第23話 圭吾捜査網

「ミリーが? どうして……」

「どうしてと聞かれても、お姉様のお役に立ちたい。それだけですわ」


 ミリーはしれっとそう言った。


「マイルズ王国に召喚された者たちはお姉様を狙っているのでしょう? お姉様をお守りするためには、そいつらを直接見て実力を測る必要があります」


 ここに来るまでアナスタシアさんにビビり倒していたのに、身の上話を聞いてから態度変わりすぎだろ。


 そう思うものの、同行者がいるというのは心強い。


 しかも、ミリーの新しい魔法は、風に様々な物質を混ぜることができる。


 眠り薬を混ぜてもらったり、痺れ薬を混ぜてもらったりと、俺の魔法と組み合わせればその汎用性はすごく高い。


 そういったことを総合的に判断すると、ミリーに同行してもらうのは悪くない。


「そっか。なら、ミリーに同行してもらおうかな」

「分かりましたわ!」

「その代わり、色々と新しい魔法を覚えてもらうから。頑張って覚えてね」

「もちろんですわ! 即効性の致死毒などをバラ撒けるように精進しますわ!」


 なんて恐ろしいことを言うんだコイツは!?


 もしかして、闇堕ちしてシリアルキラーになってしまったんだろうか……?


「そ、それはまだいいかな? 他に覚えてもらいたい魔法があるんだ。それに、狙った範囲に魔法が使えるようにもしてもらいたい」

「そうですか? ならケーゴの指示に従いますわ」

「うん。そうしてもらえると助かる」


 マジで、助かる。


 マイルズ王国、毒物で全滅とか、第二のアナスタシアさんにはなって欲しくないから。


 ……もしかしたら、今後バラ撒くかどうかはともかく、即効性の致死毒を生成してもらう日が来るかもしれないけど……。


 この異世界では人間同士の戦いがかなり激しい。


 なので、敵になるとすれば人間が相手になる。


 現に、今ここを襲撃しようとしているのはマイルズ王国という人間の国だ。


 いざとなったら人を手にかける覚悟を持たなくちゃいけない。


 できれば、そうならないように工作で襲撃自体を無くすことも考えた方がいいのかもしれないな。


 ともかく、そういった可能性も考えつつ、翌日からミリーの魔法特訓を始めることになった。




◆◆◆



 マイルズ王国王城。


 その一室を、マイルズ王国王女、マグダレーナが訪れていた。


 部屋の扉をノックすると、中から使用人の声が返ってきた。


『はい』

「マグダレーナです。開けてもらってもよろしいかしら?」

『で、殿下!? 少々お待ちくださいませ!』


 中の使用人は、まさか王女が訪れるとは思いもしなかったのだろう。


 大慌てで鍵を開錠し、扉を開けた。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 深々とお辞儀をする使用人に、マグダレーナは気にしないようにと手を振った。


「鍵をかけるように命じたのはこちらです。気にしないように」

「はは!」

「それで? レナの様子は?」

「それが……」


 玲奈の様子を聞かれた使用人は、相変わらずベッドの上でブツブツ言っている玲奈に目を向けた。


 その姿は、どう見ても心を壊した少女だった。


 王女も使用人も、玲奈がこうなった理由が分からない。


 もしかしたら、玲奈を籠絡するために付けていた男性の世話係が暴行をしたのではないか? と疑ったが、玲奈が自室に引き篭もる直前にお風呂の世話をした使用人が、その際には普通の様子だったと証言しているためその可能性もない。


 一体どういうことなのか?


 心配する気持ちも無くはないが、今の玲奈はただの穀潰し。


 王国にとっては負担にしかならない。


 しかし、こちらには彼女らを誘拐同然に召喚した負い目があるので城から追い出すわけにもいかない。


 彼らは、過去に異世界人が召喚した者に反乱し、一人で国を滅ぼしたという話を知っている。


 それもあって、召喚者たちは慎重に扱わなければいけない。


 しかし、今の玲奈は役に立ちそうにない。


 非常に強いジレンマを抱えてしまった王国は、とにかく玲奈から事情を聞こうと接触を図った。


 女性の使用人、騎士、医師などが対応しようとするが、玲奈は彼女らをちらりと見るだけで後は反応してくれない。


 そこで、召喚者たちと多少の交流があるマグダレーナに接触を依頼し部屋を訪れたのだ。


「それでは、私が話しかけてみますので、貴女たちは声が聞こえない距離まで離れていてください」


 マグダレーナが同行していた女性騎士や使用人にそう伝えると、女性騎士が難色を示した。


「しかし、そこまで離れるとなると、もし万が一なにかあった際に殿下をお守りできません」


 しかし、マグダレーナは首を横に振った。


「大丈夫です。レナは治癒魔法士。魔法に攻撃力はありません。召喚によって身体能力は向上していますが、自傷行為を避けるために凶器となるようなものは置いてありません。もし組み敷かれたとしても、それくらいなら間に合うでしょう?」

「し、しかし……」

「それに、もし誰かが聞き耳を立てていたら、レナも話をしてくれないかもしれないでしょう?」


 そう言われてしまえば女性騎士も反論しにくい。


 そもそも今日は玲奈の話を聞きにきたのだ。


 それが達せられないとなると本末転倒である。


「……分かりました。しかし、万が一の場合はレナを取り押さえますのでご理解ください」

「承知しましたわ」


 マグダレーナはそう言うと、玲奈のもとへと歩み寄った。


 ベッドの上で膝を抱えて蹲っている玲奈を見下ろす。


 玲奈の白髪がなんとなく燻んで見えた。


 風呂には入れているはずだが? と首を傾げつつも、玲奈に声をかける。


「御機嫌よう、レナ様」


 マグダレーナが声をかけると、玲奈はちらりとマグダレーナを見た。


 そして、そのままジッとマグダレーナの目を見る。


 今までと違う反応に、これまでの様子を見てきた使用人たちがザワついた。


 それを感じ取ったマグダレーナは、こちらからのアクションを起こさず、玲奈の反応を待った。


 しばらく二人が見つめ合っていると、とうとう玲奈が口を開いた。


「……ねえ」

「! は、はい」

「……圭吾の捜索はしているの?」

「ケーゴ?」


 突然玲奈の口から出た個人名に、マグダレーナは覚えがなかった。


 なので聞き返すと、玲奈は途端にイラついた表情になった。


「圭吾よ! 私たちが召喚された初日に、アンタたちに追い出された私の恋人よ!」

「!?」


 玲奈の言葉に、マグダレーナは息を呑んだ。


 確かに、召喚された初日、召喚者のうち一人を結果的に追い出した。


 本当は、処分するつもりだった。


 なぜなら、彼は黒髪だったから。


 黒髪の人間は人を死に至らしめる魔法を使うという。


 ましてや、召喚者が黒髪など洒落にならない。


 なので即刻処分しようとしたのだが、なぜか見失い取り逃した。


 このまま黒髪の召喚者が野放しになったら、世界に混乱が起こるかもしれない。


 なので、一刻も早く見つけ出し、処分をするつもりだった。


 彼らの行動は、決して非道な考えの元で行われたものではない。


 むしろ、世界に混乱を起こさせないための正義の行動だと信じていた。


 それがまさか、玲奈の恋人だったとは思わなかった。


 そこで王女は、玲奈がこうなった理由をようやく推測することができるようになった。


 玲奈は、自分たちがその恋人を見つけ出して処分しようとしていることを知ってしまったのではないか?


 それを知ったショックで閉じこもってしまったとしたら……。


 しかし、そこで王女はその考えを否定した。


 もし玲奈がそれを知ったとして、一番に取る行動は自分たちへの抗議のはずだ。


 いきなり閉じこもるとは考えにくい。


 では、一体なぜ?


 マグダレーナは、もう少し玲奈との会話を続けることにした。


「……ええ。その、ケーゴ? さんの捜索は続けています。ですが、まだ見つかったという報告は届いていません」

「……そう」


 マグダレーナの返答を聞いて、玲奈は再び顔を伏せた。


 その態度を見て、閉じこもっている理由は分からなくてもその取っ掛かりは見つけた。


 玲奈が閉じこもっている原因は、その恋人だ。


 理由は分からないが、彼を見つければ玲奈は元に戻るかもしれない。


 となると、マグダレーナがすることは、今も続いている黒髪の召喚者の捜索の強化だ。


 あと、見つけ出しても処分せず、捕縛することを徹底しないといけない。


 彼を見つけたと言ってその死体を玲奈に見せれば、本格的に壊れるかもしれないから。


 玲奈がまた黙り込んでしまったので、マグダレーナは一旦この場を辞することにした。


「レナさん。ケーゴさんはこちらで全力を持って捜索いたします。なので、お待ち頂けますか?」


 マグダレーナがそう言うと、玲奈が再び顔をあげマグダレーナの目を見た。


 まさか反応があるとは思わなかったマグダレーナだが、内心の驚愕は表に出さず、ジッと玲奈と見つめ合った。


「……お願い」

「はい。では、失礼しますね」


 玲奈の小さい声に返答したマグダレーナはベッドから離れ、女性騎士を伴って部屋を出た。


 部屋を出たマグダレーナは、同行している女性騎士に声をかける。


「例の、黒髪の召喚者の捜索を強化して頂戴。ただし、絶対に殺害しないことを徹底させること。この命令に背くことは、私への反逆と捉えます」


 その言葉を聞いた女性騎士は息を呑んだ。


 王族である王女への反逆、それはすなわち国家への反逆ということになる。


 そこまでの命令なのかと、女性騎士は背筋が震えた。


「……殿下、質問をよろしいでしょうか?」

「ええ。なにかしら?」

「なぜ、生け捕りにするのです? 相手は世界に死をもたらす黒髪。しかも召喚者です。生かしておく理由はないと思いますが……」

「その黒髪の者、ケーゴと言うそうですが、彼はレナの恋人なのだそうです」

「!! なんと!」

「理由は分かりませんが、レナがああなっている原因はそのケーゴにあるかと思います。もしケーゴを捕らえた際に害してしまっていたら……」

「……レナは完全に壊れるでしょうな」

「そういうことです。ただでさえ、レナは我が国の負担になっている。これ以上負担を増やすわけにはいかないの。分かるわね」

「は! 了解いたしました!」


 そんな会話をしているうちに、マグダレーナの部屋に辿り着いた。


 マグダレーナはそのまま部屋に戻るが、女性騎士は騎士団の詰所に行って、今の命令を伝えなくてはいけない。


「では、頼みますね」

「は! お任せください!」


 マグダレーナは、女性騎士の返事を聞くと、部屋に入っていった。


 しばらく敬礼をしていた女性騎士は、部屋の扉が閉まるのと同時に敬礼を解き、詰所に向かった。


 詰所に向かう途中、女性騎士はあることを考えていた。


「……あの黒髪の少年がレナの恋人? しかし、彼がここを去ったのは召喚された当日。もう一ヶ月以上も前の話だ。でも、その間、レナが取り乱した様子はなかった……これはどういうことだ?」


 女性騎士は召喚者たちの訓練に立ち会うこともあったので、玲奈の様子をマグダレーナよりは知っている。


 しかし、目の前で恋人が殺されかけたというのに、その時は驚いた様子は見せたし理由も聞かれたが、取り乱した様子を見せなかった。


 なのに、今更になって閉じ籠るほど心を乱している。


「なにか……なにかおかしい気がするが……」


 女性騎士は、玲奈の証言に引っ掛かりを覚える。


 しかしそれを疑うことは、証言を引き出したマグダレーナを疑うことになる。


 王家に仕える騎士としては、マグダレーナの言葉を疑うこと自体が不敬になる。


 しかし……。


 女性騎士は、心にモヤモヤしたものを引き摺ったまま詰所に向かい、マグダレーナからの命令を伝えた。


 特に、生け捕りに関しては、これに背く者は反逆罪に問われると念押しした。


 こうして、マイルズ王国での圭吾捜査網は強化された。


 

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