第21話 ミリー、集落に入る

 夜の未開拓地を影移動で走り、魔女の森の近くまでやってきた。


 まだ夜が明ける前だったので日が昇るまで森の近くで待機することにした。


 ただジッと座っていても暇なので、色々と雑談をしていたのだが、話の流れで身の上話になった。


 ミリーは、幼い頃から我が儘な妹にあれやこれやと自分の物を強請られ、拒否すると両親に妹を虐めるなと怒られてきたそうだ。


 いつかは両親も自分を見てくれると信じていたらしいが、結局そうはならなかったらしい。


 あー、ズルい妹ってやつかあ。


 まあ、親が下の子に甘くて、上の子に我慢を強いる話っていうのは、地球でもあった話だし、珍しくはないのか。


 婚約者については、言われなくても分かった。


 あれだけ考えの足りない王子の婚約者とか、悲劇でしかないだろ。


 婚約者を取られたと言うと悲劇っぽいけど、ミリーからしてみれば清々したんだろうな。


 それで、自分のことは話したから次は貴方よ、と言われ、日本で起こったことを話した。


 俺の話を最後まで聞いたミリーは、とても悲しそうな表情になった。


 ミリーたちと違い、俺たちが本当に好き合っていた恋人同士だったから、それが誤解から破局してしまったことを可哀想に思ったんだろう。


 俺としては、もう一年も前の話だし、アナスタシアさんたちの前で号泣してしまってから大分スッキリしているので、今までのように心にシコリが残っているようなことはない。


 ミリーにはそう言ったんだけど、ミリーはなぜか難しい顔をしていた。


「ねえ、本当にその人のこと、好きじゃなくなってしまったの? 嫌いになってしまったの?」


 そう問いかけてくるミリーの言葉に、俺は即答できなかった。


「どう、かな? もう、前みたいな恋愛感情がないのは事実だよ。アイツは俺を信じなかった。出会って十年以上も付き合いがある俺より、出会って数ヶ月の奴を信用して俺を捨てた。そう思ったら、なんか急に熱が冷めていく感覚がしたんだ」

「それって、好きでは無くなったけど嫌いにはなってないってことですの?」

「んー? そうなのか? 俺のことを信用しないで切り捨てられたけど、浮気をして俺を騙してた訳じゃないから、嫌いになったり憎んだりはしてないかも」

「じゃあ、関心が無くなってしまったのですね」

「ああ、その表現がピッタリくるかも」

「そうですか……」


 ミリーはそう言うと、切なそうな顔をして地面を見た。


「男女関係は難しいんですのね。私は完全な政略による婚約でしたから、そういう経験はありませんの」

「そっか」

「それに、この世界でしたら、その元彼女さんもそこまで怒らなかったかもしれませんわね。なにせ、一夫多妻が認められていますから」

「まあ、制度としてはそうなんだろうけど。一夫一婦制が常識だった世界の人間からすると、本命以外に相手を作ることは、どうしても浮気って認識してしまうと思うよ」

「そういうものですか」

「そういうものだと思う」


 そんな答えの出ない話をつらつらとしていると、徐々に夜が明けてきた。


 そろそろ集落の人間も起き出してくる頃かと思い、立ち上がって出発の準備をした。


 しかし、ミリーが中々立ち上がらない。


「どうした? ミリー」


 俺が声をかけると、ミリーはウロウロと視線を泳がせた。


「い、今から魔女の森に入るのですわよね?」

「そうだよ?」

「……」


 ミリーは目を瞑って深呼吸すると、意を決した顔をして立ち上がった。


「よし! 行きましょう!」

「そんな気合い入れなくても大丈夫だって」


 気合い十分のミリーにそう言うと、ミリーは頬を膨らませて睨んできた。


「いくら言葉で説明されても、怖いものは怖いのです!」

「あ、そう」

「さあ! 行きますわよ!」


 今を逃すと、恐怖で動けなくなると思っているのか、ミリーはズンズンと森へ向かって行く。


 いよいよ森に入ると、今までの勢いはどこに行ったのか、俺の腕にしがみつき、おっかなビックリ足を進めて行った。


「ふ、ふふ、怖くない、怖くない、怖い魔女なんていない……」


 ずっとそんなことをブツブツ言っているミリー。


 俺がなにを言っても聞いてはもらえないだろうから、そんな彼女のことは見守るだけに留めた。


 そして、森の中の藪を通った瞬間。


「!!??」


 突然森が開け、集落が現れた。


「な、なっ!?」

「ようこそ、魔女の森の隠れ里へ」


 俺は、エルロンさんが俺にしたような感じでミリーに隠れ里を紹介した。


 今まで影も形もなかったのに、突然目の前に大きな集落が現れたことに、ミリーは驚きを隠せない様子で、口をあんぐりと開けていた。


「とりあえず、帰還の報告をしないといけないから、アナスタシアさんの屋敷まで行くよ」

「!! わ、わかりましたわ……」


 さっきまで驚愕していたミリーだが、アナスタシアさんの屋敷に行くと行った途端真っ青になり、顔が引きつった。


 まあ、俺があれこれ言うより、本人と直接会ってもらった方が誤解も解けるだろうと、中々足を踏み出そうとしないミリーの手を引いて集落に入った。


 予想通り、集落ではすでに働き出している人たちがいて、その人たちに俺たちは見つかった。


「お? ケーゴじゃねえか! もう帰ってきたのか?」


 声をかけてきたのは、諜報部隊員になる予定のラルゴさんという黒髪の男性だ。


 ラルゴさんは、この集落の初期からいる住民だそうで、年齢は三百五十歳をこえている。


 正確には覚えてないらしい。


「はい。ただいま帰りました」


 俺がラルゴさんに挨拶をすると、ラルゴさんは感心したように「ほう」と言った。


「途中で引き返してきた……訳じゃなさそうだな」


 ラルゴさんは、俺が手を引いているミリーを見て小さく頷いた。


「今からアナスタシア様のところか?」

「ええ。今から報告です」

「そうか。あ、今日は闇魔法の訓練するのか?」

「すみません。一睡もしてないので、今日は寝かせてください」

「分かった。じゃあ、皆にも言っとくわ」

「お願いします」

「おうよ」


 ラルゴさんとの会話が終わって、ミリーの案内を再開した。


 ミリーの手を引いて行くとき、ラルゴさんがニヤニヤと俺たちのことを見ていたことに気付かなかった。


 こうして集落の人に挨拶をしながら歩いているとアナスタシアさんの屋敷にたどり着いた。


 アナスタシアさんの屋敷は、この集落で一番大きい建物だし、裏に大きな木があるので分かりやすい。


 そして、ミリーの顔も真っ青を通り越して真っ白になってきている。


 緊張するのはもう少しだけだから、今は我慢しておくれと、心の中で詫びながらドアノッカーを鳴らす。


「ケーゴです。ただいま帰りました」


 扉に向かってそう言うと、中からドタバタという音が聞こえ、ミナさんが扉を開けてくれた。


「ケーゴ様!? 昨日出立なされたばかりではありませんか! なにかトラブルでもありましたか!?」


 慌てた様子で出てきたミナさんは、俺が怪我をしていると思ったのか身体中を触診してきた。


「ミナさん、落ち着いてください。途中で引き返してませんし、ちゃんと任務完了してきましたよ」


 俺がそう言うと、ミナさんは目を見開いた。


「影移動使いましたから。俺がフィーダで活動していたのは、こちらのミリーが証人です」


 俺がミリーを紹介すると、ミリーは着ていたドレスのスカートをつまみ、綺麗な礼をした。


「ミリアーナと申します。以後お見知り置きを」


 さすが元王子の婚約者なだけあって礼が綺麗だ。


 そんな礼を受けたみなさんは、一瞬ポカンとしたあと、我に返って両手をお腹の前で揃え、頭を下げた。


「ようこそおいでくださいましたミリアーナ様。私、この屋敷の使用人のミナと申します」

「ミナさんですね。これからよろしくお願いいたしますわ」


 ミリーが「これからお願いします」と言ったものだから、ミナさんは首を傾げながら俺を見た。


「ミリーは、フィーダで酷い目に遭っていたから救出したんです。それで、俺たちにとって十分力になると思ったのでスカウトしてきました」

「……任務一回目からスカウトですか……」

「あれ? マズかったですか?」

「いえ。そんな偶然があるのだなと、感心しておりました」

「そうですか。あ、それで、調査の報告とミリーのことでアナスタシアさんに話があるんですけど、取り次いでもらえますか?」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 ミナさんは、もう一度頭を下げると二階に上がって行った。


 その後ろ姿を見送りながら、俺はさっき気になったことを聞いてみた。


「さっき、家名を名乗らなかったの、なんで?」

「私は、もう貴族令嬢ではありません。家を捨てたのです。そんな私が家名を名乗ることはできませんわ」

「本音は?」

「あんな家、思い出したくもないから。家名も名乗りたくないですわ」


 ミリーは、家名を名乗るのも拒否するほど家のことが嫌いらしい。


 ミナさんが戻ってくるまでそんな雑談をしていると、ミナさんが戻ってきた。


「お会いになられるそうです。どうぞ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ミリーの緊張がマックスになった。


 そこからのミリーは、まるでブリキのおもちゃのようにカクカクしており、俺は笑いを堪えるのに必死だった。


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