第28話 玲奈とアナスタシア

 三日かかって魔女の森に辿り着き、ようやく集落に戻ってきた。


 集落に入ると、以前ミリーを連れて帰ってきたときと同じく、ラルゴさんから声をかけられた。


「お、ケーゴ。また女の子を連れて帰ってきたのか」

「人聞きの悪いことを言わないでください。ちゃんと理由はありますから」

「ほーん」


 ラルゴさんはそう言うと、玲奈のことをジロジロと見た。


 知らない人にジロジロ見られた玲奈は、サッと俺の後ろに隠れる。


 そんな様子を見たラルゴさんは、ニヤニヤしだした。


「いやー、ケーゴはやるねえ。その子、ケーゴのこと完全に信用して身を預けてるじゃないか」

「……そう、ですかね?」

「なんだ? 分かってねえのか?」

「……すみません、これからアナスタシアさんのところに色々と報告しに行かないといけないので、失礼しますね」

「おう。嬢ちゃん」

「! は、はい」


 ラルゴさんは、玲奈が返事をするとニッと笑った。


「俺らの隠れ里にようこそ。なにがあったか知らねえけど、ゆっくりしていきな」

「あ、はい。ありがとうございます」


 玲奈は、ラルゴさんにペコっと頭を下げると、俺に寄り添って歩き始めた。


 ミリーは、そんな俺たちの後ろから黙ってついてきている。


 移動中の影の中で、あんなに玲奈にキツイことを言っていたのは一体なんだったのか? と言いたくなるくらい、ミリーはなにも言わない。


 本当に、一体なにがしたいのか?


 また無言のまま集落の中を進んでいく。


 玲奈は、森の中にこんな規模の集落があったことに驚いたようで、キョロキョロしている。


 そうして集落内を歩き、アナスタシアさんの屋敷に辿り着いた。


「すみません。圭吾です」


 俺がノックをして声をかけると、中から鍵を開ける音がしてミナさんが出迎えてくれた。


 ミナさんは俺とミリーの顔を見たあと、ホッとした顔をした。


「お帰りなさいケーゴさん。帰りが遅いから心配していたんですよ」

「すみません。ちょっと同行者が増えてしまって、急いで帰ることができなかったんです」


 俺がそう言うと、ミナさんは玲奈のことを見た。


「その方が同行者ですか?」

「そうです。そのことも含めてアナスタシアさんに報告があるのですが、いらっしゃいますか?」

「はい。取り次いで参りますので、少々お待ちください」


 ミナさんはそう言うと、二階に上がって行った。


「ねえ、圭吾。アナスタシアさんって?」

「この集落を作った人」

「へえ」


 今は、これ以上の説明はしない。


 厄災の魔女ですとか説明して、初対面で敵対とかしてもらいたくないからな。


 玲奈と少し話していると、ミナさんが二階から降りてきた。


「お待たせしました。お部屋へどうぞ」

「ありがとうございます」


 ミナさんにお礼を言って、俺たちは二階のアナスタシアさんの部屋に行く。


 扉をノックすると返事が聞こえてきたので、扉を開けた。


 中に入ると、アナスタシアさんが駆け寄ってきて、俺をギュッと抱き締めてくれた。


「なっ!?」

「ああ、お帰りなさいケーゴさん。予定よりも遅かったから心配していたのですよ?」


 後ろから玲奈の声が聞こえるけど、まずはアナスタシアさんからの労いのハグの方が先だ。


「ミリーも。無事でなによりです」


 俺から離れたアナスタシアさんは、続いてミリーにもお帰りのハグをした。


「はい。ただいま帰りましたお姉様」


 ミリーも、アナスタシアさんにハグを返す。


 そして二人が離れたあと、アナスタシアさんは玲奈を見付けた。


「あら? この子は?」


 アナスタシアさんにそう言われた玲奈は、ここで初めてアナスタシアさんを正面から見た。


 そして、アングリと口を開けて固まってしまった。


「おい、玲奈」

「はっ! あ、な、なに?」

「なにって……自己紹介しろよ」

「え、あ! そ、そうか。えっと、私は、高木玲奈です」

「タカギレナ……その名は……」


 玲奈の自己紹介を聞いたアナスタシアさんは、ハッと息を呑んだ。


 俺の過去を話した際に、玲奈の名前は出していたからな。


「ええ。俺の、元カノです」

「……い、今は……そうです」


 玲奈はそう言うと、俺の腕にしがみついてきた。


「今は、ですか」


 玲奈の言葉を拾ったアナスタシアさんは、それだけで玲奈の状況を悟ったんだろう。


 眉を下げ、ちょっと困った顔になった。


 しばらく玲奈と視線を交わしていたが、やがてフッと微笑んで自分も名乗った。


「私は、アナスタシアと申します。この集落の代表のようなものをさせていただいていますわ。そして……」


 アナスタシアさんはそこで、一呼吸置いてから言った。


「召喚者である貴女にはこう名乗った方が分かりやすいでしょうね。私は、世間からは『厄災の魔女』と呼ばれています」

「は?」


 アナスタシアさんの言葉が信じられなかったのだろう、一度虚を突かれた声を出して俺を見た。


 俺が頷くと、再度アナスタシアさんを見て……。


「はあぁっ!!??」


 大声で叫んだ。


「え? え? 嘘でしょ? え? こんな優しそうで美人な人が、厄災の魔女? え? 皆で私を騙そうとしてるんじゃなくて?」


 さっき、アナスタシアさんの美しさに玲奈も衝撃を受けていたので、アナスタシアさんが厄災の魔女だと言われても信じられないようだった。


「本当だよ。アナスタシアさんは、本物の厄災の魔女だ」

「し、信じられない……厄災の魔女は、近付く者の命を吸い取るって言われてるのに、そんなこと全然ないし」


 玲奈がそう言うと、アナスタシアさんは苦笑した。


「その噂は色々と誇張されいましてね。本当は……」


 アナスタシアさんは、俺やミリーにもした昔話と、その結果人の寿命を操作することができるようになったことを話した。


「あ、だ、だから、命を吸い取るなんて言われてるんだ……」

「そうですねえ。他人から見れば、人の命を吸い取って寿命を伸ばしているように見えるのでしょうねえ」


 アナスタシアさんは、頬に手を当てて困った顔をした。


「アナスタシアさんは、ここで迫害を受けている黒髪の人や、アナスタシアさんと同じように騙されたり貶められて行き場がなくなった人の保護なんかをしているんだ」

「私は、お姉様と同じ部類ですわね」


 俺とミリーの話を聞いた玲奈は、思いっきり顰めっ面をしていた。


「……また騙された……なにが世界に災いをもたらす厄災の魔女よ……全部嘘じゃない……」


 一度中谷たちに騙されて俺と別れる羽目になった玲奈は、嘘や騙されるということに過敏になってしまっているようだった。


「落ち着いてくださいレナさん。世間の人たちは真実を知らないのです。なにせ、四百年も前の出来事ですからね。皆は、世間で流れている噂が真実だと信じているのです」

「まあ、アナスタシアさんに関することはそうだけど、マイルズ王国の奴らがお前らに言っていたことは、明らかに嘘だけどな」

「……どういうこと?」

「お前ら、厄災の魔女が世界を滅ぼす前に討伐したいって言われてたろ?」

「うん」

「それ、真っ赤な嘘だから」

「は、はあっ!?」

「さっき説明されたろ? アナスタシアさんは寿命を操れる。この集落の人間は寿命以上に長生きしている人が大勢いる。あいつらは、その『不老長寿』が欲しいのさ」

「最っ低! なにが崇高な使命よっ! 全部私利私欲のためじゃない!! そんな……そんな奴らに拉致されたのに、チヤホヤされて調子に乗ってたなんて……私……なにも反省できてないじゃない……」


 あ、なんか思わぬところで玲奈のトラウマを刺激してしまったようだ。


 そんな玲奈を見ていたアナスタシアさんは、しばらくジッと見たあと、俺たちに視線を移した。


「三人とも、そこに座ってください」


 アナスタシアさんは、テーブルに備え付けられている椅子を指し示した。


 俺たちが着席すると、アナスタシアさんは俺たちに向かって聞いた。


「紅茶がいいですか? それともコーヒー?」

「あ、俺はコーヒーで」

「わ、私も……」

「私は紅茶でお願いいたします」

「はい」


 アナスタシアさんは呼び鈴を鳴らしてミナさんを呼び出すと、さっきの注文を伝えた。


 ミナさんが俺たちのコーヒーと紅茶を持ってきてくれて一息ついたあと、アナスタシアさんが改めて口を開いた。


「レナさん」

「え? あ、はい」

「私は、ケーゴさんと貴女の話を聞いています」

「……はい」

「そして、今こうしてここにいらっしゃるということは、ケーゴさんへの誤解は解けたということでよろしいのかしら?」

「……はい。私が……私が信じなかったから……圭吾を傷付けて……」

「そう。レナさんは、そのことを後悔しているのね?」

「……はい」

「それで、真実を知ったとき、貴女はどう思った?」


 アナスタシアさんはそう言ったあと、玲奈を観察するような目付きになった。


 俺は、その二人の様子を、ただ見つめているしかできなかった。


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