第22話 お姉様と呼ばせて
カクカクしているミリーを引き連れて、俺はアナスタシアさんの部屋の前に辿り着く。
そして、ミリーが覚悟を決める前に、ドアをノックした。
「!? ちょっ! まだ覚悟が……」
『はい』
「ケーゴです」
『どうぞ』
「失礼します」
アナスタシアさんの承認が出たのでドアを開けた。
ミリーにも部屋に入るように促そうと思って振り返ると、アングリを口を開けて手を俺に向かって差し出していた。
止めようと思ったんだろうけど、アナスタシアさんを待たせるわけにはいかない。
ちょうど手を差し伸べているので、その手を取って部屋に入った。
部屋では、アナスタシアさんが立ったまま俺を出迎えてくれた。
「お帰りなさい、ケーゴさん。昨日出発してもう任務完了して帰ってくるなんて、素晴らしい速さですね」
アナスタシアさんはニコニコしながら俺を褒めてくれた。
「ありがとうございます」
「それで……えっと、そちらの女性は?」
アナスタシアさんの視線がミリーに向いた。
世間から厄災の魔女と呼ばれ恐れられているアナスタシアさんに見られたミリーは、繋いでいた俺の手を振り解き、スカートの両端を持って、さっきミナさんに見せたものより深々と頭と腰を下げた。
「お、お、御目通り願いまして、恐悦至極に存じます! フィーダから参りました、ミリアーナと申しましゅ!!」
……どもった上に噛んだ。
深々と頭を下げた状態で固まったミリーが、プルプル震えているのがわかる。
それが羞恥によるものなのか、恐怖によるものなのかは分からないけど……。
そんなミリーを見て、アナスタシアさんは最初キョトンとした顔をしていたけど、徐々に顔に笑みを浮かべ、優しくミリーに語りかけた。
「ミリアーナさん、お顔を上げてください」
「は! はい!」
ミリーは、アナスタシアさんの言葉を受け、ゆっくりと優雅に頭を上げ、姿勢を正した。
その顔は、やっぱりさっきの挨拶で噛んだことが恥ずかしいのか真っ赤になって俯いている。
そして、やはりアナスタシアさんが恐ろしいのか、小刻みに震えている。
俯いているのは、羞恥もあるけど恐怖でアナスタシアさんが見れないのかもしれない。
そんなミリーを見ても、アナスタシアさんは微笑みを崩さない。
やがてアナスタシアさんは、ミリーに語りかけた。
「私が恐ろしいですか?」
「!?」
アナスタシアさんの言葉を聞いて、ミリーは反射的に俯いていた顔をあげた。
「あ……」
恐怖のあまりずっとアナスタシアさんを見ることを避けていたミリーが、ようやくアナスタシアさんを見た。
「うーん。私、まだ怖いことなにもしてないんですけど、まだ怖いですか?」
「あ、い、いえ……」
アナスタシアさんの言う通り、ミリーがここにきてからアナスタシアさんはなにもしていない。
ミリーが恐れているのは厄災の魔女の噂であって、アナスタシアさん本人ではない。
優しく微笑んでいるアナスタシアさんを見たミリーは、ようやく自分がとても失礼な態度を取っていたことに気付いたのか、オロオロし始めた。
「あ、わ、私……す、すみませ……」
「まあ、世間に流れている私の話を聞いて育っていれば、怖がるのも無理はありませんけどね」
アナスタシアさんはそう言うと「はぁ」と小さく息を吐いた。
「近寄る者すべての命を奪う厄災の魔女、でしたっけ? 異常者じゃないんですから、そんなことするわけないじゃないですか」
そう言って頬をプクッと膨らませるアナスタシアさんは、とても可愛らしかった。
「ミリー、俺は言ったよね? アナスタシアさんは世間で言われているような人じゃないって。優しい人だって」
「あ……」
「あらあら、ケーゴさんたら、そんなこと言っていたの?」
「ええ。俺はアナスタシアさんに心を救われましたし、今も庇護下にいると思っています。そんな人が勘違いされて、いい気分はしませんよ」
「まあ」
アナスタシアさんはそう言うとクスクス笑い出した。
そんなアナスタシアさんを、ミリーは呆然とした顔で見ていた。
「え、ほ、本当なんだ……」
「ミリー、アナスタシアさんは、怖い人どころか自分が黒髪迫害の原因を作ってしまったことに心を痛めて、積極的に黒髪保護をしているような人だよ?」
「あ……黒髪迫害の原因になったことは本当なんだ……」
「ええ……今迫害に遭っている人たちには、本当に申し訳ないことをしましたわ……」
本当は、アナスタシアさんにはもう自分で自分を責めるのは止めてもいいんじゃないかと言いたい。けど、実際にまだ世間では黒髪は迫害されている。
そんな状況でこんな慰めの言葉は届かないと思う。
あと何百年続くかは分からないけど、アナスタシアさんの気が済むまでやらしてあげた方がいいと、そう思っている。
「あ、あの、聞いてもいいですか?」
アナスタシアさんの贖罪について考えていると、ミリーがおずおずとアナスタシアさんに質問をした。
ちょっとは恐怖心が和らいだのかな?
「はい。なんでも聞いてください」
「では。その……どうしてアナスタシア様は歳を取っていらっしゃらないのですか?」
ミリーがした質問は、俺もした質問だった。
「そうだったんですか……白髪から黒髪に変わった時にそんな魔法が……」
「そうなんです。どうも髪色が変質すると、元の魔法とは違う魔法が使えるようなのです。私は、人を癒す治癒の他に寿命に干渉できるようになりました」
「……確かに、私も今までと違う魔法が使えるようになりました」
ミリーが自分の髪をいじりながらそう言った。
「そういえば、ミリアーナさんの髪は深緑色ですね。もしかして髪色の変質が?」
「……はい」
ミリーは、あの時のことを思い出しているんだろう。
とても苦々しい顔をしていた。
「……髪色の変質は、全てに絶望した時に起こりやすいようです。ミリアーナさんになにがあったのか、お伺いしてもよろしいですか?」
「はい……」
こうしてミリーは、王城での出来事を話し出した。
全てを話し終えたミリーは、小さく息を吐いた。
思い出すのも腹立たしい内容だろうから、怒りを抑えるのに疲れたんだろうな。
「そうですか……王子の婚約者……」
アナスタシアさんはそう言うと、ミリーに近付いてその両手を強く握った。
「分かります! すっごくよく分かります!! 面倒臭いですよね! 何様だって思いますよね!!」
「え? え?」
珍しく……いや、ついこの間も見たな。アナスタシアさんが興奮している様子に、ミリーは困惑し、俺に助けを求めてきた。
「あー、アナスタシアさんも元王子の婚約者だったんだよ。詳しい話は本人から聞いて」
「もちろんお話しいたします!」
アナスタシアさんは、俺にも話してくれた、厄災の魔女誕生話を語った。
「う……ぐすっ……そんな、酷い……なんでそんな酷い仕打ちができるんですか……」
話を聞いたミリーは、涙をボロボロこぼしていた。
二人とも元王子の婚約者だったし、共に王子に貶められたし、共感できる部分が多かったのだろう。
話を聞き終えたミリーには、もうアナスタシアさんを恐れる様子は見られなかった。
「アナスタシア様!! いえ、お姉様と呼ばせてくださいませ!! お姉様はなにも悪くないではありませんか!! 自分を裏切った人間に復讐したいと思うのは人間の本質! 私だって、私を貶めた王子と妹には復讐してやりましたわ!!」
……いつの間にか、呼び名がお姉様になっていた。
まあ、高位貴族の令嬢としても王子の婚約者としても大先輩だからな。
間違ってはいない。
「ふふ。ありがとうミリー。それで、つい話し込んでしまいましたけど、ケーゴさんがミリーを助けたのが、潜入していたパーティーだったのですよね? 情報収集の方はどうなりました?」
アナスタシアさんの方もミリー呼びになっている……。
ま、まあ、仲良くなったのはいいこと……なのかな?
「あ、えっと。ミリーにも確認したんですけど、俺が異世界人召喚で呼び出されたことを凄く驚いていました。俺がパーティーに集まっている貴族たちの会話を聞いた内容も含めて、フィーダは異世界人召喚を知らないしマイルズから援軍要請も受けていないようです」
俺がそう言うと、アナスタシアさんはホッとした顔をした。
「では、フィーダの方は問題ありませんね」
「ええ。むしろ、これから国が割れるかもしれません。他国の援軍要請なんか受けている場合ではなくなるのでは?」
「でしょうね。ふんっ。ざまあみなさい」
祖国が混乱に陥るのが嬉しいのか、ミリーが凄く勝ち誇った顔をしている。
あ、そういえば、アナスタシアさんに聞きたいことがあったんだ。
「アナスタシアさん、俺からも聞いていいですか?」
「はい。どうぞ」
「帰ってくる途中でミリーから聞いたんですけど、今の時代に異世界召喚ってあまり知られていないんですか?」
ミリーは、異世界召喚は御伽話だと言っていた。
だが、アナスタシアさんやスカーレットさんは知っていた。
ここの違いは、約百五十年と言う年月。
そこに鍵があるのでは? と思っている。
質問されたアナスタシアさんは「うーん」と顎に手を当てて考えている。
「私の時代には時々あったのですが……その当時からやり口が誘拐と同様だったので批判は凄くあったのです。ですが、今の時代に伝わっていない理由までは……スカーレットに聞いてみましょうか?」
アナスタシアさんはそう言うと、テーブルの上にあったベルを鳴らした。
しばらくするとミナさんが現れ、スカーレットさんを呼ぶように言付けた。
やがて現れたスカーレットさんは、俺たちの説明を聞くと「ああ」と言って話し始めた。
「異世界人召喚は実際のところ誘拐だっていうのは昔から言われてたの。だから、召喚した人を凄く好遇して不満を持たせないようにしてたんだけど……昔、召喚されたあとに好遇されて国に不満を持っていない……ように見せかけていた召喚者がいたの」
そこまで話したスカーレットさんは、遠い目をした。
「無理やりこの世界に召喚されたことを、その人は最後まで納得しなかった。怒りが収まらなかった。自分に力を与えるように好遇してきているのを利用して十分に力を蓄えたその人は……ある日反乱を起こしたの」
おお、やるな、昔の召喚者。
「それはもう凄かったわ。その国の王城は跡形もなく消し飛んで、異世界人召喚に必要な魔法陣は粉々に砕かれた。そして、自分のあとに召喚される不幸な人間をなくすって言って、世界中の国を回って、召喚魔法陣を壊して回ったの」
「え、凄かったって。スカーレットさん、見たんですか?」
「ええ。ちょうど私が魔法兵団に所属してた頃だったもの。私が貶められた時に揉めたのとはまた別の隣国での出来事でね……今思い出しても震えが来るわ」
スカーレットさんはそう言うと、ブルっと震え、二の腕を両手で摩った。
「そんな力を見せつけられたんだもの、各国は素直に応じたわ。その結果、この世界から召喚魔法陣は無くなった……はずだった」
「もしかして……マイルズは隠し通した?」
「そうかもしれないし、もしかしたらどこかで新しい召喚魔法陣を見つけたのかもしれない。今は召喚したばかりだから次の召喚は行われないと思うけど、早めに対処した方がいいかもしれないわね……」
話し終えたスカーレットさんは、そう言ってアナスタシアさんを見た。
それを受けたアナスタシアさんは、少し考えたあと、俺を見た。
「ケーゴさん。続けての依頼になって申し訳ないのですが……」
「マイルズの召喚魔法陣の破壊、ですね?」
俺がそう言うと、アナスタシアさんは申し訳なさそうな顔をした。
「今すぐでなくていいです。十分な休息を取って、それからで構いません。マイルズはケーゴさんにとってはあまり戻りたくない場所だとは思いますが……」
俺はマイルズ王国から追い出された身だから、そのことを心配してくれている。
けど……。
「大丈夫ですよ。俺は王城に一ヶ月潜伏していたんです。王城の地図も、召喚された場所も覚えています。俺が一番適任ですよ」
それは間違いない事実。
正直、あの王城にはいくらでも潜伏していられそうだ。
そう自信を持って言ったのだけど、アナスタシアさんはそれでも頭を下げた。
「それでもです。潜伏するのに問題なくても、ケーゴさんの心に負担がかかるかもしれません。もし辛かったら、遠慮なく言ってください。我慢はダメですよ?」
「あ、はは……」
俺が日本での出来事をため込んだ結果、アナスタシアさんの前で号泣してしまったからなあ。
どうしても心配なんだろう。
実際、再びマイルズに戻って、アイツらを見て、俺の心がどうなるのかそれは分からない。
けど、行かなくちゃいけない。
今後、再び召喚される人が現れないように。
そして、今のアイツらがどれくらいの戦力になっているのかも確認する必要がある。
こうして俺のマイルズへの再潜伏が決まったのだが、ここで思わぬ声があがった。
「あの、その任務。私も同行していいでしょうか?」
そう声をあげたのは、ミリーだった。
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