第5話 厄災の魔女
◆◆◆
今から四百年ほど昔、とある国の高位貴族の娘としてアナスタシアは生まれた。
生まれたばかりだというのに、将来は必ず美人になることが約束されているかのように美しい顔立ちをした赤ん坊だった。
それに加えて今まで見たことがないほど見事に
治癒魔法が使える聖属性を持った美しい女児。
両親や周囲の者たちは、こぞってアナスタシアを聖女であると褒め称えた。
やがて成長し、アナスタシアは重傷者や重病人まで治癒できる、まさに奇跡とも呼ばれるほどの治癒魔法を使いこなせるようになっていった。
アナスタシアはその力を、庶民にまで分け隔てなく使用した。
庶民たちは、大きな怪我から万病まで治してしまうアナスタシアのことを、聖女として崇めていき、その名声は日に日に高くなっていった。
そのように名を挙げて行った美しきアナスタシアは、当然のように国中の男性から求婚を受けるようになった。
アナスタシアを大事にしていた両親は、その求婚を尽く突っぱねていたが、どうしても断れない筋からの求婚があった。
王家である。
アナスタシアより二つ年上の王子がその美貌を見染め、さらに国王が民衆から絶大な支持を得ているアナスタシアを王子妃に迎えることで王家の威信が増すと考え、是非妃にと国王直々に申し入れをしてきたのだ。
他の貴族ならともかく、王家からの要請を断るのはマズいと判断した両親は、王子の求婚を受け入れアナスタシアは王子の婚約者となった。
王子の婚約者となったアナスタシアは王族となるための教育を受けることになったが、庶民への治癒活動を止めることはなかった。
王家も、庶民への治癒活動こそがアナスタシアの人気を高めていることは承知していたので、問題なく承認された。
しかし、そのことをよく思わない人間もいた。
アナスタシアの婚約者である王子である。
その美貌に惚れ婚約者としたにも関わらず、王城にやってくるのは教育のためだけで、それが終われば市井に下り庶民に治癒活動を行う。
折角婚約者となったのに、アナスタシアとの交流は王城での教育が終わり市井に向かうまでの僅かな時間しかなかった。
王子がアナスタシアに求婚したのは、アナスタシアが美しい娘であったがためで、全く手が出せないこの状況は不本意以外のなにものでもなかった。
普段王子と殆ど交流のないアナスタシアは知らなかったが、王子と交流のある貴族令嬢は、王子が欲求不満を募らせていることをよく承知していた。
そして、そこにつけ込まれた。
令嬢たちは欲求を溜め込んでいる王子に近寄り、それを発散させるように股を開いた。
貴族の令嬢が王子のお手付きになるということは、将来的に側室か愛妾かは分からないが王家に囲われることが約束される。
最初はそのつもりだった令嬢たちだったが、次第に欲が生まれ始める。
正妃に、即ち将来の王妃になりたいと思うようになっていった。
そうなると、アナスタシアが邪魔になってくる。
将来的には正妃を争うライバルになる令嬢たちだが、アナスタシアを正妃の座から引き摺り下ろすという目的のために、一時的に手を組んだ。
アナスタシアは庶民から絶大な人気を誇るが、所詮は庶民の人気。
庶民からの人気がどれほどあろうとも、貴族が悪意を持って手を取り合えばアナスタシアを引き摺り下ろすことなど造作もなかった。
令嬢たちからの要請を受けた生家の貴族は、互いに連携し合いアナスタシアに冤罪をかけた。
その冤罪は、国家反逆罪。
アナスタシアが庶民に治癒魔法を使っているのはカモフラージュのためで、その患者の中に他国の間者が紛れ込んでいる。
そして、アナスタシアはその間者と通じており、妃教育で得た王家の秘密を他国に売り渡している、というものだった。
令嬢たちの企みを知らない王子は、自分を蔑ろにした上に祖国を裏切ったアナスタシアに対して激怒した。
そこからはあっという間だった。
王子はアナスタシアを捕らえ、尋問した。
どれだけ厳しく訊問しても罪を認めないアナスタシアに業を煮やした王子は、見せしめのためにアナスタシアの両親や一族を公開処刑に処すると発表した。
必死に、何かの間違いだと、自分はそんなことをしていないし家族は関係ないと懇願するも聞き入れられず、アナスタシアの目の前で断頭台の露と消えた。
目の前で両親や、まだ幼かった弟や妹まで処刑されたアナスタシアは心が折れた。
尋問官の問いに答えることができなくなったアナスタシアを見て、王子や尋問官は『否定しないのは罪を認めたからである』と断定した。
国家反逆罪が確定したアナスタシアは、民衆の前での公開処刑とされることが決まった。
罪状が確定した時点で広く民衆にも流布された。
それを聞いた民衆の怒りは凄まじかった。
それは、アナスタシアを処刑することに対する怒りではない。
自分たちをカモフラージュにして他国と通じ合っていたという内容に激怒したのだ。
自分たちは、アナスタシアの道具だったのだと思い込んだ。
公開処刑当日、処刑台の前には大勢の民衆が集まった。
集まった民衆はアナスタシアに対してありとあらゆる暴言を吐き、中には石を投げる者まで現れたが、役人たちはそれを一切咎めず放置した。
処刑される前に投石によってボロボロにされたアナスタシアは、今まで親身になって接してきた民衆にまで裏切られたことに、心が折れるだけでなく……キレた。
今まで力の限り尽くしてきたのに、その仕打ちがこれかと。
両親を殺され、まだ幼かった弟や妹まで殺された。
挙げ句の果てに、今まで親身になって治療してきた庶民たちにまで裏切られた。
自分の人生は一体なんだったのかと、そう思ったら心の底から笑えてきた。
アナスタシアは、処刑台の上で狂ったように笑い出した。
あまりに悍しい笑い声に、民衆だけでなくアナスタシアを取り押さえていた兵士や役人、アナスタシアが処刑されるところを見ようと集まっていた王子や令嬢たちまで動きを止めた。
誰もがアナスタシアを呆然と見守る中、アナスタシアに変化が訪れた。
真っ白だった髪が、徐々に真っ黒に変化していったのである。
そして、髪が真っ黒に染まりきったころ、アナスタシアは叫んだ。
「全ての人間に呪いあれ!!」
そう叫んだアナスタシアから溢れ出した黒い魔法は、アナスタシアが持っていた治癒魔法とは真逆のものだった。
生物を治癒するのではなく、死に至らしめる魔法。
その魔法を食らった人間が、次々に息絶えていく。
押さえつけていた兵士、役人、王子、令嬢、貴族、そして、民衆。
民衆は、迫ってくる絶望から逃れようと必死に逃げ出した。
だが、その魔法から逃れることはできず、その国の王都から一瞬にして生きている人間……いや生物はいなくなった。
生きている人間が誰もいなくなった王都から、真っ黒になった髪を靡かせながら悠然と出立していくアナスタシア。
その様子を、本当に偶然アナスタシアの魔法が治まってから王都に入ってきた人物が目撃していた。
黒髪に変貌したアナスタシアが、一瞬にして王都中の人間を死に至らしめたという話は瞬く間に世界中に広まり、アナスタシアは世界中の人間から『厄災の魔女」と呼ばれるようになる。
そして、黒髪の人間は人を死に至らしめる魔法が使えるのだという情報も広まり、黒髪に魔法を使わせてはならないという話になり、そこから黒髪の人間を忌避し迫害する風潮が生まれた。
ちなみに、王都中の人間が死滅したということは王家も滅んだということで、王都外にいて無事だった貴族たちによる王位争奪戦が始まり、それが元でその国はいくつもの小国に分断され滅びた。
アナスタシアは、その後四百年、人間社会と関わることはなく、世にも恐ろしいモノの代名詞となる『厄災の魔女』の名と、黒髪を忌避する風潮だけが世に残ったのである。
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