第26話 拉致? 救出?

 夜になり、俺たちは行動を起こした。


 ちなみに、昼間は他の召喚者たちの様子を見てきた。


 意外なことに、中谷、水沢、日吉、野村の四人は、真面目に魔法や剣の訓練を受けていた。


 俺が潜伏していたとき、男は野村以外、訓練より女と一緒にいる時間の方が長かったように記憶していたのだが、今は夜以外女とは一緒にいない。


 この一ヶ月ちょっとで一体どんな心境の変化があったというのだろうか?


 正直、召喚者たちが真面目に訓練を受けているというのは、俺たちに取って脅威にしかならない。


 これは、要報告案件だ。


 とりあえず、召喚者の視察も終わったので、あとは召喚魔法陣の資料と魔法陣自体の破壊。


 そして、戦力外になっているという玲奈の確認だ。


 俺たちはまず、王の執務室に忍び込んだ。


 王の執務室は、流石に地下の召喚部屋とは違い、重要書類が山積みになっているからか、夜になっても見張りの兵士はいなくならなかった。


 鍵も掛かってる。


 なので、俺たちは窓から侵入することにした。


 夜は、どこに影が写っても不審がられないから便利。


 窓からは易々と侵入でき、執務室ないを隈なく探す。


 その際に、ミリーに頼んで遮音の魔法を使ってもらった。


 これも俺とミリーで開発したオリジナルの魔法で、音は空気が振動して音が伝わるので、その振動を風魔法で遮断してもらったのだ。


 この魔法のおかげで心置きなく捜索することができたのだが……王女の部屋と違って、書類が膨大過ぎる。


 とりあえず、決済書類と思われるものは横に置いておき、研究資料と思われるものを探していった。


 王の執務室には色々な報告が上がってくるらしく、それだけでも相当な量になった。


「ここから探すのか……」

「愚痴っていないで、さっさとやりますわよ」

「へーい」


 ミリーと二人で手分けして資料を探す。


 こうして数時間ほど探していると、ミリーが「あ」という声を出した。


「どうした? 見つけた?」

「多分。これだと思いますわ」


 そう言いながらミリーが見せてきたのは、とても古ぼけた羊皮紙。


 そこには、昼間地下で見たのとよく似た魔法陣が描かれていた。


「似てると思うけど、これ?」

「多分……私も完全に覚えているわけではないので、一度確認してみる必要がありますわね」

「一応、他にもないか確認してみよう。まだ残ってたら意味がない」

「分かりましたわ」


 それからまた数時間、書類を漁っていたのだが、さっき見つけた以上の資料は出てこなかった。


「どうやら、この部屋にある資料はこれだけみたいだな。王子の執務室も探してみるか?」

「そうですわね。ですが、相当の国家機密でしょうから、これ以外にあるとは思えませんけど」

「念のためだな。もし予備を別々に保管していたら目も当てられない」


 俺がそう言うと、流石に疲れの見えるミリーが小さく息を吐いた。


「分かりましたわ。今回の目的は、召喚魔法陣を完全にこの世界から無くすこと。一つでも残っていたら意味がありませんものね」

「そういうこと。行くよ」

「分かりましたわ」


 こうして、俺たちは遮音の魔法を解除してから王の執務室を後にし、王子の執務室に向かった。


 結果から言うと、王子の部屋には決済書類以外なにもなかった。


 まだ、それほど重要な書類には関わらせてもらっていないみたい。


 ともあれ、これで召喚魔法陣の元となる資料を入手できた。


 これは一応集落に持って帰ってアナスタシアさんとスカーレットさんに見てもらってから処分する予定だ。


 もしかしたら、送還に関する記述が載っているかもしれないからな。


 王子の執務室から、俺たちは地下の召喚部屋に再び戻ってきた。


 鍵を開け、中に入り、遮音の魔法を使ってもらう。


 まずは、資料と魔法陣を見比べてみる。


 ……うん、この資料が召喚魔法陣の元となった資料で間違いなさそうだ。


「それじゃあ、この魔法陣を削除してしまおうか」


 ミリーに向かってそう言うと、ミリーはコクリと頷き、風の魔法を起動した。


「あ、ちょっと待って」

「……なんですの?」


 いざ魔法陣を壊そうと言う段階で呼び止められ、ミリーは不服そうな顔で俺を見た。


「実は、一つ試してもらいたい魔法があるんだよね」

「ここにきて新しい魔法ですの?」

「ああ。ちょっと待ってよ……」


 俺は闇魔法で影を動かし、それを小さく鋭利な破片にした。


「これを風魔法に混ぜて、この石畳の表面を削ってくれない?」

「なるほど。壊すのではなく、削り取ってしまうのですね」

「そういうこと」

「では、いきますわよ」


 ミリーは俺の意図を汲み取り、風魔法で俺の作った影の破片を巻き込み、石畳の表面を削っていった。


 その際に凄い音がしたけど、遮音の魔法のおかげで部屋の外には音は漏れていない。


 ……本当、俺とミリーのコンビって、潜入とか工作とか暗殺とかにおいてメッチャ相性がいい。


 ミリーは、ものの数分で石畳の表面を削り終わり、さっきまであった召喚魔法陣が、綺麗さっぱり無くなっていた。


 パッと見、突然召喚陣がなくなったように見えるだろう。


「あ、削り取ったゴミは……」

「ここにまとめておきましたわ」

「さすが。気が利くね」

「それほどでもありませんわ」


 表面を削った際に出た石の粉末は、なにも言わなくてもミリーが一か所に集めておいてくれた。


 これで痕跡も残ってない。


 こうして、今回の潜入ミッションである、魔法陣の破壊と、召喚者の現状確認は終了だ。


 あとは……。


「さて、あまり気は乗らないけど、玲奈の様子を見に行くかな」

「気が乗らなくても、召喚者は全て確認しませんと。戦力外になっているのなら、復帰する可能性があるのかないのか、それも確認しませんといけませんわ」

「分かってる。はぁ……じゃあ、行くか」


 こうして、俺たちは玲奈の部屋に向かった。


 玲奈の部屋は、さっき見た王の執務室か? ってくらい厳重に警備されていた。


 扉の前には女性騎士が二人、寝ずの番をして立っている。


 意外な警備の厳重さから、扉からの侵入は諦めて、王たちの執務室と同じように窓から侵入した。


 部屋の中にも女性の使用人が二人椅子に座って待機していた。


 流石に今の時間はド深夜なので、二人ともかなり眠そうでウツラウツラと船を漕いでいる。


 俺はミリーに、あの二人限定で睡眠薬を混ぜた風で眠らせてもらうことにした。


 二人が眠ったのを確認したあと、俺はベッドに目を向けた。


 そこには……ベッドの上で三角座りをして、膝に顔を埋めている玲奈の姿があった。


 あんな体勢で寝ているのか? と不審に思い近寄ってみると、玲奈はブツブツと何かを呟いており、眠っていなかった。


 その姿を見たミリーは、俺にしがみついてきた。


「こ、こわ……」


 ミリーの気持ちはよく分かる。


 正直、今の玲奈はちょっと壊れている。


 それにしても、一体何がどうなればこんなに壊れるのか?


 もしかして、城にいる男に襲われでもしたのかと思ったが、王女の話から原因は俺にあるそうなので、その可能性は排除した。


 とにかく、玲奈と話をしてみないとどうしようもないので、ミリーに遮音の魔法を使ってもらってから、俺は玲奈の座っているベッドに近寄った。


 近寄ると、玲奈がなにを呟いていたのかが分かった。


 ずっと玲奈は「信じなくてごめんなさい」「許して」「嫌わないで」を延々繰り返し呟いていた。


 これは、俺に対する謝罪か?


 もしかして……俺は玲奈に声をかけた。


「……玲奈」


 玲奈は、一瞬ビクッとすると、顔を上げて俺の顔を見た。


 久し振りに見た玲奈は、ずっと泣いていたのか目が真っ赤で、目の下には凄い隈があり、食事を取っていないのか頬が痩けていた。


 そして、真っ白だった髪は、夜だからなのか、灰色に見えた。


 俺の顔を見た玲奈は、一瞬目を大きく見開いたあと、目から滂沱の涙を流し始めた。


「あは……とうとう幻覚と幻聴が聞こえるようになっちゃった……」


 どうやら、俺のことを自分が作り出した幻だと思っているらしい。


「……いや、本人だよ。玲奈、一体どうし……」


 幻ではなく本人だと告げ、理由を聞こうとしたら、突然玲奈が抱きついてきた。


「圭吾! 圭吾! 圭吾! 本物だ! 本物だ! 本物だ!」


 抱きついてきた玲奈は、そう言ったあとしばらく泣き続けた。


 泣いている女を突き放すのは躊躇われたので、俺はしばらく玲奈のしたいようにさせていた。


 しばらく泣いていた玲奈だったが、次は俺に向かって謝罪をし始めた。


「ごめんなさい! 圭吾のこと信じなくてごめんなさい! 私バカだった! あんな嘘に簡単に騙されて! ごめんなさい! ごめんなさい! 大好き! 大好きなの!! 嫌わないで! 嫌わないでよぉ……」


 そう言った玲奈は、また泣き始めた。


 そして、玲奈から謝罪と、大好きだと改めて告白されたのだが……残念ながら、俺の心はあまり動かなかった。


 それより、なぜ今更そのことを認識したのか、それを知ることの方が重要だった。


 また玲奈はしばらく泣いていたのだが、俺がなんのリアクションもしないことに気づいたのか、しゃくり上げながらも泣き止み、俺を見上げてきた。


「圭吾……なんで、なにも言ってくれないの?」

「……なんでって言われてもな。お前に拒絶されたとき、俺の中の何かが消えて無くなっちまったんだよ」


 俺が本心でそう言うと、玲奈の目にまた涙が溢れた。


「いやだぁ……いやだよぉ……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」


 また泣き始めた。


 中々話が聞けない状況に焦れたのか、今まで黙っていたミリーが口を開いた。


「ケーゴ。このままでは埒が開きませんわ。そこの貴女」


 ミリーが声をかけると、玲奈はミリーを見た。


 その目は……ゾッとするほど光を宿してなかった。


「圭吾……その女、誰?」

「俺の仲間」

「なかま……私は受け入れてもらえないのに、あたらしい、おんなの、なかま……」

「今更、なにを言っていますの? 貴女が捨てたのではないですか。それを今更……未練がましいにも程がありますわ」


 その言葉を聞いた玲奈は、カッと目を見開いた。


「アンタになにが分かるのよ!! 私はアイツらに騙されたの!! 被害者なのよ!!」


 それを聞いたミリーは「はっ」と鼻で笑った。


「ケーゴは誤解だと、騙されていると何度も言ったそうではないですか。それを信じなかったくせに、被害者? 言っておきますが、貴女たちの話の中に被害者はたった一人、ケーゴしかおりませんわ!!」


 ミリーが力強く断言すると、玲奈は口を開けたままなにも言えなくなってしまった。


 そして、またハラハラと涙を流し、ごめんなさいを繰り返し始めた。


 それを見たミリーは「はぁ」と小さく溜め息を吐いた。


「ところで、ケーゴが言っても信じなかったその話。どうして今更信じる気になったんですの?」


 ようやくミリーが話の核心に触れてくれた。


 正直、俺はどうしたらいいのか分からなかったから助かった。


 しばらくグズグズ泣いていた玲奈は、俯いたまま話し始めた。


「真紀が……あれは中谷君の……いえ、中谷の作ったフェイク画像だって言ってて……それを聞いた……」

「真紀? ……ああ、水沢か。犯人一味の自白だったから、それが真実だとようやく信じたわけだ」


 俺がどれだけ言っても信じなかったのに、水沢が言っていたことを信じたのは、玲奈にとって俺はあくまで容疑者だったから。


 容疑者の話は聞く耳を持たないけど、真犯人の自白は信憑性があったと、そういうことか。


「……ごめんなさい」

「で? なんでそんな話を聞いたんだ?」

「……真紀が、日吉君と喧嘩してて……その時に勢いで言っちゃったみたいで……それを立ち聞きした……」

「ふーん。そういうことか。これで理由が分かったな」

「そうですわね。では、理由も分かったことですし、そろそろお暇いたしましょうか」

「え?」


 ミリーのお暇発言に、玲奈が驚いた顔をした。


「ケーゴがこのままいなくなれば、貴女はそのまま使い物にならないままでしょう? 私どもにとって、それはとても都合が良いですから」

「! や、やだっ!! 行かないで! 帰らないで!! このままここにいてよ圭吾!!」

「そんなのできるわけないだろ。俺にはもう、帰る場所があるんだ」

「やだっ! やだあっ!!」


 まるで幼児返りしたかのように駄々を捏ねる玲奈。


 俺に抱きついた腕は、召喚者特有の身体能力強化の効果もあって簡単に引き剥がせそうにない。


 どうしようかと考えていると、ミリーが「ふむ」と言ったあと、驚くべき発言をした。


「しょうがありませんわ。ケーゴ、このままレナを攫ってしまいましょう」

「はあっ!?」

「!!」


 ミリーの発言に、俺は驚きの声をあげ、玲奈はそのまま抱きしめる力が強くなった。


「な、なにを考えてんだ?」

「私たちの使命は、召喚者の確認ですわ。レナが戦力外であるならそれで結構。ただし、今の状況……『自ら捨てた恋人の浮気が、実は誰かに騙されていたから落ち込んでいる』という状況は、時間が経てば持ち直してしまう可能性のあるものです。いずれ現場復帰を果たす可能性があるのなら、こちらで攫ってしまうのもアリでしょう。幸い、レナはケーゴから離れたくないようですし」

「!!」


 ミリーが確認するように玲奈を見ると、玲奈はコクコクと高速に首を縦に振っていた。


「召喚者の戦力を削り、あわよくばこちらの戦力にできる。一石二鳥ですわ」

「……」


 ミリーの言いたいことはよく分かる。


 いつか戦力復帰してしまう可能性があるなら、こちらに引き入れてしまった方がリスクは少ない。


 玲奈は俺と離れたがらないし、このまま攫ってもマイルズ王国以外にダメージはない。


「……分かった。玲奈はそれでいいか?」

「う、うん!! 連れて行って!! 圭吾の側にいたい!!」

「それでは、さっさとお暇しましょう。ケーゴ、よろしくお願いしますわ」

「ああ。じゃあ……っと、その前に玲奈の荷物を持って行かないと。玲奈、持っていく荷物、服とか色々出してくれ」

「分かった!」


 玲奈はそう言うと、さっきまで半分死人のようだったとは思えないほど勢いよく動き出した。


 すると当然、しばらくまともに運動していなかったから、グラリとよろけた。


「っと。危ねえな。気をつけろ」

「あ、ご、ごめん。ありがと……」


 フラついた玲奈を抱き留めると、玲奈はなぜかそのまま俺の胸に頭を擦り付けてきた。


「……なにしてんの? 早く荷物の用意して」

「あ、う、うん。ごめん……」


 俺が荷物を整理するように促すと、フラフラしながらクローゼットから着替えや荷物を出してきた。


「えっと、どれだけ持って行っていいの……え? なにそれ?」


 玲奈が出してきた荷物を影収納に入れていると、玲奈が目を丸くして見ていた。


「ん? 影収納って魔法。結構入るから、荷物全部持って行っても大丈夫だぞ」

「そ、そっか。分かった。凄いね、圭吾」


 こうして、部屋の中にあった玲奈の全ての荷物を影収納に入れて、この部屋から出る。


「でも、どうやって出るの?」

「ケーゴ、影に入れてくださいまし」

「あいよ」

「!? え? え?」


 ミリーが影に潜る姿を見た玲奈は、また目を見開いた。


「ほら、玲奈も」

「あ、う、うん」


 玲奈を影に潜らせたあと、俺も影に潜り、玲奈の部屋を脱出した。



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