういう悪意から身を守る手段にもなる。是非、お願いしたい」

「そういうことですか。分かりました。皆さんに、闇魔法を教えます」

「助かる。ああ、それと、それが終わってからケーゴにお願いしたいことがあるんだ」

「お願い?」


 ここに来たばかりの俺にお願いとは、一体なんだろう?


「皆に闇魔法の伝授が終わったら、俺はそいつらを用いて諜報部隊を作ろうと思っている。その部隊の隊長に、ケーゴに就いて欲しい」

「お、俺が隊長!?」


 ええ!? ここに来て数時間の人間にそんな要職を任せるなんて!?


 エルロンさんは何考えてるんだ?


「ケーゴが驚くのも分かる。だが、お前の話を聞いて、隊長はお前が一番適任だと判断したんだ」

「適任? 俺が?」

「ああ。王城ってところは、国の中でも一番重要な施設だからな。もちろん警備だって厳しい。そんな場所で一ヶ月以上諜報活動をしていたということは、諜報部隊の隊長を務めるのに十分な実績だ」


 そういうことか。


 まさか、俺の体験談が、期せずしてアピールポイントになっていたようだ。


「どうだ? 頼めるか?」


 そう言われて、俺は少し考えたあと、首を縦に降った。


「分かりました。ここで俺に出来ることがあるのは、俺にとっても重要なことですし、お受けします」

「おお! そうか! やってくれるか!」


 俺が肯定の返事をすると、エルロンさんは破顔し肩をバンバン叩いてきた。


 痛かったけど、召喚ボーナスのおかげなのか、なんとか耐えることができた。


 身体能力が上がってなかったら、肩外れてるよ……。


「ふふ、では、これでお話は終わりということでよろしいですか?」

「「はい!」」


 アナスタシアさんがそう確認すると、エルロンさんとスカーレットさんはスッと直立して返事をした。


 こういうところは、元軍人っぽいな。


「それでは、今日はケーゴさんの歓迎会をしましょう。皆さんにもお知らせしないと」

「そうですね。俺、知らせてきます」

「あ、じゃあアタシはミナに言って宴会の準備をしてもらってきます」


 二人はそう言うと、早速部屋を出て行った。


「さあケーゴさん。私たちも下に行きましょうか」

「あ、はい」


 二人が出て行ったあと、俺とアナスタシアさんは並んで部屋を出た。


「それにしても、宴会ができるくらいこの集落は物資があるんですね」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんはフルフルと首を横に振った。


「お酒なんかはこの集落では製造していませんね。そういうのは、この集落で育てた野菜や果物、それに周辺の森で採取される珍しい素材などを、近隣の街や村で売って現金化し、購入しているのです」

「へえ、意外と外の世界との交流もあるんですね」

「ええ、そうしないと原始的な生活をしないといけませんからね」


 なるほどな。


 ……ん?


「あの、アナスタシアさん」

「はい?」

「ちょっと嫌な予感がするんですけど……」

「あら、なにかしら?」

「その外との交流って、誰に行ってもらっています?」

「ああ、それは黒髪でないエルロンやスカーレットにお願いしています」

「ですよね。それは、何年前から?」

「それは……あ」


 アナスタシアさんも気付いたようだ。


「多分、これが原因じゃないですかね? いつも来るエルロンさんやスカーレットさんたちが歳を取っていないことに気付いた誰かが、後を尾けるなりなんなりで、この森に住んでいることを突き止めた。アナスタシアさんがいるというこの森に。そこから、憶測が憶測を読んで、アナスタシアさんの元には、不老不死の秘密があるんじゃないかと推測した」

「……そうかもしれません」

「アナスタシアさんを殺せばその秘密が手に入ると思っているところから、アナスタシアさんがそういう魔法を使っているとは知らずに、何かそういう儀式とか秘薬とか、そういう物をアナスタシアさんが独占していると考えたんじゃないですかね?」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんは少しの間歩みを止めて目を瞑り、そして目を開いた。


「おそらくそういうことでしょう。凄いですねケーゴさん。私は、全く気付いていませんでした」

「いや、中にいると意外と分からないものですよ。外から来たばかりだから気付いたんだと思います」

「それでもですよ」


 アナスタシアさんはそう言うと、俺の手を両手で掴んだ。


「ケーゴさん、この集落に来てくれてありがとうございます。とても頼もしいです」


 そう言って微笑むアナスタシアさんはとても綺麗で、それはお姉さんと言うよりはまるで聖母のようだった。


「あ、は、はい」


 そんな笑顔で微笑まれたから、俺は、思わずドギマギしてしまった。


 見た目は歳の近そうなお姉さんなんだけど、やはり人生経験豊富な女性なんだなと、改めて実感した。


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