第12話 集落の案内

 アナスタシアさんと話しながら談話スペースにやってくると、そこではミナさんが忙しく働いていた。


「ミナ、お疲れ様」

「あ、アナスタシア様。それと、ケーゴさんでしたね」


 ミナさんはそう言うと、俺たちに近付いてきた。


 そして、俺に対して深々と頭を下げてきた。


「え? ミ、ミナさん?」


 ミナさんが、突然このような態度を取ってきたことに慌てふためいた。


「この度は、私たちに闇魔法を教えてくださるそうで。ありがとうございます」

「あら。もうあの二人から聞いていたのね」

「はい。私だけでなく他の黒髪の者に伝えてくると言って出ていかれましたので、もう集落中に広まっていると思います」


 マジか。


 エルロンさんたち、行動力ありすぎだろ。


「今まで、黒髪の人間は、それだけで人類から迫害を受けてきました。その結果闇魔法は廃れ、今では使える者はおりません。それを、迫害にも負けず復活なされたケーゴさん……いえ、ケーゴ様のことを、私は尊敬致します」


 頭を上げたミナさんが、熱の籠もった目で俺を見ながらそんなことを言ってきた。


 その目を見る限り、本心からそう言っているんだろう。


 っていうかエルロンさんたち、俺が召喚された人間だって説明してないのか?


 俺が、この世界で迫害を受けながらも闇魔法を復活させた心の強い人間だって誤解されてるよ。


「えっと、ミナさん、それはちょっと誤解があります」

「誤解……ですか?」

「ええ。確かに俺は闇魔法が使えますけど、迫害を受けながら復活させたものではありません」

「?? どういうことでしょうか? 私ごときでは理解ができません」


 まあ、今の説明じゃあそうだよな。


「あの、実は、俺はこの世界の人間じゃなく、別の世界から召喚された人間なんです」

「? 別の世界……遠い国ということでしょうか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 これ、スカーレットさんがエルロンさんにした説明をしないと理解できないか?


 そう思った俺がその説明をしようとすると、アンスタシアさんから止められた。


「ケーゴさんには事情があります。一人一人にその説明をするのはとても手間がかかります。なので、このあと行われるケーゴさんの歓迎会で説明しましょう」

「そうですか。分かりました」

「手を止めさせてごめんなさいね。その歓迎会の準備をしてくれていたのでしょう?」

「あ、はい。それでは準備に戻ります」

「ええ、お願いね」

「かしこまりました」


 ミナさんはそう言って頭を下げると、準備に戻って行った。


「さて、私たちがここにいても邪魔になるだけですので、少し外に出ましょうか。集落を案内しますよ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 というわけで、俺はアナスタシアさんに集落を案内してもらうことになった。


 建物の外に出た俺は周囲を見渡した。


 最初にここまで来た時は、急ぎの用件ということで早足だったエルロンさんの後を追いかけるので必死で、ゆっくり見ることができなかった。


 改めて見ると、集落と呼ばれてはいるけど、ちゃんとした家々が立ち並び、見窄らしい感じは全くしない。


 ここに来るまでに立ち寄った街を小さくしたような、ちゃんとした村だった。


「ここにいるのは、各地から逃げてきた人たちばかりなんですよね? それにしては随分立派な建物が並んでいますが」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんは「ふふ」と笑った。


「今でこそ、ですよ。私が最初にここに辿り着いたときは家なんてなくて、ほら、今の家の後ろに大きな木があるでしょう?」


 アナスタシアさんが指差している方向を見ると、確かに今出てきた家の後ろに大きな木がある。


 全然気付かなかった。


「その木に大きなウロがありまして、そこでしばらく生活していたんです」

「木の虚で……」

「ええ。そして、そこを拠点に世界中を回って、迫害を受けている黒髪の人を保護してはここに連れてきました。その人たちと力を合わせてこの辺りを開拓し、試行錯誤しながら家を建て、それを繰り返していった結果、この集落ができたのです」

「そう、だったんですか……」


 ここができるまでの苦労は、俺ではとても想像ができない。


 なにもないところから、一から全てを作り上げて行ったアナスタシアさんたちのことが、とても眩しく見えた。


 俺が、改めて尊敬を込めてアナスタシアさんを見ると、アナスタシアさんはとても愛おしい物を見る目で集落を見渡していた。


「ここに来た皆さんは、迫害され搾取されるばかりの人たちでした。自分たちの行動が全て自分たちのためになることなど初めてだったので、それはもう皆さん、張り切ってこの集落を作り上げていったんですよ」


 アナスタシアさんは、そう笑いながら集落を案内してくれた。


 そして、ある地点で足を止めた。


「他はもう取り壊したり建て直したりしたんですけど、一つだけでも残しておこうということになったんです」


 そう言って見せてくれたのは、今建ち並んでいる家々とは比べ物にならないほど見窄らしい掘建て小屋だった。


「一番最初に作ったのは私の家で、それはもう建て直してしまって今の家が建っているんですけど、その次に作ったのが、この家です」


 さっきまでは見窄らしい掘建て小屋だと思っていたその小屋は、アナスタシアさんの説明を受けた後に改めて見ると、とても貴重な文化遺産のような気がしてきた。


「今は、住民たちの技術も上がって、とても立派な家が作れるようになりましたけど、こんな物しか作れなかった頃を忘れないようにとの自戒の念も込められているんです」

「それは、とても立派な考えですし、この建物にも歴史的な意義を感じます」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんは一瞬目を見開き、その後嬉しそうに目を細めた。


「ふふ。外から来た方にそう言って頂けると、存外嬉しい物なのですねえ」


 そう言った後、アナスタシアさんは今度は悲しそうな顔になった。


「ここに来られる方たちは、全てに絶望されている方が多いですから。こういったものには、中々関心を持って頂けないのです」

「それはまあ、仕方がないのでは?」


 心に余裕がない状態でこの小屋を見ても、ただの見窄らしい小屋にしか見えないだろう。


 もしかすると、黒髪の人たちはこういった小屋に住まわされていた可能性だってある。


 そんな人たちからすると、この小屋は特に見るべきところのないものに見えてしまうかもしれない。


 そういう人たちに比べ、俺は嵌められたり裏切られたり突然襲い掛かられたりしたけど……それも大概だけど、生きることを絶望したことはない。


 そういう人たちと俺とでは、物の見方が違うのはしょうがないことだ。


 そんな話をしながら集落を巡っていると、当然住人の人たちともすれ違う。


 その住人たちは、殆どが黒髪だ。


 住人たちは、アナスタシアさんを見かけると、皆嬉しそうな顔をした後、深々と頭を下げる。


 そしてその後、笑顔のまま歩み寄ってきてアナスタシアさんに話しかける。


 アナスタシアさんが新しくここの住人になる俺のことを紹介すると、皆俺を見て、最初納得するけど、すぐ首を傾げる。


 やっぱり、スカーレットさんが言っていた通り、俺の容貌はこの世界の人たちからすると、かなり違和感を覚えるようだ。


 ただ、その違和感の正体が分からず首を傾げているのだ。


「今日、このケーゴさんの歓迎会をするのは聞いていますか? その際に説明をするので、それまで待っていてください」


 一人一人に説明していると時間が掛かりすぎるので、一度に説明するとアナスタシアさんが言うと、皆すぐに納得して離れていった。


 そんなやり取りをしながら、集落を見て回る。


 そして気付いたのだが、この集落には商店がない。


 近隣の街や村で手に入れたものはアナスタシアさんの家で一元管理していて、必要な物を物々交換で手に入れているのだという。


 アナスタシアさんは、別にここの長というわけではないらしいけど、一番の実力者で一番の恩人であるのは間違いないため、いわば集落の富が集まる場所として、アナスタシアさんなら誰も文句を言わないのでそうしているのだとか。


「そういうことも、長い年月をかけて、皆で決めていったんです。そんな場所を、自分の欲のために奪おうとするなんて、許せませんね」


 そう言うアナスタシアさんの目は、さっきまでの慈愛に満ちた目ではなく、とても鋭い目をしていた。


 アナスタシアさんは、苦労してここまで作り上げてきた迫害者たちの安息の地を奪おうとする侵略者たちを、許すつもりは微塵もなさそうだった。


 その鋭い双眸に、俺は厄災の魔女としてのアナスタシアさんの一面を見た。


 そんなアナスタシアさんを見て、俺は、とても心強いと思った。


 不思議と、恐怖は感じなかった。


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