第27話 女の対決

「そういえばケーゴ、あの使用人たちは起こしますの?」

「いや。そのまま朝まで眠っていてもらおう。その方が玲奈の不在を知られるのが遅くなるし、その頃には俺たちはもう王都から遠く離れたところにいる。追っ手も追いかけられないだろ?」

「ですわね」

「……そういえば、全然気にしてなかったけど、あの使用人たち、圭吾たちが眠らせたの?」

「俺じゃなくてミリー……彼女の魔法だ。俺たちの会話も外に聞こえないように遮断してくれていたのも彼女だ」


 俺は、影を移動させて部屋を出て、王都を移動しながらミリーのことを改めて紹介した。


「改めまして。私はミリアーナ。元は貴族の娘でしたので家名があったのですが、家を捨てましたのでただのミリアーナ。いえ、ミリーと呼んでくださいませ」

「……玲奈。です」


 ちゃんと名乗ったミリーと違い、玲奈はミリーをバリバリに警戒しながら素っ気ない自己紹介をした。


「まあ、そんなに敵意を向けないでくださいませ。心配なさらなくても、ケーゴとは出会ってからまだ数週間。そういう関係ではなくってよ」

「……っていうか、なんで圭吾が貴族令嬢と仲良くなってんの?」

「まあ、成り行きで」


 説明するのが面倒だったのでそう言ったのだが、玲奈は納得せず、頬を膨らませた。


 しかし、そんな顔をされても説明する気が起きなかったので、ミリーに目配せをして説明してもらうように依頼した。


 ミリーは、呆れた目を俺に向け小さく息を吐いた。


 すまんな。


「私、元は隣国の王子の婚約者だったのですが、私からなんでも奪っていく妹にその王子まで奪われ、夜会の最中に婚約破棄されてしまったのです」


 いきなり重い話が飛び出し、流石の玲奈も言葉を失っている。


「あ、悪役令嬢ものの小説……」

「まあ、誰が悪役なのですか。むしろ悪は王子と妹と両親ですわ。それで、王子との婚約破棄は望むところだったのですが、理不尽な冤罪をかけられ、地下牢に収監されたのです」

「……王子、クソすぎじゃない?」

「ええ。とんだクソ野郎ですわ。それで、怒り狂っていたところを、丁度諜報活動に訪れていたケーゴが助け出してくださって、私を匿ってくれたのです」

「……」


 ミリーが話し終わると、玲奈が俺を睨んできた。


 っていうか、今の俺は玲奈の彼氏でもなんでもないんだから、玲奈から睨まれる謂れはない。


 なので無視していたのだが、段々玲奈の目に涙が浮かんできた。


「……絶体絶命のピンチを助けられたんなら、好きになってもおかしくないじゃない……」


 玲奈はそんなことを口にするが、それだって玲奈には関係のない話だろ。


 ミリーもその話は無視するのかと思いきや、なんとその話に乗っかってきた。


「ふふ。確かにそうですわね。ケーゴに助けられなければ、私は一生あの馬鹿王子たちにいいように使われる人生を歩んでいたと思います。それを助けてくれて復讐する機会を作ってくれたケーゴのこと、気にならないわけありませんわ」

「は?」

「や、やっぱり!!」


 ミリーの爆弾発言に、俺は驚きの声をあげ、玲奈は悲壮な声をあげた。


「確かに、ケーゴとはそういう関係にはなっていませんわ。ですが、私がどう思っていようが、貴女には関係ないのではなくて? 元彼女のレナさん?」

「! う、うう……」


 ミリーに煽られた玲奈は悔しげに唸ったが、ミリーの言うことは間違ってはいない。


 誰かのことをどう想おうが、それは当人の勝手だし、それをとやかく言うのはおかしいことだ。


 ……言われた方は、これからどう接していいのか滅茶苦茶悩みますけどね!


「ところで」


 言いたい放題言っていたミリーが、改めて玲奈に向き合った。


「貴女、さっきから文句ばっかり言っておりますが、そもそもそんなことを言える立場ではないことは承知しておりますか?」

「そ、それは……」

「貴女は、ケーゴのことを信じず、一方的に切り捨て、別れを告げ、ケーゴを散々傷付けた存在です。貴女は騙されたと仰りたいでしょうが、ケーゴのことを本当に信じていれば乗り越えられたはずですのよ?」

「……」


 それが正しく真実だから、玲奈は何も言えないで黙り込んだ。


「分かっておりますか? 今、ケーゴに貴女に対する特別な感情がないことが」

「……」

「貴女を攫ったのだって、マイルズ王国から貴女という存在がいなくなれば戦力の低下が見込めるから攫ったのです。ケーゴは、貴女を助けにきた白馬の王子様ではないのですよ」


 ミリーの言っていることは全部本当のことなので否定はできないけど、容赦ねえな……。


 こういうのって、女の方が容赦ねえんだろうか?


「一度壊してしまった関係が元に戻ることはありません。仮に貴女とケーゴが再び恋人同士に戻れたとして、貴女はケーゴに対して常に負い目を感じることになる。違いますか?」

「……それは……」

「貴女はこれから、ケーゴの言うことに逆らえなくなる。疑問を感じてもそれを口にすることができなくなる。そんな関係、本当に恋人同士と言えますか?」

「……」

「悪いことは言いません。レナ。貴女、ケーゴのことは諦めなさいな」


 キツイことをズバズバ言っていたのは、結局これが言いたかったのか。


 でも、確かにミリーの言う通りではあるんだよな。


 別れる前、俺と玲奈は対等だった。


 言いたいことは遠慮せず言い合える仲だった。


 けど、今は玲奈に凄い負い目ができた。


 やっぱり、玲奈には俺のことを諦めてもらった方が……。


「い、いやだっ!!」


 玲奈は影の中で立ち上がって叫んだ。


 え、いやって……。


「あ、あのときは……あのときは勢いに任せて……裏切られたと思って別れちゃったけど、そのあとずっと後悔してた! 一度の浮気くらい、許してあげればよかったって! 今後は私に一途になってくれればいいからって!」


 そう叫んだ玲奈は、荒い息を吐きながらペタンと座り込んだ。


「別れたあと、だんだん気持ちが落ち着いてきて……そしたら、圭吾が側にいないことが寂しくなって……どんなに裏切られても、やっぱり私は圭吾が大好きなんだって気付いて……そしたら、あの事件が起こって……」


 ああ、俺が中谷をブン殴った事件か。


「圭吾が裏切ったくせに、なんで暴力振るうのってカッとなって……もう圭吾の評判はかなり悪くなってたから、これ以上評判を下げるようなことはして欲しくなくて……」

「へえ、そうだったのか。俺はてっきり、新しい彼氏の中谷が殴られたからキレたのかと思った」


 俺がそう言うと、玲奈の顔が真っ青になった。


「ちっ、違うっ!! 私は中谷とは付き合ってない!! 圭吾に……よりにもよって圭吾に裏切られたと思ってたのに、そんなすぐに別の男と付き合えるわけないじゃん!!」

「ふうん」

「……やっぱり、信じてもらえないよね……」

「あのあと、お前らとは一切交流しなかったしな。お前らがどこでなにしてようが、俺が知るわけねえじゃん」

「……そっか。そんなに関心が無くなってたんだ……」


 玲奈は酷く落ち込んだ様子でそう呟いた。


「信じてもらえないとは思うけど……本当に私は中谷とは付き合ってない。散々言い寄られたけど……アイツは軽薄さが滲み出てたし、もし付き合ったらまた同じ目に遭うのが分かり切ってるのに、あんな奴と付き合うなんてできないし、したくない」


 うーん、まあ、玲奈の言い分も理解できるかな。


 誤解とはいえ、男に裏切られたと思い込んでいた玲奈が、すぐ次の男に乗り換えるとは思い辛い。


「私は……私が圭吾を傷つけたのは……信じなかったのは、本当に馬鹿だったし、それで、圭吾の気持ちがなくなっちゃったのは……本当に、ほんとに、つらいけどぉ……あきらめたくない……あきらめたくないよぉ……」


 玲奈はそう言ったあと、ずっと泣き続けた。


 俺は、泣き続ける玲奈にどう声をかけていいのか分からず、ミリーに任せようかと思ったのだが、こういう時に限ってミリーはなにも言わなかった。


 さっき、散々玲奈のこと煽ってたじゃん。


 なんでここで放棄するの?


 ……はぁ、もう、どうしたらいいんだよ。


 その後、泣き止んだ玲奈はあまり喋らなくなった。


 その代わり、俺にベッタリ引っ付くようになった。


 ……別に、玲奈は俺を裏切って浮気をしていたわけじゃないし、寝取られたわけでもない。


 信じてもらえなくて、一方的に切り捨てられただけ。


 ……それも大概だけど、別に触られるのも嫌なほど嫌いになったわけじゃなかったから、引っ付いてくるのを振り解いたりせず、玲奈の好きにさせていたのだが……。


 ミリーもなぜかなにも言わないし、ただただ気まずい時間だけが過ぎていった。


 ……アナスタシアさん、助けて……。


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