第20話 自由な風になる

「さて、無事に王都の外に出てこれましたわ。それで、色々と事情を話して頂けるんですの?」


 影に潜りながら、大混乱になっている王城や城下町を抜け、王都から少し離れた場所に出てきた。


 影から出るなりミリーさんから言われたのが、今の言葉だ。


「ええ。ちゃんと説明しますよ」


 約束したからね、俺のことと戦力が必要な理由。


 それをミリーさんに説明した。




「……そう、異世界人召喚……御伽噺で聞いたことがあったけれど、本当に実在していたのですわね……」

「そう言うってことは、異世界人召喚は一般的ではないんですね」

「御伽噺だって言ったでしょう? 実在していたこと自体驚きですわ」


 そうなのか。


 それにしては、アナスタシアさんもスカーレットさんも知ってた。


 スカーレットさんは、異世界人召喚のことを『外法』って言っていたし、もしかしたら、この世界においても異世界人召喚は道徳的に非道であるということで禁止になったのかもしれないな。


 帰ったらスカーレットさんかアナスタシアさんに聞いてみよう。


「それで……これから厄災の魔女の住む魔女の森に行きますのよね……」

「ええ。そうですけど……どうしました?」

「え? いえ、異世界人の貴方はご存じないでしょうけど、この世界において魔女の森とは踏み入ってはいけない禁断の地なんですの」

「そうなんですか?」

「ええ。踏み入った者は問答無用で厄災の魔女に命を奪われると言われていますわ」


 そういえば、この世界では厄災の魔女は恐怖の代名詞として使われているとアナスタシアさん本人が言っていたな。


 あの優しいアナスタシアさんを見た後じゃ冗談を言っているのかと思っていたけど……本当だったのか。


「安心してくださいミリーさん。アナスタシアさんはとても優しい方です。無闇に人の命を奪うなんてことはしませんよ」

「……まあ、そこから来た貴方がそう言うならそうなんでしょうけど……でも、怖いものは怖いのですよ」


 ミリーさんの表情を見るに、本当に厄災の魔女を怖がっているのが分かる。


 どうしようかな? 無理に連れて行ってもしょうがないし……。


 もう一度意思確認をしてみようか。


「あの。そんなに怖いなら無理に連れて行こうは思いませんよ? 確かにミリーさんの戦力は惜しいですけど、無理強いするものでもありませんし。もし良かったら、別の国の国境まで送りますけど」


 俺がそう言うと、ミリーさんは難しい顔をしてしばらく考え込んだあと、小さく「うん」と頷いて俺を見た。


「いえ、このまま別の国に行っても野垂れ死ぬだけな気がしますし、やはり魔女の森に同行しますわ」

「いいんですか?」

「ええ。それに、貴方は牢から出してくれたり、新しい魔法の使い方を教えてくれたり、復讐のお手伝いをしてくれたりしましたもの。その恩に報いず逃げてしまうと私が私を許せませんもの」


 ミリーさんはそう言うと、俺に向かって笑いかけてくれた。


 そう言われたら俺ももうなにも言えない。


 そもそもミリーさんを戦力としてスカウトしたのは俺の方なのだ。


 来てくれると言うなら、こんなに嬉しいことはない。


「ありがとうございます。それじゃあ、早速行きましょうか」

「そ、そう。いきなりなのね……」


 ……まだちょっと決心が付いていなかったみたい。


 まあ、到着まで数時間掛かるし、その間に覚悟も決まるだろう。


「とりあえず、ミリーさんは俺の影に乗ってください」

「貴方の影?」

「はい」

「なぜ?」

「え?」


 あ、そういえば俺の移動方法をまだ教えてなかった。


「えっと、これから移動方法を見せますね。これを見てもらえれば影に乗ると言う意味がわかると思います」

「ええ。それでは見せて頂けるかしら?」


 ミリーさんの承諾を得たので、俺は影移動の魔法を見せた。


「!? は!? な、なんですのそれ!?」

「これが俺の移動手段、影移動です。結構なスピードが出るので、そんなに疲れずに長距離移動ができます」

「それ……動く影に乗っているのね?」

「ええ。影を動かすだけなので、そんなに魔力も消費しません」

「……影に乗るとはそういう意味だったのね」

「ご理解いただけましたか?」

「ええ。よく分かったわ」


 俺がミリーさんの前まで移動すると、ミリーさんはすぐに俺の影に足を乗せてきた。


「! え、えっと……意外と近いのね……」


 俺の影に乗ったミリーさんは、俺にピッタリと寄り添わないと影に乗れないことに困惑している様子だった。


 ミリーさんは元貴族令嬢だから、異性と触れ合う機会はほとんど無かったのかもしれない。


 今も、ちょっと顔を赤くして恥ずかしそうにしている。


 恥ずかしがっているところ申し訳ないんだけど、寄り添ってもらわないと一緒の影に乗れないし、どうしようかな? と考えていると、ミリーさんがなにか思い付いたように顔をあげた。


「そうだわ。これ、影を移動させていのよね? なら、私が影に潜って、それから移動をすればいいんじゃないかしら?」

「あ、そういえばそうですね。この世界に来てからあまり人と接して来なかったので全然思い至りませんでした」


 俺がそう言うと、ミリーさんは悲しげな顔をした。


「そんな悲しいことを笑顔で言わないでください。私の方が悲しくなりますわ」

「あ、すみません」

「とにかく、私を影の中に入れてくださいな」

「はい」


 まずはミリーさんに影の中に潜ってもらう。


「じゃあ、行きますよ」


 そして、影移動を始めたのだが……。


「?? あれ?」

「どうしましたの? ケーゴ」

「あ、いや。それが……動くは動くんですけど、全然スピードが出なくて……」


 徒歩の速度は出る。


 しかし、それ以上の速度を出そうとすると、なんと言うか影が何かに引っ張られると言うか、そんな感覚がして速度が出せなくなった。


 なんだこれ?


 初めて経験したこの事態に首を傾げていると、影から頭を出したミリーさんが俺をジト目で睨んできた。


「……それは、私が重いと、そう言いたいんですの?」

「ち、違いますよ!! そもそも、影の中には色々と物資が入っているんです。ミリーさんの何倍もの重量です。それでも高速移動はできていたんですよ」

「それが、私が入った途端に難しくなった?」

「ええ。なんでなんでしょう?」


 一旦影移動を止めてミリーさんを外に出す。


 そして、もう一度影移動を使ってみる。


「あれ? 今まで通りのスピードで動ける……ということは」

「遅くなったのは、私が入ったから。ですわね?」

「そうなりますけど……理由が分かりません」

「ふむ……」


 ミリーさんは小さく頷くと、顎に手を当てて考え出した。


「影の中には、私以上の重量の物資が入っている。なのに、私が入った途端に動きが遅くなった。それの意味するところは……」

「今入っているのは物で、ミリーさんは人間ですね」

「……あ、それではないかしら?」

「それ? どれです?」

「人間が入っている、というところよ。人間は、結構な魔力を帯びているわ。もしかしたら、魔力が帯びているものを収納しているとき、影を動かすのが難しくなるのかも」

「ああ、そうかもしれないですね」


 俺は仮説だけど理由が判明してスッキリしたのだけど、ミリーさんはちょっと難しい顔をした。


「うーん……となると、ケーゴはこれから人を入れた状態で動かす訓練をした方がいいかもしれませんわ」

「え、なんでです?」

「この世界には、魔力を帯びている物もあるからですわ」

「あ、魔道具……」


 この世界には、電化製品はないけど魔法の力で動く魔道具は存在する。


 照明だったりコンロだったり水道だったり。


 集落でも使われているので、そういう便利な物もあるんだな、くらいの感想しか持ってなかった。


 むしろ、元の世界の電化製品に比べたら性能が数段落ちるので、もっと便利に改良できないかなとか思っていた。


 そういえば、魔道具は魔力を充填してから使うので、もし今後魔道具を収納して移動するとなると……ミリーさんの仮説が正しかった場合、影移動に制限がかかってしまうことになる。


「そう、ですね……そうしたら、今の帰りはどうしましょうか?」


 それは集落に帰ってからの課題として、今この場をどうするか決めないといけない。


 するとミリーさんは、しょうがないと小さく息を吐いた。


「今日のところは、私が貴方の影に乗りますわ。別に……影に乗るのが嫌なのではなくて、単に恥ずかしいだけですし……」


 そう言うミリーさんは、やはり恥ずかしいのか少し顔を赤くしていた。


「……分かりました。じゃあ、お願いします」

「ええ……失礼しますわ」


 こうして俺に寄り添い影に乗ってきたミリーさんの肩を、倒れないようにそっと支える。


「!! ちょ、ちょっと……手が……」

「……すみません。ここに来る前に別の人と一緒に乗ったんですけど、その人はバランスを崩しかけたので……」

「そ、そうですの……そういうことなら仕方ありませんわね……」

「す、すみません。じゃあ、動かします」


 俺がそう言って影を動かすと、案の定ミリーさんもバランスを崩した。


 足下が急に動くというのは、やはりバランスを取るのが難しいんだろう。


「あ、ありがとうございます」

「いえ。バランスは取れそうですか?」

「……もう少し、支えていてもらってもよろしいですか?」

「はい。分かりました」


 とりあえず、肩に手を置いて支えることの必要性は理解してもらえたようなので、手はそのままに少しスピードを上げた。


「わぁ……」


 怖がるかもしれないと思って少しずつスピードを上げていったのだけど、ミリーさんから聞こえてきたのは、恐怖による悲鳴ではなく、楽しそうな歓声だった。


「凄いですわ! こんなに早く移動できるなんて! まるで地上を飛んでいるみたいですわ!」


 そう言いながら俺の顔を見たミリーさんは、満面の笑みを浮かべていた。


「喜んでもらえて良かったです。早いし揺れないし、最高でしょ?」

「ええ! 惜しむらくは、今が夜ということですわね。月明かりだけでは景色を楽しむことはできませんもの」

「ああ、そうですね。もし良かったら集落に着いたあと、日の高いうちにもう一度乗ってみますか?」

「え!? いいんですの!? 乗りたい乗りたい!!」


 よほど影移動が楽しいのか、お嬢様口調が崩れ高いテンションで返事をした。


「ふふ、楽しみ」


 微笑みながら前方を見るミリーさんをみて、俺もつい声が漏れた。


「はは」

「ん? どうしましたか? ケーゴ」


 ミリーさんが不思議そうな顔をして俺を見てきた。


「いや。ミリーさんが楽しそうで良かったなって思って」

「なっ……」


 俺が正直に言うと、ミリーさんの顔が赤くなった。


「つ、ついはしゃいでしまっただけですわ……」

「別にいいんじゃない? もうミリーさんは貴族の令嬢じゃないんだし。はしゃいだって怒る人は誰もいないよ」


 俺の言葉を聞いたミリーさんは、ジッと俺の顔を見た。


「そうですわね。もう、自由にしてもいいんですよね」

「うん。ミリーさんは自由だ」


 俺がそう言うと、ミリーさんは嬉しそうに微笑んだ。


「ならケーゴ。もっと早く移動して欲しいですわ」


 ミリーさんからのお願いに、俺も嬉しくなって笑みを返した。


「オッケー。最大スピードで行くよ!」


 そう宣言してから、影移動を最大速度にした。


「キャーッ!!」


 ミリーさんはとても嬉しそうに歓声をあげ、スピードに負けないようにギュッと俺にしがみついてきた。


「凄い! 早い! 楽しいっ!!」

「はは! それは良かったです!」


 そうしてしばらく走っていると、ミリーさんが何気なく聞いてきた。


「そういえば、ケーゴは何歳なのですか?」

「俺? 俺は十七歳ですよ」

「じゃあ、私と同い年ですね」

「へえ、そうなんですね」


 俺も何気なく返事をすると、なぜかミリーさんがプクッと頬を膨らませた。


「同い年なのに、なぜ敬語なのですか?」

「なぜと言われても……貴族のお嬢さんだから敬語の方がいいかなと思って、そのままって感じですね」

「もう貴族令嬢ではありませんわ」

「ですね」

「なので、今から敬語は禁止です」

「え? 急に? てか、ミリーさんも丁寧口調じゃん」


 俺の反論に、ミリーさんはまた頬を膨らませた。


「ミリー」

「え?」

「ミリーさんではなく、ミリーと呼んで欲しいですわ。同い年なのですから。それから、私の口調はこれが素です」

「あー、そういうこと。じゃあ、ミリー」

「はい!」


 俺がミリーと呼ぶと、とても嬉しそうに返事をした。


「なんでそんな嬉しそうなの?」

「ふふ。私、愛称で呼び合うお友達に憧れていたのです」

「そうなの? それはまたささやかな憧れで」

「私にとっては、叶えたくても叶えられない願いだったのです!」

「ふうん。貴族令嬢も大変だな」

「ええ、大変だったのです」


 ミリーはそう言うと、もう一度前方を見た。


 その目は、なんと言うか決意が籠った目をしていた。


「私はもう、自由ですわ」


 そう言ったミリーは、俺にしがみ付く力を強めた。


 こうして、俺たちは夜の未開拓地を走り抜けた。


 ちなみに、道中ずっと気にしていない振りをしていたけど、抱きついてくるミリーの柔らかさに、終始ドキドキしっぱなしだった。


 多分、ミリーにはバレてないと思う。


 ……ないよな?


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