第2話 ここにいる理由

「え……さっきまで、こんな集落なんて見えなかったのに……」


 俺が呆然としながらそう呟くと、エルロンさんはニッと笑いながら説明してくれた。


「それはそうさ。この集落はアナスタシア様が隠蔽の魔法で隠されているからな」

「アナスタシア様?」

「ん? ケーゴ、お前、知らずにここに来たのか?」

「え、ああ、うん。個人名までは知らなかった」

「……なるほど。それも踏まえて色々と聞かなきゃならんことがあるみたいだな」


 エルロンさんはそう言うと、集落の中でも比較的大きな建物に俺を案内した。


 そこは、会議室のようになっており、大きなテーブルと椅子が数脚置かれていた。


 集会所かなんかだろうか?


「ケーゴはそっちに座ってくれ」


 エルロンさんはそう言うと、俺とは対面に腰を下ろした。


 スカーレットさんもエルロンさんの隣に腰を下ろす。


 俺がアナスタシア様? とやらの名前を知らなかったからか、さらに目つきが鋭くなっている。


 そんな怒られるようなことをしただろうか? とスカーレットさんから向けられる理不尽な怒りに、段々イライラしてきていると、そんな俺の雰囲気を読んだのかエルロンさんが少し軽めな感じで話をし始めた。


「さて、ケーゴ。お前には色々と聞かなきゃならんことがある」

「はい」

「まず、お前の出身地はどこだ?」


 出身地か……いきなり言い辛いことを聞いてきたな。


 とはいえ誤魔化すことは悪手だと思われるので素直に話すことにする。


「日本という国です」


 俺がそう言うと、二人揃って首を傾げた。


「ニホン……? 聞いたことがないな。スカーレットは?」

「私もないわね。ここ数年で出来たか、とても遠くにある国なのかしら……」


 二人が顔を見合わせてそんなことを言っているが、それはどちらも検討外れだ。


「いえ、日本はどこにもありませんよ」


 俺がそう言うと、スカーレットさんがキョトンとした顔をしたあと、怒りに顔を歪ませた。


「アンタねえっ!! こっちは真面目に聞いてんのよ! ふざけたこと言ってんじゃないわよっ!!」


 ……あ、そうか。今の言い方だと『自分の出身地は○○です』『○○? 聞いたことが無いわね』『うっそでーす。そんな国はありませーん』っていう風に聞こえてしまうのか。


「すみません。言葉不足でした」

「言葉不足ぅっ!?」

「ええ。確かに日本はありません……この世界には」

「「……?」」


 俺が言った言葉が理解できなかったのか、二人揃って首を傾げた。


 なので、俺はさらに説明をする。


「日本は、この世界……この星? とは別次元にある世界の国の名前です」


 俺がそう言うと、エルロンさんは益々首を傾げたけど、スカーレットさんは突如目を大きく見開き、勢いよく立ち上がった。その衝撃が椅子が倒れたほどだ。


「異次元……異世界……まさか、まさかっ!!」


 そう叫んだスカーレットさんは、どうやら知っていたようだ。


「スカーレットさんはご存じのようですね。そうです、俺は、異世界召喚されてこの世界にやってきたんです」

「異世界召喚?」


 エルロンさんはそれでもピンと来ていないらしいが、スカーレットさんは違った。


 テーブルに付いた手をギリギリと握りしめ、身体も小刻みに震えている。


 これは、かなり怒っている。


「なんてことっ!! あの外法を実行する者がいたなんて!!」

「外法?」


 スカーレットさんの言った『外法』という言葉に、エルロンさんが反応した。


 元騎士と言っていたし、道理から外れたことが嫌いなのだろう。


 さっきまで軽い感じで話していたのに、今は眉間に皺が寄っている。


「スカーレット。俺にはよく分からないのだが、その外法とはどのようなものなのだ?」


 エルロンさんが訊ねると、スカーレットさんも眉間に皺を寄せたまま説明を始めた。


「異次元にあるとされている、この世界とは違う摂理で存在している異世界からこの世界に人間を召喚する魔法よ」

「……異世界? この世界とは違うって……俺たちが認識できないほど遠くの国ってことか?」

「違う。なんて言ったらいいのか……」


 スカーレットはそう言うと、懐から紙とペンを取り出し、そこに二つマルを描き、その一つをペンで指した。


「この世界が私たちの居る世界。この世界には、今私たちがいる森や、かつてアタシやアンタやアナスタシア様がいた国がある」


 そう言いながら、おそらくこの世界の地図と思われるものを描き込んでいく。


「ふんふん」

「そして、こっちの世界にはさっきケーゴが言っていたニホンなんかの国がある」

「……ちょっと待ってくれ。これ、別のマルじゃないか」


 スカーレットさんは段々イライラしてきたようで、徐々に言葉が荒くなってきた。


 そして、この世界の地図が描いてある丸を指しながら説明した。


「だから! この世界のどこを探してもニホンなんて国はないの! 次元の超えた先にあるこっちの世界からこの世界へ、ケーゴは魔法で連れてこられたのよっ!!」


 そこまで言ってようやく全て理解したエルロンさんは、目を見開いて立ち上がり、そして叫んだ。


「はあっ!? 別の世界から連れてきたって、そんなの誘拐じゃないかっ!」

「そうよ! だから『外法』って言ったのよ!」


 なぜか怒鳴り合う二人を、俺はちょっと冷めた目で見ていた。


 自分以上に興奮している人をみると、こっちが冷静になってしまうよね。


 怒鳴り合ってようやく衝撃が治まったのか、エルロンさんは力なく椅子に崩れ落ちた。


「そんな……そんな非道なことをする奴がいるのか……」

「ケーゴの健康状態や身なりを見れば、確かにそれで納得できるのよ。ねえ、ケーゴ。アナタの国では黒髪はどんな扱いだった?」

「黒髪ですか? 日本人はほぼ黒髪でしたね。世界的に見ても珍しくない髪色です」

「……そんな世界じゃ差別なんてありえないか」


 そう言ってスカーレットも倒した椅子を戻し、そこに座った。


 そして、俺に対して頭を下げた。


「さっきは失礼な態度を取ってしまってごめんなさい。アナタの容姿があまりにも異質で、なにかの罠なんじゃないかと疑ってしまったの」

「ああ、そうでしたか。そういう理由ならしかたありませんね。お気になさらず」

「そう? ありがとう。それでね、ケーゴ」

「はい」

「できれば、どういう経緯でこの森に来たのか、それを教えて貰いたいのだけど、いいかしら」


 スカレーットは、さっきまでの睨みを利かせた表情から一変して、俺を気遣うような表情で訊ねてきた。


 俺に対する警戒心は解いて貰えたようなので、俺も素直に応じ、ここに至る経緯を離し始めた。

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