第10話 召喚者たちの今と後悔

◆◆◆


 集落で圭吾が玲奈たちの個人情報を漏らしているころ、マイルズ王国では召喚者たちの間で、妙な不和が起こり始めていた。


 その日の魔法訓練を終えた玲奈が王城内に設けられた自室に向かって歩いていると、背後から声をかけられた。


「お、玲奈じゃねえか。今訓練の帰りか?」


 玲奈が視線を向けた先には、専属の世話係として付けられている女性の肩に手を回した中谷亮太がいた。


 その服装は少し乱れており、女性の方も少し上気した顔をしているので、訓練をサボってよろしくヤっていたのは明白だった。


 そんな中谷のことを、玲奈は軽蔑を込めた目で見ていた。


「気安く名前で呼ばないでくれる? 中谷君。それより、また訓練をサボったの?」


 訓練を始めた当初は、前の世界では使えなかった魔法が使えるということで真面目に訓練を受けていた中谷だったが、一度女性の味を覚えてしまうと、それは魔法以上に甘味だったのか、最近は訓練をサボりがちになっていた。


 玲奈から辛辣な言葉を投げかけられた中谷は、玲奈が自分の専属の女性に対して嫉妬しているのだと、自分勝手に解釈した。


「そうツンケンすんなよ。アレだろ? 俺が他の女を構ってるからヤキモチ妬いてるんだろ?」


 どこまでも自分勝手な中谷に、玲奈は呆れて溜め息を吐いた。


「そちらの方と仲良くするのはお好きにどうぞ。私が言ってるのは、それにかまけて訓練をサボんなって言ってるのよ」


 怒りの表情を見せてそう言う玲奈に、中谷は面白くなさそうに舌打ちをした。


「なんだよ、真面目振りやがって」

「真面目とかそう言う話じゃなくて、もっと力を付けないと厄災の魔女とかいう化け物に立ち向かえないでしょう!?」


 話に聞く厄災の魔女とは、一人であっという間に一国の王都を壊滅させてしまうような恐ろしい存在だ。


 そんなのがいる世界に来た以上、それを討伐することは避けて通れない。


 そのためには、召喚ボーナスとも言える潤沢な魔力と強力な身体能力を使いこなせるようになるのは必須だと玲奈は思っている。


 その話を、中谷はつまらなそうに聞いている。


 その態度に益々苛立ちを募らせる玲奈は、さらに中谷を追及した。


「最近じゃあ、その人だけじゃなく、王女様とも仲良くしているみたいね」


 玲奈がそう言うと、中谷はニヤッと厭らしい笑みを浮かべた。


「俺って光属性だし? 昔から光属性は勇者って相場が決まってるだろ? 王女様は、その光の勇者様にゾッコンなのさ」


 自分に酔ってそんなことを言ってのける中谷のことを、玲奈は心底軽蔑した目で見ていた。


「……もういいわ。好きにしなさいよ」


 玲奈はそう言うと、スタスタと自室に向かって歩いて行った。


 そのあとを、玲奈に付けられた専属のお世話係が追いかける。


 その姿を見送った中谷は、面白くなさそうに舌打ちをした。


「なんだよ玲奈の奴。異世界に来て、俺以外に頼れる奴がいないんだから、いい加減に俺に靡けってんだ」


 中谷はそう吐き捨てると、後ろに控えていた専属の女性の肩に回していた手にグッと力を入れた。


「あっ」

「部屋に戻んぞ。もう一回ヤらせろ」


 中谷はそう言うと、女性を自室に連れ込み、翌朝まで部屋から出てこなかった。



一方、中谷から離れた玲奈は、苛立ちから荒い歩調で城の廊下を歩いていた。


「レナ様、どうかお心をお鎮めください」


 専属の世話係として付けられている男が、まるで玲奈を口説くかのように甘い声で囁いてくる。


 世の女性たちにとっては、イケメンが甘い声で囁いてくれば思わずときめいてしまっても不思議ではないが、玲奈にとっては媚を売られているようでとても不愉快だった。


 そもそも、男に女性の専属お世話係が付くのはまあいい。


 着替えだの、ソッチの世話だのあるだろうし。


 しかし玲奈は女性。


 女性に男を世話係として付けるとは、あからさまにハニートラップであることが伺えるので、玲奈はこの男について一切心を許しておらず、世話係と呼ばれていても、ほぼ世話もさせていなかった。


「シャイルズさん、私はこの後お風呂に入ってから休みますから、女性の方を呼んでください」


 着替えも入浴も、もちろん手伝わせる気はない。


 かと言って、この世界のお風呂は自分では用意できない。


 なので、シャイルズと呼ばれる世話係は、主に部屋の外、訓練や移動の補助をするだけの存在となっていた。


「……かしこまりました。少々お待ちください」


 シャイルズは若干不満そうにそう言うと、女性の使用人を呼びにこの場を離れた。


 その背中を見送った後で、玲奈は大きな溜め息を吐いた。


「中谷君といいシャイルズさんといい、どうして女は自分に惚れるのが当たり前って思えるのかしら」


 元の世界にいたころからの中谷のアプローチに、この世界に来てからのシャイルズの誘惑。


 そのどれもが、玲奈は自分に惚れて当たり前と言う態度で接してくる。


 それが、玲奈にとっては不快でしょうがなかった。


 そもそも玲奈は、恋愛に対して非常に臆病になっている。


 長年想い合い、愛し合っていたと思っていた圭吾から裏切られたことが、玲奈の心に恋愛に対する拒否感を持たせていた。


 まさか、圭吾が裏切るとは思いもしなかった。


 いつだって圭吾は自分のことだけを見て、自分にだけ愛を注いでくれているのだと思っていた。


 そんな圭吾でさえ裏切ったのだ。


 ましてや、あんな軽そうな中谷やシャイルズが裏切らないわけがない。


 現に中谷は、自分にアプローチをしながら専属の女性と関係を持ち、今尚王女をも口説こうとしている。


 そんな人間に絆されるはずがないのに。


「はぁ……もう、やだ……」


 玲奈は、できることなら圭吾が浮気をする前まで戻りたかった。


 そうすれば、圭吾が余所見をしないように自分に縛り付けていたのにとそう思う。


 そんなヤンデレチックなことを考えながら部屋に入る。


 シャイルズが呼んできた女性使用人がやってきたので、風呂の用意をしてもらって、あとは自分で入る。


 入浴を済ませ、召喚者たちが自由に使える談話スペースに来たとき、玲奈は信じられない話を聞いた。


 それは、一緒に召喚されてきた、赤髪の水沢真紀と、青髪の日吉宗介との会話だった。


「いい加減にしてよ宗介! アンタ、またその女とヤってたでしょ!?」


 水沢がそう叫ぶ声が、談話スペースの外まで聞こえてきた。


 まあ、それもしょうがないなと玲奈は思う。


 なぜなら、水沢と日吉は、元の世界にいたころから付き合っていたからだ。


 自分の彼氏が、別の女としょっちゅうヤっていたらキレて当然だろう。


 むしろ、なぜ別れないのかと不思議に思う。


 言われた方の日吉は、水沢の言葉にも悪びれずに言う。


「うるせえなあ。王様から好きにしていいって言われたから好きにしてんだよ。それの何が悪いってんだよ?」

「悪いに決まってるでしょ!? 私はアナタのなんなの!? 彼女じゃないの!? その彼女を放っておいて、別の女を抱いてたら怒るに決まってるじゃない!!」


 その言葉を聞いた日吉は、どうやら勘違いをしたようだった。


「なんだよ、抱いて欲しかったのか? じゃあ、今日はお前を抱いてやるよ」


(うわ、最低……)


 日吉の発言に玲奈はドン引きしたが、水沢は激昂した。


 フルスイングで日吉の頬に平手打ちをお見舞いしたのだ。


「痛った……テメエっ!! ふざけたことしてんじゃねえぞっ!!」

「ふざけてんのはどっちよっ!! こんな目の前で堂々と浮気されて! 私がどれだけ惨めな気持ちになってるか分からないの!?」

「浮気じゃねえっ!! こんなの、風俗と一緒だろうが!!」

「彼女がいるなら風俗も浮気よっ!! もう……こんなん、玲奈の方がマシじゃない……」


(え?)


 水沢と日吉の修羅場に、なぜか玲奈の名前が唐突に出てきた。


 そのことに混乱しつつも、現在進行形で修羅場が展開されている談話室には入れない。


 なので、盗み聞きは申し訳ないと思いつつも、玲奈は会話の続きを聞くことにした。


「は? なんで高木が出てくんだよ?」

「アンタは堂々と、間違いなく浮気してるけど、黒崎はどうだか分かんないってことよ」

「は? なんだよそれ? あんな決定的な写真があるんだから、間違いなく黒崎は浮気してたんだろうが」


 日吉の言葉に、玲奈はあの写真を初めて見たときの心の痛みを思い出し、表情が曇った。


 しかし水沢が浮かべた表情は、日吉を嘲笑するものだった。


「アンタ、本気で信じてるんだ。あれ、中谷が加工したフェイク画像だよ?」


 それを聞いた瞬間、玲奈の心臓が、ドクンと跳ねた。


(え? フェイク? え? それって……え?)


 心臓が跳ねたあと、今度は玲奈の足がガクガクと震え出した。


「は? マジで?」

「マジよ。中谷の奴玲奈のこと狙ってたから、黒崎が邪魔だったんでしょ。アタシも玲奈の『私、勝ち組です』って態度がムカついてたから、黒崎の断罪に乗ってやったけど……バチが当たったのかな……」


 水沢はそう言うと、ガックリと肩を落とした。


 玲奈は……。


(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ)


 と、真っ青になり、ガクガクと震えながら、それだけを小声で呟いていた。


 肩を落とした水沢の姿を見た日吉は、少しオロオロしたあと、水沢に向かってある提案をした。


「そ、そっか。じゃ、じゃあさ、これからは三人でしねえか?」

「……」


 その発言を聞いた水沢は、一瞬動きを止めると、ゆらりと体を起こした。


 そして……。


「死ねっ!!」

「ガハッ!?」

「きゃあっ! ソウスケ様!?」


 今度は顔面を拳で打ち抜いた。


 油断していた日吉は、まともそのパンチを食らい、壁際まで吹っ飛ばされた。


 そんな日吉を、専属の女性が慌てて介抱する。


 殴った水沢は、荒くなった息を整えると、日吉に向かって言い放った。


「アンタとはもう終わりよっ!! その人とどうぞお幸せに!!」


 水沢はそう言うと、談話スペースを出て行った。


 そこには、水沢の話を聞いてしまった玲奈がいた。


「あ……れ、玲奈……」


 水沢は、マズいと思った。


 思いっきり、元の世界で玲奈の恋人を陥れた話をしてしまった。


 しかも、真っ青になってガクガク震えている様子を見るに、間違いなく聞かれている。


 実は、元の世界にいた頃から水沢の心には罪悪感が芽生えていた。


 主導し実行したのは中谷であって、自分はその企みに便乗しただけに過ぎない。


 しかし、自分の言動のせいで一組のカップルが実際に破局してしまったし、それのバチなのか、自分も彼氏に浮気されてたった今別れてしまった。


 今更ながらにその罪悪感に苛まれた水沢は、少しでも自分の心を軽くしようと、玲奈に対して謝罪をしようと思った。


「れ、玲奈? その……ご、ごめんね?」


 そう言った瞬間、水沢の左頬に衝撃が走った。


 全く身構えていなかった水沢は、そのまま廊下に倒れた。


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった水沢は、玲奈を見て自分がなにをされたのか理解した。


 玲奈は、拳を打ち抜いた格好をしており、その拳は殴った影響なのか赤くなっていた。


 平手打ちじゃなく、拳で殴られた。


 そのことがショックだった水沢は、呆然としたまま玲奈の顔を見てギョッとした。


 玲奈の両目から、とめどなく涙が流れていた。


「何がごめんよっ!! アンタたちが何をやったか分かってんの!? 私と圭吾の仲を! 絆を壊しておいて! 何がごめんよっ!!」

「あ……」

「許さない! 絶対に許さない!!」


 玲奈はそう叫ぶと、自室に向かって走り出した。


「待って! 玲奈!!」


 水沢が必死にそう叫ぶも、玲奈は一度も振り返らず走り去って行った。


 その姿を、為す術なく見送った水沢は、一度唇を噛み締めたあと、吐き捨てるように言った。


「……何が絆よ。アンタだって、黒崎のこと信じなかったくせに……」


 さっきまでの罪悪感はどこに行ったのか、水沢の目には、自分を一方的に責めたてた伶奈への怒りが篭っていた。



 自室に戻ってきた玲奈は、部屋に入ると扉の鍵を閉め、ベッドに飛び込み、心の底から叫んだ。


「裏切ってなかった! 圭吾は裏切ってなかった!! なのに……なのに!!」


 玲奈は、自分が圭吾に言った言葉、とった態度のことを思い出し、胸が押しつぶされそうになっていた。


「なんで!? なんで私は! 圭吾を信じてあげなかったの!? なんでよっ!!」


 そして、玲奈は圭吾のことを思い出す。


 玲奈が圭吾に別れを告げたとき、圭吾はとても悲しそうに、しかしなにかを諦めた顔をしていた。


 それから、圭吾と顔を合わせることはほぼなかった。


 意図的に避けられていた。


 そして、圭吾が中谷を殴ったとき……自分は圭吾を責めた。


 そのとき、そのとき……。


「やだ……やだ! 嘘だ!!」


 圭吾が自分を見る目は、とても冷たくて、まるで……路傍の石を見るような目をしていた。


 そして、その出来事のあと、圭吾は玲奈を無視するようになった。


 まるで、視界に入れたくないかのように振る舞われた。


 その圭吾の態度を思い出した玲奈は……。


「嫌われた! 嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた!!」


 玲奈は、まるで壊れた人形のように、その言葉を繰り返した。


 自分が信じてあげていれば、あんなクズ野郎の策略なんて成功しなかったはずだ。


 なぜ自分は圭吾を信じてあげなかったのか?


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 その日から、玲奈は部屋から出てこなくなった。



 ちなみに、土属性の野村祐樹は生粋のオタクで、異世界で俺ツエーがやりたいがために、他の人間とは交流を持たず、ひたすら魔法の訓練をしていた。


 他の召喚者たちとの交流もほとんどなく、この騒ぎを後ほど知ってとても驚いていた。


 召喚者たちは、早速崩壊の危機を迎えていた。


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