第6話 二人の事情
「というわけで、今の世の中で黒髪が迫害されているのは私のせいなのです」
自分の昔語りを終えたアナスタシアさんは、そう言って悲しそうな顔をした。
「せめてもの償いとして、私は迫害されている黒髪の人たちを救おうと思い、手の届く範囲ではありますが、虐げられている黒髪の人を見つけると、この集落で保護しているのです」
そういえば、ここに来るまでに集落に住んでいる人を見たが、確かに黒髪の人が多かった。
けど、それ以外の人もいた。
今一緒にいるエルロンさんやスカーレットさんもそうだ。
「あの、この集落には黒髪以外の人もいますよね? その人たちは?」
その疑問に答えてくれたのはエルロンさんだった。
「アナスタシア様がこの集落に黒髪の者たちを保護し始めて数百年経つ。その間に黒髪の者同士で夫婦になり子供が生まれる。その子供が黒髪じゃなくても不思議じゃないだろう? 髪色は遺伝ではなく、ただの得意属性なのだから」
「ああ、なるほど。ということは、エルロンさんとスカーレットさんもこの集落出身なんですね」
エルロンさんの説明に納得した俺は、二人の出自についても納得した。
のだが、二人はなぜか首を横に振った。
「いや、俺たちは別の国出身でこの集落に移住したんだ」
「え? 黒髪じゃないのに、なんで?」
この集落は、黒髪の人のセーフティーネットなんだと思っていたけど、違うのだろうか?
俺の疑問に対しては、今度はスカーレットさんが答えてくれた。
「確かに、この集落は黒髪の人たちの避難所ではあるけれど、それ以外の目的もあるの」
「それ以外の目的?」
「ええ。さっき、アナスタシア様が、罠に嵌められ、貶められ、裏切られたと話をしたでしょう? アナスタシア様はそういう目に合った人たちの救済もしているの」
「え。ということは……」
スカーレットさんの話を聞いた俺は、改めてエルロンさんとスカーレットさんを見た。
すると、エルロンさんは全く陰鬱な様子を見せずに言った。
「俺は元騎士だって言ったろ? 俺はある国で次期騎士団長確実と言われていて、仲の良かった幼馴染みの婚約者もいたんだが、その両方を妬んだ同僚に嵌められてな、冤罪を掛けられて騎士団を除名された挙句に婚約者まで奪われちまった」
「え、あ、そ……すか」
お、重い!
そんな重い話を、世間話みたいに話さないでほしいよ!
「まあ、そんときに俺もアナスタシア様みたいに人間に絶望してな、アナスタシア様ほどとはいかないけど、俺の髪色も変質しちまった」
「え、じゃあ、元の髪色はなんだったんですか?」
「元々俺の髪色は空の色のような澄んだ青色だったんだが、今はこんな紺色になった」
へえ、確かに空色よりは暗い色だな。
「そしたら、今まで使っていた水魔法が別の進化をしてな」
「別の進化?」
「おう。水を生み出すんじゃなくて、水を奪う魔法が使えるようになった」
「へえ」
「その魔法を、貶めた同僚や、冤罪と見抜けず俺を排斥した騎士団長や、俺を信じずに裏切った元婚約者に使ったら……」
「……使ったら?」
俺が鸚鵡返しに訊ねると、エルロンさんは悪びれずに言った。
「全員、身体中の水分が無くなってカラカラのミイラになっちまった」
「ひっ……」
「お陰で国から指名手配されちまってなあ。あちこち逃げ回っているときにここの噂を聞いて、アナスタシア様に保護していただいたというわけさ」
いや、だから、そんな話をそんな軽く言わないで欲しい。
「アタシは、またちょっと違う感じね」
エルロンさんの激重話しなど意にも介さないのか、スカーレットさんも自分語りを始めた。
「エルロンは騎士団に所属していたと言っていたけれど、この世界の軍って、どこの国も大抵騎士団と魔法兵団で組織されてるの。で、私はエルロンとはまた別の国の魔法兵団に所属していたのね」
「はい」
「当時、私は隣国との国境付近に配属されていたの。そこでは隣国との小競り合いなんて日常茶飯事でね、その日も国境付近で小競り合いが起こったんだけど……」
そこでスカーレットさんの顔が曇った。
これは、また重い話をされる流れか?
「隣国の挑発に乗ってしまった同僚が、有無を言わさず隣国の兵に魔法を撃っちゃってね。それが切っ掛けで、小競り合いじゃなくて戦争が始まってしまったの」
「うわ……」
「突発的に戦端が開いちゃったもんだから、双方グダグダでね。泥沼化しそうだったから両国の上層部が話し合いの場を設けて、お互いの傷が浅いうちに終結させようってことになったの」
戦争のことについてはよく分からないけど、そんな簡単に矛を収めたりできるもんなんだな。
「戦争を終わらせること自体は双方問題なかったんだけど、隣国は最初に魔法を放った兵士を出頭させろって譲らなくて、それで犯人探しをしたんだけど……」
これは、流石にもう分かったぞ。
「なんでか、私が犯人ってことにされてしまったの」
ああ、やっぱり。冤罪をかけられたんだ。
「おかしいのよ。誰かが魔法を撃ったとき、私の近くに人がいたはずなのに、その人たちまで私が犯人だって言い出したの」
「それって……軍ぐるみで隠蔽をしようとしたってことですか?」
「どうやらそうみたいね。おそらく、貴族の子弟がやったんでしょ。それで、そいつを出頭させるわけにはいかないから、代わりに庶民の私を差し出した」
……なんだろう。
この世界、クズばっかりなような気がする……。
「私は、抵抗したんだけど数には勝てなくて……捕まって隣国に引き渡された。今でも覚えてるわ。引き渡される瞬間の自国の兵士と隣国の兵士の顔。自国の兵士は、面倒な案件が片付いたという安堵の表情。隣国の兵士は、引き渡されたのが女だったから……これから凌辱できることに対する愉悦の表情。この世であれほど醜い顔はみたことなかったわ」
「……それで、どうなったんですか?」
「両国の兵士の顔を見た瞬間にドス黒い感情に支配されちゃってね。こいつらは、私のことを人間じゃなく道具としか見ていないんだって実感した。なら、私もアンタたちを人間とは見ない。喋る獣だと思うって考えた。そしたら、私も髪色が変わったわ」
「ということは、スカーレットさんの元の髪色はもっと明るかった?」
俺がそう言うと、スカーレットさんはニヤッと笑った。
「そう。さすがにもう気付くよね。私も髪色が今の暗い赤になった。そして、エルロンと同じように新しい魔法に目覚めた」
「えっと、赤い髪ってことは火属性ですよね。それの新しい魔法?」
なんだろう? 火じゃなくて炎とか?
「火の反対ね。熱いんじゃなくて冷たい。冷却の魔法が使えるようになった」
「逆ってそっちか!」
温度!?
「もう、自分が死んでもいいって思って魔力全開にしたら……辺り一面が凍土と化して、人間は、自国隣国問わずに氷柱になった」
「う、わ」
「そこからはエルロンと同じ。自国と隣国の両方から指名手配されて。あちこち逃げ回ってここに辿り着いたの」
はぁ……エルロンさんもスカーレットさんも、人生経験が重すぎでしょ。
「……ということは、お二人とも追われる身なんですか?」
俺が気になってそう訊ねると、二人は一瞬顔を見合わせた後、二人揃って首を傾げた。
「いや、なんでそんな不思議そうな顔をしているんですか?」
「だって」
「ねえ」
二人はまた顔を見合わせた後、衝撃的なことを言い放った。
「俺のは二百年くらい前の話だし、さすがにもう指名手配は取り下げられてるんじゃないか?」
「私も、百五十年くらい前だから」
「え?」
二百年前に百五十年前!?
あ、そういえば、さっきアナスタシアさんの話が終わったときにも聞こうと思っていたことがあったんだ!
「アナスタシアさんは四百年前で、エルロンさんは二百年前、そしてスカーレットさんも百五十年前……ですか。それなのに、なんでまだそんな若々しい姿で生きていられるんですか? この世界の人間は、寿命が長いんですか?」
ここは異世界だ、人間の寿命が地球と違っていてもおかしくない。
なのでそう訊ねたのだけど……。
「うーん。ケーゴの世界の人間の寿命がどれくらいかは知らないけど、こっちの世界の人間は、八十歳まで生きれば長生きだな」
人間の寿命は地球とあんまり変わらなかった。
「地球は百歳まで生きる人も珍しくはなくなりましたけど、平均はあまり変わらない感じですね。だとしたら余計不思議です。なぜ三人とも、まだ生きているんですか? しかも、そんなに若々しい姿で」
三人とも、二十代前半の容姿をしている。
意味が分からない。
するとエルロンさんとスカーレットさんは、揃ってアナスタシアさんを見た。
二人の視線を追い、アナスタシアさんを見ると、ニコッと微笑んだ。
「それは私の魔法のせいですね。今の私は、傷や病気だけでなく、人の寿命も治すことができるようになったのです」
そうか。
アナスタシアさんの力だったのか。
………
って!
「寿命を治すうっ!?」
俺は、思わず叫んでしまった。
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