第16話 闇魔法と初仕事の依頼
集落の皆に歓迎されて移住をしてから一週間。
その間、俺はアナスタシアさんの家の客間に居候していた。
その理由は、俺が住む家がなかったから。
今、集落の人たちが総出で俺のための家を建ててくれている。
この集落の人たちは、見た目二十代前半の人がほとんどなのだけど、アナスタシアさんの魔法により長生きしている人ばかり。
なので、長年に渡って培われた建築技術は目を見張るものがあり、アレよアレよという間に建物のほとんどが出来てしまった。
ちなみに、普段この集落で家を建ててもらうと、その見返りとして今後の自分の成果物を携わってくれた人たちに振る舞うのだが、俺はそれを免除されていた。
なぜなら、俺が集落の皆に闇魔法を教えることが、その対価となっているので、これ以上の物は必要ないと言われたからである。
なので俺は、集落の皆に真剣に魔法を教えた。
皆は元々この世界の住人なので、闇以外の魔法も多少は使える。
なので、魔力がどうのという段階を飛ばすことができたので皆、割と早い段階で闇魔法を覚えることができた。
俺が教えた闇魔法は、影の中に潜む影潜り魔法、自分の容姿を別人のように見せる幻惑魔法、そこにいるのに認識できない認識阻害の魔法の三つを主に教えた。
影に隠れることは盗み聞きをするのには有用だけど影から出ないといけないこともある。
重要書類や証拠を拝借するときなんかね。
そういうときに気付かれないようにするのが、そこにいるのに認識できない認識阻害魔法。
また、気付かれなかったりするのも大事だけど人と話さないといけないこともあるから、自分が黒髪ではないと誤認させるのが幻惑魔法だ。
これらの魔法を開発した時点で思ったこと。
闇魔法って、人の精神に干渉する魔法じゃない?
ということは、催眠とか魅了とか洗脳とか、人に向かって使うのはあまり推奨されない魔法とかもあるんじゃないかなと予想している。
残念ながら、試す相手がいないし、その魔法はまだ開発していない。
もしかしたら一生開発しないかもしれないし、必要に迫られて開発するかもしれない。
正直、もう頭には浮かんでいるから、あとは実戦で試すだけな気もしている。
あと、とても便利な魔法で、自分の影に潜めるということは物の出し入れも自由にできるんじゃ? という発想で、影収納の魔法も開発している。
これを見せた時、エルロンさんとスカーレットさんに滅茶苦茶羨ましがられた。
なんせ、買い出しの荷物が収納できるので、行き帰りに重い荷物を持たなくて済むから。
幻惑魔法もあるし、これからの街や村への買い出しは、闇魔法使いの仕事になるかもしれないな。
まあ、ラノベのアイテムボックスみたいに時間停止機能はないので、時間経過で劣化してしまう物の管理はちゃんとしないといけないけどね。
その代わりと言っちゃなんだけど、人や生物を入れることができるってのはメリットと言えばメリットかな。
皆が魔法の練習をしているのを眺めていると、いつの間にかアナスタシアさんがやってきて俺の隣で皆の訓練の様子を見ていた。
「皆さん、もう闇魔法を覚えられたのですね」
「ええ。さすがに長年他属性とはいえ魔法を使い続けてこられた人たちです。すぐに覚えましたよ」
「そうなんですね」
「今は、覚えた魔法をすぐに使えるようにしたり、状況に応じた使い方をしたり、同時に使ったりする練習をしているところです」
「もうそこまで進みましたか」
アナスタシアさんに魔法訓練の進捗を話すと、何か思案し始めた。
「どうしました?」
「ああ、いえ」
アナスタシアさんは少し考えたあと、俺を見た。
「ケーゴさん」
「はい」
「皆さんも魔法を覚えて、今はその精度を上げている最中ということは、しばらくはケーゴさんが見ていなくても大丈夫でしょうか?」
「そうですね。今はもうほとんど自主練なので大丈夫だと思いますよ」
俺がそう言うと、アナスタシアさんは意を決した顔をして俺に言った。
「ケーゴさん。早速で申し訳ありませんが、仕事をお願いしていいですか?」
「仕事、ですか?」
「ええ」
アナスタシアさんはそう言うと、俺に頼みたい内容を話し出した。
「ここからマイルズ王国とは反対方向に、フィーダ王国という国があります。マイルズから遠いこの国に、異世界召喚の話が伝わっているのかどうか、確かめてきてくれませんか?」
なるほど、今回の召喚の話がどこまで広がっているかで、討伐軍に携わる国を見極めようってことですね。
「分かりました。いいですよ」
俺がそう返事すると、アナスタシアさんは驚いた顔をした。
「そ、そんな簡単に承諾してもらえるとは思いませんでした。言っておいてなんですが、大丈夫なのですか?」
「大丈夫、とは?」
「いえ、フィーダはそれなりに遠い国です。今からそれを説明して、往復にかかる時間や手間を考えてから決断してもらおうと思っていたのですが……」
「ああ、距離に関しては問題ないです」
「? 問題ない?」
「ええ」
俺はそう言って、まだ皆には教えていない魔法を使った。
自分の影を魔法で移動させ、その上にいる俺自身も移動させたのだ。
イメージは、電動スケートボードだ。
この世界では免許もいらないし、速度制限もない。
認識阻害と併用すれば、道中の移動はとてもスムーズに行える。
速度も、馬とは比べ物にならないほど早く、実際は影を移動させているだけなので魔力の消費も少なく、一気に長距離を駆け抜けることができる。
ちなみに、マイルズ王国の王都からここまでこの魔法で来た。
色々迷ったから一週間かかったけど。
「な、な、なんですか!? その魔法は!?」
アナスタシアさんが驚いて大きな声をあげたものだから、皆の視線が俺に集まった。
「おいおいケーゴちゃんよ! 俺らまだその魔法は教わってないぜ!?」
「そんな便利な魔法、真っ先に教えてくれよ!」
「これは次の段階ですよ! 先ずは基本の魔法を覚えないと、外で使えないでしょう?」
「集落の中でなら使っても問題ないだろ?」
「危ないから、集落の中では禁止です」
俺がそう言うと、皆から「ええ〜!?」という不満の声が漏れた。
不満があろうとこの狭い集落の中での高速移動は危険だから禁止です。
アナスタシアさんに言ってよく見張っておいてもらわないと。
と、思っていると、アナスタシアさんが、キラキラした目で俺を見ていた。
「あ、あの、その魔法は一人用ですか?」
「……一応、俺の影の上に乗っていてもらえれば複数人でも可能ですが……」
俺がそう言うと、アナスタシアさんは満面の笑みになって俺に詰め寄ってきた。
「な、なら! 取り締まるにしても、その魔法の実態を知っていないと取り締まれないですよね!?」
「そ、そうです、かね?」
「そうです! なので! 私をその影に乗せて移動してみてください!」
四百年生きてきて、初めて見る魔法に興奮してしまったのだろう、アナスタシアさんは必死にこの影移動の魔法を体感する理由を述べて、自分を乗せるように言ってきた。
「……はぁ、分かりました。じゃあ、俺の影に乗ってください」
「はい!」
アナスタシアさんは嬉しそうに返事をすると、俺の影を踏んだ。
「!?」
「あら? 意外と狭いですわ」
俺の影を踏んでいるので、アナスタシアさんは俺にピッタリとくっついてきた。
いや、これは不可抗力だ!
狭いから仕方ないんだ!
「じゃ、じゃあ、行きますよ?」
「はい!」
ゆっくりと影を移動させると、足元が突然動くということに不慣れなアナスタシアさんは「きゃっ!」と言って俺にしがみついてきた。
これは不可抗力、不可抗力……。
「わあっ」
アナスタシアさんの柔らかい感触に心を持って行かれないように、心の中で自分を戒めていると、アナスタシアさんが歓声をあげた。
「すごい! 早い! 風が気持ちいいです! それに、馬車みたいに揺れないので最高です!」
アナスタシアさんは、初めての影移動に興奮しきりだった。
落ち着いたいつものアナスタシアさんではなく、まるで少女のように輝くような笑顔を見せるアナスタシアさんを見て、俺は不埒な考えをすることをやめもっと楽しんでもらおうと集落中を移動して回った。
集落では使用禁止?
アナスタシアさんの願いを断れるとでも?
そして元の場所に戻ってきても、アナスタシアさんの興奮は収まらなかった。
「凄いです凄いです! こんな経験は初めてしました! 景色がビュンビュン流れて行って、風も気持ち良くて、でも馬車や馬みたいに揺れなくて! もうもう、最高でした!」
とにかく大はしゃぎといった様子のアナスタシアさんに、俺も嬉しくなってしまい自然と笑みが溢れた。
「楽しんで頂けたようで良かったです。もし良かったら、また一緒に走りましょうね」
俺がそう言うと、アナスタシアさんは満面の笑顔になって俺の手を両手で握った。
「ええ! 約束ですよ!」
「はい」
こうして、アナスタシアさんの闇魔法視察は終わり、上機嫌で家に帰って行った……。
あ! そういえば、フィーダの位置とか詳しい話を聞いてなかった!
アナスタシアさんも影移動で興奮していたから忘れていたんだろう。
後で詳しく聞かないと。
そう思ったときだった。
「ケーゴちゃんよお、いくらアナスタシア様だとはいえ、贔屓はいけねえよな? 贔屓は」
「だなあ。これから俺たちは一蓮托生。あちこちの国に行って諜報活動をするには、その魔法は必須だよなあ?」
「というわけで……私たちにもその影移動を試させなさい!」
こうして、俺はその後、闇魔法を練習していた人たちをアナスタシアさんと同じように俺の影に乗せて移動させられた。
女の人はいいんだけど、男の人にしがみつかれるのは精神的にかなりキツかった。
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