第34話 混乱と不信
圭吾が玲奈を部屋から……というかマイルズ王国から連れ出した翌日、王城は大混乱に陥っていた。
「玲奈は一体どこに行ったのです!? 捜索隊はちゃんと仕事をしているのですか!?」
「は、はっ! い、今はケーゴとやらの捜索を一時中断し、全ての人員をレナの捜索に当てておりますが、その……」
「それでも一切の痕跡を見つけられないと言いますの!?」
「も、申し訳ございません!!」
壮年の筋骨逞しい騎士が、マグダレーナ王女に頭を下げていた。
彼は、騎士団の団長という非常に高い地位にありながら、怒り狂っている王女を前に、まるで新兵のように恐縮した様子で頭を下げていた。
それもそのはずで、騎士団や衛兵など使える人員の全てを使っても、夜の内にいつの間にか姿を消した玲奈の行方を全く掴めていなかったから。
一切の成果なしという報告は、無能として騎士団団長の職を解雇されてもおかしくないほどの失態。
いつ王女から解雇通告が飛び出すかと戦々恐々としていた団長だったが、王女はそれどころではなく、イライラと自分の指の爪を噛んでいた。
「それで! その眠りこけていた使用人と、見張りの騎士の事情聴取は終わりましたの!?」
王女は、いつも自分に専属で付いている女性騎士に訊ねると、女性騎士は報告を始めた。
「はい。全て終わりましたが……どうにも奇妙です」
「奇妙? 一体どいうことですの?」
「玲奈の部屋の中に配置していた使用人は二人です。交代制とはいえ深夜ですから、多少眠気に襲われるのは仕方のないことかと思いますが……しかし、二人揃ってレナがいなくなっても気付かないほど眠りこけていたのは不自然です」
「……続けて頂戴」
「はっ。それに、部屋の中の荷物も全て消失しております。それだけバタバタとしていたのなら、仮に使用人たちが深い眠りについていたとしても、外で警備をしていた騎士たちが気付かないはずがないのですが……しかし、昨夜は部屋から全く物音がしなかったと、二人ともそう供述しております」
「……二人が口裏を合わせている可能性は?」
「二人別々に聴取しましたので、その可能性はないかと。それに、二人の供述も一致しております」
「……一体、どういうことですの? そんなまるで煙になって消えてしまったような……」
王女はそこまで言って、ハッとした顔になった。
「ま、まさか……あの黒髪、ですの?」
女性騎士もその可能性について考えていたのか、神妙な顔をして頷いた。
「おそらく。使用人が眠りこけていたのも、外に音が全く漏れていなかったのも、全てその黒髪が原因なのではないかと……」
「そんな馬鹿な……」
王女はそう呟くが、考えれば考えるほどそれが真実のように感じられた。
しかし、どうやってそんなことをしたのか、それが全く分からない。
しかも、玲奈がどうやって部屋から出て行ったのかも不明なままだ。
扉の前には警備の騎士が二人常駐しており、彼女たちは間違いなくずっと起きていたと証言している。
ということは、扉からは出ていない。
なら窓からは? と考えたが、窓も施錠されていたし、そもそも玲奈の部屋は三階。
窓の近くに木なども張り出しておらず、そもそもここから抜け出すのは不可能と思えた。
「一体……どうなってますの……」
王女は、あまりにも奇妙なこの状況に背筋が寒くなる思いがし、騎士団長は、どうやら自分の責にはならなさそうだと、頭を下げながら安堵していた。
「おい、聞いたかよ。高木の奴、姿をくらましたんだとよ」
召喚者たちの談話室には召喚者四人全員が集まっており、日吉が今朝になっていなくなっていた玲奈のことを話題に出した。
その発言を聞いて、中谷が大きな舌打ちをした。
「ちっ! 弱ってる玲奈を押し倒して俺のものにしてやろうと思ってたのに……あいつらが邪魔ばっかりしやがるから逃げられちまった」
中谷は、折角のチャンスだったのにと、非常に不機嫌そうな感情を隠しもせずにそう言った。
「アンタ、本当にどうしようもないクズね。そんなことで女を手に入れて楽しいの?」
水沢が心底軽蔑した視線を中谷に向けた。
それが気に食わない中谷は、水沢に鋭い視線を向けた。
「ああ!? なんだったら、お前を襲ってやろうか!?」
「やってみなさいよ。そうしたらアンタのこと、火達磨にしてやるから」
怒りの視線と軽蔑の視線がぶつかり合いしばらく睨み合ったあと、『はっ!』と二人揃って視線を外した。
そんな二人の様子を、日吉はオロオロしながら見ていたが、野村は深刻な顔で考えていた。
(これで二人目……黒崎に続いて高木まで失踪してしまった。しかし……黒崎は、この世界で忌み嫌われている黒髪のままだったから仕方ないとして、高木はなんでだ? 引き篭もる前まで、高木に変わった様子はなかった……そういえば、王女は黒崎の捜索をしていると言っていたな。黒髪の召喚者を野放しにはできないと言って……もしかして?)
野村は顔を上げると、彼の座っているソファーの後ろに控えていた専属の女性に声をかけた。
「ねえミーシャ。ミーシャは黒崎……えっと、黒髪の召喚者について何か聞いてない? 例えば、見つかったとか」
野村の質問に、ミーシャと呼ばれた女性は首を横に振った。
「いえ。それについてはまだ見つかっていないと聞いています。なんでも、どれだけ捜索しても手がかり一つ見つからないのだとか」
「そっか……分かった。ありがと」
「いえ」
ミーシャの返答を聞いた野村は、また考え込んだ。
(黒崎は見つかってない。となると、黒崎が捕まって処分されたことを聞いて引き篭もったという線もなしか……)
野村は頭をバリバリと掻き、天井を見上げた。
(全然分かんねえ。そもそも、一体どうやってこの城を抜け出したんだ?)
王女たちが頭を悩ませていることに、野村も同じように悩んでいた。
(いや、まあ、どうやって抜け出したのかは、いずれ本人から聞けばいいだろう。なら、なぜ高木はこの城を出る決断をしたのか考えた方がいいのかもしれない)
そこで野村は、天井を見つめたまま腕を組み、自分の知識を総動員して考え始めた。
(異世界召喚モノのラノベでは、召喚者を隷属させて思い通りにさせるというものがあるけど、俺たちはそんなことされてない。むしろ高待遇で接せられてる。となると、待遇に問題があるわけじゃない。あと、考えられるのは……)
そこで野村は、ハッとした顔になった。
(もしかして……厄災の魔女討伐の裏に、何か王国側の陰謀があって、それに高木が気付いた?)
そう考えた野村は、後ろに控えているミーシャを見た。
見上げられたミーシャは、野村に向かって小さく微笑んだ。
(まさか、ミーシャまでそれに加担してるなんてことは……)
そう考えた野村は、今夜にでもミーシャの事情を聞いてみようと決心した。
こうして、圭吾たちの知らないところで、勝手に勘違いをした野村は、勝手に王国に対して不信感を持ち始めていた。
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