第17話 茶番劇は、ツッコミどころしかない
その後、アナスタシアさんにフィーダの正確な位置を聞き、その位置なら数時間で着くと言うと、流石に呆れられた。
まあ、馬車で数日掛かるって言われてたから、呆れるのも無理はないな。
とりあえず、俺はフィーダの王城に忍び込み、マイルズから異世界人召喚の話が伝わっているか、厄災の魔女討伐の協力要請が来ているかの確認を行う。
とりあえず、フィーダがこの通称『魔女の森』から一番近く、マイルズから一番遠いということで、ここに話が通っていなければ一旦森に帰り、それからまた行動指針を決めるということになった。
アナスタシアさんから依頼を受けた翌日、俺は早速フィーダに向かって出発した。
森に帰ってきたとき、集落の位置を見失わないように場所をしっかり記憶してから森を出て、一路フィーダに向けて認識阻害魔法を発動させつつ影移動で移動を開始した。
日本とは違い、街や村との間には未開拓な大地が延々と続くこの世界では、ボーッとしながら影移動をしていても特に事故の心配はほとんどない。
時々いる移動中の馬車なんかに気を付ければいいだけだ。
ちなみに、この世界には魔物はいなくて、道中危険なのはむしろ人間。
盗賊が問題なのだと言っていた。
まあ、認識阻害の魔法を使っているから、盗賊からも認知されないんだけどね。
そうなると、移動中はかなり暇になるので、出発前に教えてもらったフィーダの情報を思い出す。
フィーダはマイルズと同じく王政の国で、正式名称はフィーダ王国。
この世界の一般的な政治形態である、一番上に国王がいて、その下に貴族がいる典型的な封建制度だ。
国自体はそんなに大きくはなく、マイルズ王国と同程度。
色んな面で似通った国なのだそう。
こういう国がこの世界にはあちこちに点在していて、統一国家というべき大国などはないのだとか。
過去には、各国を傘下に収めた、いわゆる帝国も存在していたそうなのだが、それも各地で反乱が起こって崩壊し、今はもう存在しない。
各国の悲願は、自分たちの国が次の帝国になること。
なので、この世界は国同士の戦争が絶えないのだそうだ。
そして、戦争には魔法が使用されるため戦いは凄惨なものとなり、戦争ごとに死傷者が続出するため、この世界は人口が一向に増えない。
なので、この世界では一般市民にまで一夫多妻が推奨されている。
一妻多夫は推奨されていないのだが、これは戦争に駆り出されるのはどうしても男が多いので、男女比率で女性の方が多くなってしまうから。
戦争で夫を亡くした未亡人を受け入れるのも、男としての甲斐性の一つなんだとか。
それを聞いたとき、なんだそりゃ、と思ったね。
そんなに人が死ぬんなら、戦争なんてしなきゃいいのに。
そうやって人口が増えないから、未だにこうやって未開拓地域が広大に広がっちゃうんだよ。
……まあ、権力者たちにとっては、そんなことどうでもいいんだろうな。
マイルズの王城で情報収集していたときにも感じたけど、権力者たちは富と名声を集めることに必死だ。
それが満たされると次は国土の増加。
しかし、中々それは実現せず、それならばとマイルズ王国が欲したのが、不老不死だ。
マイルズ王国の王族がその話を楽しそうにしていたのを聞いたとき、人間の欲望は際限がないと実感したね。
そして、この世界は権力者が強大な権力を持っているため、その際限がない欲望を諫める者も少ない。
結果、権力者たちに庶民たちは振り回されることになる。
そんなことをボケッと考えながら移動し、途中にあった国境の検問も影に潜ってこっそり抜け、またしばらく移動していると、地平線の向こうに大きな街が見えてきた。
地図を確認すると、あそこがフィーダ王国の王都で間違いなさそうだ。
王都は、外敵がいないからか特に壁で覆われているわけでもなく、難なく王都入りすることが出来た。
まだ日が高いうちに到着したので、幻惑魔法を起動して視察を兼ねて王都を散策することにした。
こうして見ている分には、極端に治安が悪いわけでもないが、時折諍いの声が聞こえてくることもあり良くもないって感じだな。
人々の髪色は本当に様々で、赤青黄緑と色んな色で溢れている。
緑の人は風属性だそうで、玲奈や中谷みたいな希少属性の人は見なかった。
そんな中、黒髪の人は本当に見なかった。
存在しているのか疑わしいほど見なかった。
多分だけど、皆黒髪を目にしたくないから表に出さず、裏でキツイ仕事とかさせられているんだろうな。
虐げられている黒髪の人を見かけたら説得して集落に連れて行こうかと思っていたけど、見かけないんじゃ仕方がない。
俺の今日の仕事は情報収集。
順番を間違っちゃいけない。
ということで、俺は王都の散策もそこそこに、裏路地で影に潜ると王城を目指した。
この世界では闇魔法が知られていないこともあり、影に潜っている俺を警戒するような結界などは全くなかった。
警備兵たちも簡単にスルーできて、アッサリと王城内に進入することができた。
王都を散策している間に時間が過ぎ、夕方近くになっていたのだが王城はまだザワザワしていた。
もう人が少なくなっている頃かと思って侵入したのに、予想に反して人が多い。
しかも、なにやら着飾っている人がほとんどだ。
これ、もしかしてパーティーかなんかがあるのだろうか?
これはタイミングが悪かったか?
いや、パーティーということは貴族たちが大勢集まるはず。
なら、色んな話が聞けるはずなので、逆にチャンスだ。
ということで、パーティーに潜入することを決めた俺は、着飾った貴族たちのあとを影に潜りながら追った。
辿り着いたのは大きく煌びやかなホール。
そこに集まる、着飾った貴族たち。
王都に住んでいる庶民たちは質素な生活をしているっぽかったのに、ここに集まった貴族たちは贅を凝らした格好をしている。
元の世界なんか比較にならないほどの超格差社会だな。
まあ、それはともかく情報収集だ。
色んな人が色んな話をしているが、そのほとんどが自分の領地の話とそれにまつわる商談。
時々ゴシップといった感じで、召喚者や魔女の森に関する情報は一切入ってこなかった。
これだけ貴族がいて、マイルズ王国の話すら出てこないということは、異世界人召喚のことは全く知られていないということか。
そして、魔女の森攻略の援助も求められていないと。
まあ、厄災の魔女を討伐すれば不老不死が手に入ると信じているマイルズだ。
そんな情報を他国と共有するわけないか。
とりあえず目的は達成したので、そろそろお暇しようかと思ったとき、それは起こった。
「ミリアーナ=フォンテーヌ! 前に出てこい!!」
突然広間に響き渡る男の大声に、一体何事かと視線を向ける。
そこには、赤い髪をして派手な衣装に身を包んだ男が、その脇に女性を抱き抱えながら厳しい表情を浮かべていた。
そしてその男の前に、明るい緑色の髪をした綺麗な女性が歩み出てきた。
「お呼びでしょうか? 殿下」
殿下? 今この人、あの男のこと殿下って言った?
ってことは、こんなパーティーで大声を上げる男がこの国の王子様?
「ふん、白々しい! 貴様がお前の妹であるこの可憐なカトリーヌに対し、常日頃から暴力を振るい、物を奪い、虐め抜いているのは分かっているのだぞっ!」
「殿下ぁ、私、怖かったですぅ」
……なんだ、この茶番。
王子様の隣にいるカトリーヌさんとやらは常日頃から暴力を振るわれて虐げられている割には健康そうに見えるし、持ち物を奪っていると言っているけど、綺麗なドレスやら煌びやかな宝石やら、色々身に付けてるよ?
反対に、ミリアーナと呼ばれた姉の方は、割と地味目なドレスで宝石などの装飾品を殆ど付けてないし、痩せ細っている。
え? 一目見て分かるよ。
逆じゃね?
「私の可愛いカトリーヌにそんな仕打ちをする貴様を私の妃にすることなどできん! 貴様との婚約はこの場を持って破棄する!」
……堂々とした浮気宣言のうえに自分から婚約破棄って、この王子様、頭大丈夫?
周りの人たちを見てみると、王子に賛同していると思われる貴族は誰もいなくて、むしろあれが王子で大丈夫か? という顔に見える。
「……かしこまりました。婚約破棄、承りました」
ミリアーナさんは、ピクリとも表情を変えず、粛々と婚約破棄を受け入れた。
そりゃそうだわな。
こんな王子の婚約者なんて、さっさと降りたくてしょうがなかったんだろう。
迷いも見せなかった。
婚約破棄されたミリアーナさんは、下げていた頭を上げると踵を返してさっさとホールを出て行こうとした。
だが、そこに待ったが掛かった。
「待て、どこへ行く?」
「どこへと言われましても、ここに私は相応しくないので、帰ろうかと思います」
ミリアーナさんがそう言うと、王子はニヤリと顔を歪ませた。
「なにを言っている。貴様が帰るところなどあるわけがなかろう」
「……どういう意味です?」
「分からんか? 貴様は、未来の王妃であるカトリーヌに暴行を加えた。これは不敬罪に当たる。貴様は今日から犯罪者なのだよ」
「なっ!? そんな無茶苦茶な!!」
「うるさいっ! 衛兵! 捕らえよ!」
王子の号令で、パーティー会場に雪崩れ込んできた衛兵がミリアーナさんを捕らえ、床に押さえ付けた。
いや、本当に無茶苦茶だな。
今し方婚約破棄したばっかりなんだから、王子の隣にいる妹はまだ婚約者じゃない。
不敬罪なんて適用されるはずもない。
それなのに、衛兵も仕込んであったかのように一斉に雪崩れ込んできた。
いや、あったかのようじゃなくて仕込んでたな、これ。
「クックック。貴様は不敬罪といった大罪を犯した犯罪者だが、私は慈悲深いからな。処刑はせずに、一生牢獄にて飼ってやろう」
あ、これはあれだな。王子と妹は政務をせずに、ミリアーナさんに全部押し付ける気だな。
飼ってやるってことは、時々体も使わせてもらうと。
うわぁ……ちょっと引くぐらいゲスいなコイツ。
「ちょっ! 放しなさい! 貴方たちは自分がなにをしているのか分かっているの!?」
ミリアーナさんが取り押さえられながら叫ぶと、王子と妹はニヤニヤしながらミリアーナさんを見た。
「分かっているとも。私は王家に逆らう逆賊を捕まえたのだよ」
「ふふ、お姉様、牢獄で反省してくださいね?」
いやいや、関係ない俺でも神経を逆撫でされるぐらい不愉快なコンビだなコイツら。
当事者であるミリアーナさんからすれば、その苛立ちはどれほどのものか。
「ふざけないでちょうだいっ!! 全部貴方たちの自作自演! 全てが狂言じゃない!! ちょっ、放しなさい! 私に触るなあっ!!」
衛兵に引っ立てられたミリアーナさんは、押さえつけられて乱れた髪を振り乱し、二人に向かって叫んだ。
「きゃあっ! 殿下、怖い!」
「ああ、可愛いカトリーヌ。怯えないで、僕が守ってあげる。ええい! なにをしている衛兵! さっさとその女を牢獄に放り込んでしまえ!!」
「は、はっ!!」
「ふざけんなあっ!! 呪ってやる!! 貴様ら呪ってやるからなあっ!!」
……こういうのやる奴って、相当頭の出来が悪いんだろうなと思っていたけど、本当にいたんだな。逆にちょっと感心してしまった。
こんなことして、後でどうなるか分かってないんだろうなあ。
王家の強権を発動して、明らかに無実な令嬢に冤罪を擦り付け、投獄までしてしまう。
貴族からしたら、こんな王には従えないと考えるだろう。
現に、ホールに集まっている貴族たちは、従者に言伝をすると、その従者は足早にホールを出ていく。
そんな従者が沢山いた。
そう、沢山だ。
王家の信用は失墜したな。
ホールの中央で、まるで舞台の主役のような顔で抱きしめ合っている二人は全く気付いてないけどな。
さて、放っておいても滅びそうな王家のことはともかく、さっきミリアーナさんは相当な恨み言を撒き散らしながら連行されて行った。
これは、追いかけないとマズいことになるかもしれない。
俺は、ミリアーナさんの跡を追うべく、ホールをあとにした。
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