第37話 初めてのお使い

 魔法の練習を切り上げ家に帰ろうと広場を出ると、玲奈たち三人が集落に帰ってきた。


 三人は、手に狩った獲物をぶら下げており、ミリーは鳥、アナスタシアさんは数匹の小動物、玲奈は……鹿と猪を担いでいた。


「お、おかえり皆……玲奈、それ、どうした?」

「あ、ただいま圭吾。それ?」

「鹿と猪」

「ああ、これ? 私、召喚ボーナスで身体能力上がってるから、私が重いものの運搬を買って出たの」

「そういえば、この中で一番身体能力が高いのは玲奈なのか。お疲れ様」


 俺がそう言うと、玲奈は嬉しそうだけど、ちょっと複雑そうな顔をした。


「うん、ありがと」

「……どうした? 玲奈」

「え? あー、いや、うん。ちょっとね。あ、でも圭吾は気にしなくて良いよ。これは私たちの問題だから」

「ん?」


 私たちの問題? この三人のってことか?


 ミリーとアナスタシアさんに視線を移すと、ミリーは嬉しそうにニコニコしており、アナスタシアさんは、なぜかちょっと頬を赤らめて苦笑した。


「? 一体、なにが……」

「ああ、本当に、ケーゴは気になさらなくて大丈夫ですわ」

「でも……」

「これは、私たち女同士の問題ですの。女同士の問題に男が首を突っ込むと、面倒なことになりますわよ?」


 ……正直、そう言われるとかなり怖い。


 ミリーがかなり強めにこう言ってくるってことは、本当に首を突っ込まない方が良さそうだ。


「そ、そうか。アナスタシアさんも同じ意見ですか?」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんは、赤い顔のままコクコクと頷いた。


「ええ、そのうちケーゴさんにはお話しすると思いますが、今はそのときではないのです。まあ、安心してください。なにもケーゴさんを騙したり裏切ったりと言う話ではなく、言い辛いというだけですので」


 アナスタシアさんからもそう言われてしまえば、もうこれ以上突っ込むまい。


 なので俺は、その話題は置いておいて、気になることを訊ねた。


「そういえば、玲奈の魔法を試してみるって話でしたよね? もしかして、この獲物って……」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんはニッコリと微笑んだ。


「レナさんのこれは、ちょっと反則級の魔法ですね。どこにでも任意に傷を付けられる。相手の防御力、完全無視です。生物にしか効果がないのが弱点といえば弱点ですけど、それでも十分凄すぎます」


 三人が持っている獲物をよく見てみると、全部首筋に傷があった。


 それはとても深い傷で、そこから大量の出血をしたのだと思われる跡が残っていた。


「傷を付けるだけだから、切断まではできなかったよ。でも、アナスタシアさんの言う通り、こんな堅そうな猪にも傷付けられたけどね」


 玲奈がちょっと自慢げに担いでいる猪の首元を見せてくる。


 いや、それ今見たから。


 敢えて見せなくて良いから。


「そ、そうか。それより、重いだろ? 影収納の中に入れろよ。その方が楽だぞ?」

「あ、そうだね。じゃあ、よろしく」


 玲奈たちはそう言うと、持っていた獲物を影収納の中に放り込んだ。


「それにしても、圭吾の魔法、便利だねえ」


 獲物が収納された影を見ながら、玲奈がそう呟いた。


「まあな。ただ、時間を止められないのは残念だけどな」

「ファンタジーの世界も、そこまで万能じゃないか」

「そうだな。あ、アナスタシアさん、この獲物たちどこに持っていけば良いですか?」

「そうですね。今回直接狩ったのはレナさんですので、ケーゴさんの家に持って帰ってもらっていいですよ」

「え? イヤイヤ、流石に量が多すぎますよ。分配しませんか?」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんは「うーん」と悩み始めた。


「獲物を均等に三等分というのはとても難しいんですよねえ」

「あ、そうか。お金なら三等分できるけど、どこの部位を分けるのか決めないといけないのか」


 俺がそう言うと、アナスタシアさんはハッとした顔をしたあと、ポンと両手を合わせた。


「そうですわ。今の集落にはミリーが狩ってくれた肉が大分余っています。なのでこの獲物は街に売ってお金にしてしまいましょう。そうすれば、均等に分けられます」


 今の集落には、ミリーが魔法の練習のときに狩った獲物が多く分配されている。


 その結果、保存食に加工しないといけないほど肉が余っている。


 それなら、消費しきれない肉を分配してもらうより売ってお金にした方がいいかもしれない。


「それいいですね。それじゃあ、エルロンさんかスカーレットさんに頼んできます」


 この村の買い出し担当、エルロンさんかスカーレットさんに頼もうかと思っていたのだが、アナスタシアさんから待ったが掛かった。


「いえ、折角ですから、ケーゴさんとレナさん、それとミリーとで行ってきてもらえませんか?」

「「「え?」」」


 俺たち三人で?


「これも社会勉強です。ケーゴさんとレナさんはこの世界に慣れる為、ミリーは令嬢生活では市井を見て回ることなんてしたことがないでしょう? ですので、お勉強も兼ねて三人で行ってきて欲しいのです」


 ニコニコしながらそう言うアナスタシアさんに、俺たちは強く反発もできなかったが、これだけは言わせてもらう!


「……エルロンさんかスカーレットさんに付いてきてもらっていいですか?」


 案内無しで異世界での初めてのお使いは、ハードルが高過ぎますって!


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除け者たちの森 吉岡剛 @sintuyo

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