第4話 アナスタシアとの邂逅

「こっちだ」


 エルロンさんに連れられて辿り着いたのは、集落の一番奥にある、この集落で一番大きな建物。


 この集落の建物は、森の中にあるだけあって全て木造だ。


 城から逃げ出してこの世界の街を見て回ったけど、ほとんどの建物はレンガなどで出来た石造りだったので、ちょっと新鮮。


 その建物の入口に着くと、中からスカレーットさんと誰かが言い争う声が聞こえてきた。


「はぁ……スカレーットの奴、なにしてるんだ」


 エルロンは溜め息を吐きながらそう言ったあと、扉をノックした。


『はい?』

「エルロンだ。至急、アナスタシア様にお目通り願いたい」


 エルロンさんがそう言うと、扉が中から開かれた。


 中から現れたのは、黒髪の女性だった。


 エプロンをしているので、この建物……屋敷のお手伝いさんだろう。


 メイド服じゃないのはちょっと残念だ。


「ようこそエルロンさん。ご用件は……スカレーットが暴れているのと同じ要件ですか?」

「そうだ。その証人も連れてきた」


 エルロンはそう言うと、俺の背を押し、一歩前に押し出した。


「えっと……?」

「あ、俺は黒崎圭吾と言います。圭吾が名前なのでケーゴって呼んでください」

「かしこまりましたケーゴさん。私はミナと言います。どうぞ中へ」

「お邪魔します」


 ミナさんに迎え入れられたので、俺は屋敷の中に入る。


 建物の中は、高級なログハウスといった感じで、落ち着きがある内装をしていた。


 その中にある談話スペースに設置されているソファーに、スカーレットさんが不貞腐れた顔をして座っていた。


「全く、何をしているんだスカーレット」


 エルロンさんが不貞腐れているスカーレットさんにそう言うと、スカーレットさんはバツが悪そうな顔をしながらこちらを向いた。


「だって……早急にお伝えしなくちゃいけないと思ったのよ。わかるでしょ?」

「それは分かるけど、ちゃんと手順を踏まないとダメだろう。いきなり押しかけられたら、アナスタシア様だって驚く」

「……そうね。ごめん」

「それは俺じゃなくて、ミナに言うべきことだな」

「そうね。ミナ、ごめんなさい」


 スカーレットさんから素直に謝られたミナさんは、ちょっと咎めるような顔でスカーレットさんを見た。


「私に対しての謝罪は受け取りましょう。ですが、アナスタシア様の平穏を乱すような行動は見逃せません。次は注意してください」

「う……分かってるわよ」

「それで? エルロンさんまでいらっしゃったということは、本当に至急の用件なんですね?」

「ああ、そうだ。すまないが取り次ぎをお願いできるか?」

「分かりました」


 ミナさんはそう言うと、二階に上がる階段を上って行った。


 そして、少し経って降りてくると、階段に手を向けた。


「お会いになるそうです。どうぞ」


 ミナさんにそう言われると、エルロンさんとスカーレットさんは、無言で頷きそのまま階段を上がっていった。


 そして、階段の途中でこちらを振り返るとちょっと眉を顰めた。


「何やってるんだケーゴ。お前も来るんだよ」

「え? 俺も?」

「お前が来なくてどうする?」


 エルロンさんが呆れながらそう言うので、俺もエルロンさんたちの後を追って階段を上がった。


 二階にはいくつか部屋があり、その中でも一番豪華な造りの扉の前で足を止めた。


 エルロンさんがその扉をノックし「エルロンです」と声をかけると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。


 その声はとても澄んでいて、それだけで声の主が美しい人なんだろうなと想像してしまうような声だった。


「失礼します」


 と、エルロンさんが一声かけてから扉を開け中に入る。


 俺とスカーレットさんもエルロンの後に続いて部屋の中に入ると、部屋の中に設置されている椅子に一人の女性が座っていた。


 その女性は、とても艶々した長い黒髪を持ち、とても整った顔立ちをしていて、椅子に座っていても分かるほど素晴らしいプロポーションをしていた。


 こんな美人に生まれて初めて会った俺は、思わず見惚れてしまい、しばし茫然としてしまった。


 そんな俺のこと一瞥したその女性は訝しげな表情をしたが、すぐにエルロンさんに向き直った。


「なにやら至急の要件があるとか。どうしましたか? エルロン」

「は! 実は、ここにいるケーゴより情報が齎されたのですが、至急アナスタシア様にお伝えしなくてはいけない情報でした」

「まあ。なにかしら?」


 そう言って首を傾げた。


 そんな仕草も可愛い……。


「それが……そういえば聞いていなかった。おいケーゴ、お前が召喚されたのはどこの国だ?」


 首を傾げながらこちらを見ているアナスタシアさんの顔は、信じられないほど整っている。


 いわゆる左右対象で、顔のパーツの配置は黄金比なんじゃないかな?


 髪は真っ黒なのに、まるで澄んだ青空のように青い瞳がコントラストになっていて、それも美しい。


「……おい、ケーゴ」


 こんな人が世の中にはいるんだな……不思議そうな顔でこちらを見ているのもきれい………


「おい! ケーゴ!!」

「はい!? な、なんですか!?」


 急にエルロンさんから大きな声で怒鳴られて、ハッと我に返った。


「お前、ボーッとして、どうしたんだ?」

「え? あ、いや、アナスタシアさんがあまりにも綺麗で、つい見惚れてしまって」

「まあ」


 俺が正直にアナスタシアさんに見惚れていたことを話すと、アナスタシアさんは一瞬驚いた後、コロコロと笑い出した。


「お世辞でもそう言ってもらえて嬉しいわ」

「お世辞なんかじゃありません! 本当に、俺が今まで会った中で一番綺麗です! ……あ」


 アナスタシアさんがお世辞なんて言うから、思わず力説してしまった。


 っていうか、初対面の人に綺麗だのなんだの力説するとか、俺ってこんなチャラついた人間だったっけ?


 と、自分の言動が今更ながらに恥ずかしくなった俺は、顔が赤くなっているのを自覚しながら俯いた。


「まあ、本当にそう思ってくださっているのね。こんな黒髪なのに」


 やっぱり、この世界では黒髪というだけで大きなマイナスポイントなのだろうか。


 どんなに容姿が整っていても、黒髪というだけで忌避されると思っている。


「俺がいた世界では黒髪は普通です。むしろ、そんな美しい髪の人なんて滅多にいないです」


 俺がそう言った後、アナスタシアさんは「ん?」と言った顔をしてエルロンさんを見た。


「話したかったのはその話です。ケーゴ、お前が召喚されたのはどこの国だ?」

「国? えっと、マイルズ王国ってところです」

「ちょっと待ってください」


 俺が応えたところでアナスタシアさんから待ったがかかった。


「召喚? それに、黒髪に対する忌避感の無さ……まさか?」


 そう言ったアナスタシアさんは驚愕に目を見開いている。


「そうです。マイルズ王国は、禁じられた外法を用い、異世界からケーゴたちをこの世界に召喚したのです」


 スカーレットさんは、口にするのも忌々しいとばかりに顔を歪めながらそう言った。


 それはアナスタシアさんも同じなようで、眉を顰めていた。


「なんてこと……」

「それで、その召喚された理由なのですが……」


 エルロンさんは、そこで言い淀んだ。


「理由は、なんですか?」


 言い辛そうにしていたエルロンさんだが、アナスタシアさんに促されてその口を開いた。


「……アナスタシア様の討伐だそうです」

「そんな理由で……」


 異世界から人間を召喚した理由が自分を討伐するためということに、アナスタシアさんは驚くよりも呆れの方が強いみたいだ。


 しかし……。


「あ、あの、とても失礼な質問なんですけど、聞いていいですか?」

「はい、なにかしら?」

「えっと……アナスタシアさんが、その『厄災の魔女』なんでしょうか?」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんは一瞬キョトンとした後、クスクスと笑い始めた。


「ええ、そうね。世間一般にはそう言われているわね」


 その返答を聞いた俺は、驚愕に目を見開いた。


 今目の前にいる深窓の令嬢のような女性が、世界中から恐れられている『厄災の魔女』だなんてとても信じられない。


 それに……。


「で、でも、俺が城で情報収集していたとき、厄災の魔女が生まれたのは数百年前の出来事だったって聞きましたけど……」


 目の前にいるアナスタシアさんは、どう見ても二十代前半。


 いや、十代後半だと言われても違和感がない。


 それなのに、この人が数百年前に生まれた厄災の魔女本人?


 とても信じられないと部屋にいる皆の顔を見回すが、エルロンさんとスカーレットさんは苦笑し、アナスタシアさんはまだクスクスと笑っている。


「異世界からきたケーゴさんには信じられない話でしょうね。いいわ、私が直接お話ししてあげましょう」


 アナスタシアさんはそう言うと、自らの過去を話し始めた。

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