第15話 召喚者たち、崩壊の危機

◆◆◆



 圭吾が、隠れ里にて皆に歓迎されている一方で、マイルズ王国の王城では少し困った事態が起きていた。


 白髪で、治癒魔法に適性のある玲奈が部屋から出てこなくなったのだ。


 召喚された者の中で、一番真面目で責任感もあった玲奈が、訓練も勉強も全て放り投げて、部屋に閉じ籠ってしまった。


 王国側は、なにが原因か分からず、元の世界で友人だったという中谷や水沢たちにも事情を聞いてみるが、その原因は分からなかった。


 水沢は原因を知っているが、自分も悪いくせに一方的に水沢を責めてきた玲奈のことを許せず、それで閉じ籠っているなら勝手にしろと、玲奈を見捨てていた。


 なので、本当のことを言わなかった。


 中谷は、水沢によって自分の策略が玲奈にバレているのを知らなかったから、本気で原因に思い当らなかった。


 なので、何度も玲奈の部屋を訪れ、扉越しに声をかけた。


 それが、尚更玲奈の心を苛立たせ、更に心を閉ざすとも知らずに。


 玲奈が閉じ籠って三日目。その間、扉が開かないので食事の提供もできず、玲奈は飲まず食わずだった。


 これ以上は玲奈の命に関わると王国側は判断し、部屋の扉を強制的にこじ開けた。


 部屋に突入した者が見たのは、ベッドの上に三角座りで座り、ボサボサになった髪を気にすることなく、親指の爪を噛みながらブツブツなにかを言っている玲奈の姿だった。


 以前は、美しい白い髪と美貌を持った少女だったが、今の玲奈にその面影はなく、突入した歴戦の騎士が、まるで幽鬼のような玲奈の姿に思わず悲鳴を漏らすほどの変わりようだった。


 三日間、水も食料もとっていないのでカサカサになった唇と痩せこけた頬を見て、城の侍女たちは玲奈が危険な状態にあると判断し、無理矢理部屋から連れ出して強制的に食事を取らせ、すっかり燻んでしまった白髪を見て入浴もさせた。


 その間、玲奈は奇声を上げながら散々暴れたが、駆けつけた女性騎士たちによって取り押さえられ、それらは無理矢理実行された。


 そんな玲奈を見た皆の意見は一致していた。


『玲奈が壊れた』


 希少な治癒魔法の使い手ではあるが、希少であるが故にいなくても特には困らず、いれば便利だな、くらいの認識しか王国側にはなかった。


 なので、玲奈は戦線離脱と判断され、王宮の一室に軟禁されることになった。


 玲奈の暴れっぷりから、いつか自傷行為に走るかもしれないとの懸念もあり、部屋には極力物をおかないようにして、部屋の扉も内側からは鍵をかけられず、外から鍵をかけられるように改造された。


 あとは、玲奈が餓死しないように注意深く見守るための専属の侍女を複数名付けるようにすれば王国側の対応は終わった。


 それで終わらないのが他の召喚者たちである。


 召喚者たちの談話スペースに集まった四人は、一人を除いて友人だった玲奈が隔離されてしまったことに酷く困惑していた。


「玲奈のやつ、一体どうしちまったんだ?」


 重々しくそう呟く中谷のことを、水沢は見下すような目線で見ていた。


(全部、アンタのせいだよ)


 とは、絶対に言わなかった。


 水沢本人も、中谷の策略に便乗して玲奈を貶めてやろうとは思っていた。


 あんな最低な男が彼氏で可愛そうだね、と言ってやるつもりだった。


 それが原因で喧嘩でもすれば、勝ち組の顔をしている玲奈に対しての溜飲は下がる筈だった。


 しかし、まさか本当に別れてしまうとは思いもしなかった。


 そのことに、多少なりとも罪悪感を感じていたのだが、それも先日玲奈から一方的に敵意をぶつけられたことで、キレイさっぱり消え去っていた。


 今あるのは、玲奈に対する苛立ちだけ。


 自分が圭吾のことを信用せず一方的に切り捨てた自業自得のくせに『自分だけが被害者で可哀想だから慰めて欲しい』という態度にしか見えず、それが腹立たしくて仕方がない。


 むしろこの一連の事態において、被害者で可哀想なのは一人しかいない。


 圭吾だ。


 その圭吾も、ここに召喚されても髪色が変わらず黒髪のままだったから、という理由だけで殺されかけた。


 アイツ、前世でどんな業を背負えばこんな目に合うんだろう? と、流石の水沢も同情を禁じ得ない。


 とはいえ、圭吾とは元々そんなに絡みもなく、玲奈の彼氏だったという認識しかなかったので、それ以上の感情は向けなかった。


 それよりも、今の自分たちの方が大事なのだ。


「召喚された私たちの内、一人は城を追い出されて、一人はなんか知らないけど心を壊して隔離された。ねえ、これってマズい事態なんじゃないの?」


 水沢は、今の自分たちの状況が危ういのではないか? と皆に訴えかけた。


 中谷と日吉は「なんで?」という顔をしているが、生粋のオタクである野村は水沢の言わんとしたことを理解した。


「確かに、僕たちは厄災の魔女討伐のために召喚されたのに、そのうち二人が脱落した。もしまた誰かが脱落したら、僕たちは能無しとして処分されるかもしれないな」


 野村のその言葉に、中谷と日吉が激しく反発した。


「はあっ!? 勝手にこの世界に呼びつけておいて、用が無くなったら処分すんのかよ!? そんなのおかしいだろ!!」

「中谷の言う通りだろ! ここの連中には、俺たちを養っていく義務があるはずだ!!」


 激昂する二人を野村は冷静に諭す。


「だから、今は歓待されているだろ? 食うに困らず、衣服も用意してくれて、立派な寝床と……これは水沢と高木には関係ないけど、僕たちには夜を共にしてくれるの女性までいる。こんな好遇あるか?」


 野村がそう言うと、中谷と日吉はなにも言えず黙り込んだ。


「僕が言っているのは、今後またこんなことがあれば、いずれ見限られるんじゃないかってことだ。今は僕たちを召喚した負い目か、この国に情を持たせるためかは知らないけど、十分好遇してくれている。それもこれも、僕たちがこの世界の脅威である厄災の魔女を討伐することを望まれているからだ」

「「「……」」」

「もしこれで、僕たちの中からまた脱落者が出たら、厄災の魔女討伐の戦力が減る。討伐の可能性が低くなる。そんな俺たちを、好遇しておく理由があるか?」

「「「……」」」


 野村は、オタクが故に様々なジャンルのライトノベルを読んでおり、その中には酷い召喚モノの話があることも知っている。


 そういった物語に比べれば比較的良心的な召喚なのだが、それもいつまで続くか分からない。


 それも、野村のオタク知識から導き出されていた。


 水沢としては、なんとなくマズいんじゃないかな? くらいのつもりだったが、野村の話を聞いている限り、相当マズい感じがしてきた。


 中谷と日吉を見ると、二人とも真っ青である。


「それに……残念ながら僕はミーシャ……僕の専属をしてくれている女性に情が移ってしまった。僕は、彼女を取り上げられたくない」


 野村は、そういう意味では王国側の思惑にまんまと嵌ってしまっているのだが、野村の世話係であるミーシャの方も、決して横柄な態度は取らず優しく接してくれる野村に好意を持ってしまった。


 そのことはお互いに認識しており、もうお互い離れられなくなってしまっていた。


 当初の思惑とは違うが、王国は野村を王国側に引き入れることに成功していたのだ。


 ところがそれも、野村が召喚者としての役割を果たしていればこそである。


 そうでない者に好遇を与える理由などないのだから。


 野村はそれを恐れていた。


 なのでここにいる三人に、これ以上脱落しないよう、厄災の魔女を倒せる力を身に着けるように釘を刺した。


 これが、召喚されし者の義務だとか、世界の平和のためだとかという理由だったら、中谷たちも反発していただろう。


 だが野村は、惚れた女を取り上げられたくない、という中谷たちにもよく分かる理由で説得してきた。


 これには、三人ともぐうの音も出ず、渋々今後の訓練に励むことを了承した。


 なんとか召喚者たちの崩壊を免れた野村は、ホッと胸を撫で下ろした。


 そして、玲奈が軟禁されているであろう部屋がある方を見た。


「それにしても、なんで高木さんは壊れたんだ? この国に引き入れようとしている王国が、世話係に高木さんを襲わせることなんてしないだろうし……」


 王国や中谷たちは治癒魔法使いをあまり重視していないが、ゲーマーでもある野村はヒーラーの重要性を理解しており、その脱落は非常に痛いと思っていた。


 とはいえ、玲奈が脱落した理由が思い至らない野村は、釈然としないながらも来たる厄災の魔女戦に向けて訓練を再開するのであった。



 そして、軟禁されている玲奈は……。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 とずっとブツブツ言っており、見張りの侍女たちからとても気味悪がられていた。


 なので、まともに玲奈を見ようとしなかった侍女たちは、玲奈の身に起きている変化に、気付かなかった。


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