第30話 少年の葛藤

 アナスタシアさんへの報告が終わり、そのあとは玲奈の歓迎会が行われることになった。


 この短い期間に、俺、ミリー、玲奈と三回も歓迎会をやっていることになる。


 そう、ミリーの歓迎会もやってたんだよ。


 そのときは、俺がここに来て早々に女の子を連れて帰ってきたことで散々冷やかされた。


 ところが、それから日を置かずにまた女の子を連れて帰ってきた。


 こいつは、とんだ女たらしだと、集落中の人からまたしても冷やかされた。


 幸いなことに、玲奈が俺の元彼女だということは伝わっておらず、俺と一緒に召喚された同郷人だとアナスタシアさんに紹介されたので、俺とずっと一緒にいても不自然じゃないと見られるようになった。


 また、玲奈の髪色が白から灰色に変質したことも聞いた集落の人たちは、詳しい事情は知らなくても玲奈が辛い目にあったのだと理解し、皆優しく接していた。


 玲奈が集落の人に囲まれ、優しい言葉を投げかけられているのを見ながら、俺はその輪から離れて見ているミリーの隣に行った。


「ここ、良いか?」

「ええ。どうぞ」


 ミリーの隣に座った俺は、ミリーに聞いておきたいことがあった。


「なあ、なんでミリーは玲奈を煽ったりしたんだ?」


 俺がそう言うと、ミリーはしばらく視線を下げたあと、顔を上げて玲奈を見た。


「レナは、あのままならケーゴを諦めて、そのまま心を壊しておりましたわ」


 そう言って玲奈を見るミリーの顔は、とても優しく見えた。


「私は、ここに来てお姉様たちとお会いして分かったのです。人の心は変わる。過去にどれだけ絶望しようと、年月が経てばその絶望を過去のものにすることができる。それは、貴方も同じことですわよ? ケーゴ」

「俺?」

「ええ。貴方がされたことなんて、簡潔に言えば貴方の言い分を聞き分けてもらえなかっただけ。ただの痴話喧嘩ですわ」

「……ただのって言うけどな。当時の俺は、かなり傷付いたんだぞ」

「それも分かっておりますわ。ですが、お姉様たちに比べたら大した傷ではないと思いませんか?」

「そりゃ……」


 アナスタシアさんは、家族を殺され、民衆に裏切られ、自分も処刑されかけた。


 エルロンさんは、将来を嘱望されていたのに、冤罪を掛けられ全てを失った。


 スカーレットさんは、自国軍によって人身御供にされた。


 それなのに、今は三人ともここで楽しく暮らしている。


「貴方はここにいる以上、長い年月を生きることになる。そうすれば、その間に気持ちが変わることもある。その可能性があるのに、レナには諦めて欲しくなかったのです」


 そうだったのか……。


「人の心を奮い立たせるのに、手っ取り早いのは怒りだと思いまして、レナを怒らせたかったのです。まあ、もしかしたら、本当に諦めてしまうかもと、若干賭けではあったのですが」

「賭けってお前……」

「まあ、結果上手く行ったのですから、それで良いではありませんか」


 おどけながらそう言うミリーに、俺は思わず脱力してしまった。


「はぁ……まあ、これで納得いったわ」

「ふふ、そうですか」

「ああ。お前が俺のこと気に入っているってのも、玲奈を焚きつけるために言ったんだろ? それも含めて納得した」


 俺がそう言うと、ミリーは一瞬キョトンとしたあと、なぜか笑みを浮かべて席を立った。


「あら。私、あの場では嘘なんて一つも言っておりませんわよ?」


 ミリーは振り向いて俺を見たあと、そんなことを言った。


「……え?」

「ふふ」


 混乱している俺に含みのある笑みを向けたミリーは、そのまま玲奈を囲む輪に入っていった。


「……え?」


 俺は、ミリーが言った言葉の意味を、ずっと理解できないでいた。


「おう、どうしたケーゴ。そんな間抜け面して」


 そんなときに限って、酔っぱらったエルロンさんに絡まれた。


「……間抜け面は余計ですよ」


 エルロンさんを睨みながらそう言ったのだが、酔っ払いには効かなかった。


 ガハハと笑いながら、玲奈と喋っているミリーを見ていた。


「……あの子なんだろう? 元の世界で別れたっていう、お前の元彼女」

「え!?」


 まさか、酔っ払ってるエルロンさんからそんな言葉が出るとは思わなくて、驚きの声を上げてしまった。


 エルロンさんは、さっきまでの陽気な様子は形を顰め、真剣な顔で一つ息を吐いた。


「見ていれば分かるさ。あの子はお前に随分と熱の篭った視線を向けているのに、お前は敢えてそれを無視してる。俺にだって分かるくらいだ、他の皆も気付いてるだろうよ」

「そう、ですか」

「それで? お前は、敢えて・・・無視してるくらいだ。気にはしてんだろ?」

「……よく分かんないんですよ」

「ふーん。一応聞いておくけど、あの子、別れてる間に別の奴と付き合ってたりしてたのか?」

「それはないって断言してました。ちょっと男性不信になってるからって」

「そうか……」


 エルロンさんはそう言うと、ジョッキの酒をグビリと飲んだ。


「ふぅ、まあ、そういうことなら、あとはお前次第だな」

「俺次第……」

「ああ。意地を張らずに、自分の心に素直になるこった……俺みたいにならないようにな」

「エルロンさん……」


 そういえば、元同僚に取られたっていう婚約者は、幼馴染みだったって言ってたな……。


「まあ、俺の場合は完全に向こうに寝取られちまったからな。騎士団を追われて将来性のない俺よりも、俺を貶めたことで次期騎士団長が見えてきた奴の方がいいってな。それに比べたら、百倍マシだろ」

「エルロンさん……」


 そんな激重話と比べないでください。


 マジで、俺の悩みが子供の悩みに思えてくるから。


「お前たちは、まだ取り返しがつく。意地を張って、そのチャンスを逃さないようにな」

「……そう、ですね」


 自分の心に素直になる、か。


 俺は今、玲奈のことをどう思っているんだろう?


 別れた当初は、俺を信じずに一方的に切り捨てた玲奈が許せなかった。


 中谷を殴った事件で、事情も知らないで俺を罵った玲奈を見て、恋心が冷めていくのを感じ、それ以降関わりを断った。


 この世界に来るまでそんな状況だったから、王城の部屋で膝を抱えて蹲っていた玲奈を見たとき、なにも心配する気が起きなかった。


 塞ぎ込んでいる理由を聞いた時も、なにを勝手なことを言っているんだと、最初は怒りさえ覚えた。


 しかし、そのあと後悔し泣いて縋ってくる玲奈を見て、同情心が起こっていることも自覚していた。


 アナスタシアさんに言った通り、玲奈が本当に後悔し、反省していることは俺にも分かった。


 玲奈は、俺とやり直すことを希望している。


 俺は……。


 俺は?


 俺は、どうしたい?


「……圭吾?」

「え?」


 声をかけられ、ハッと顔をあげると、そこには心配そうな顔をしている玲奈がいた。


 慌てて周りを見渡すと、さっきまで開かれていた歓迎会が、いつの間にかお開きになっていた。


 いつの間に……。


 俺は、そんな長い時間考え込んでいたのか?


「大丈夫? 酔っちゃった?」

「え? い、いや。酒は飲んでない」

「そっか」


 玲奈はホッとした顔になったあと、なぜか顔を赤らめてモジモジし始めた。


「えっと、あの、圭吾……」

「どうした?」

「あの、歓迎会終わったから、皆家に帰ったの。だから、その……」

「うん?」

「私も、家に帰らなくちゃいけなくて」

「そうだな」

「その……私、アナスタシアさんから、圭吾の家に住むように言われてるから……その……」

「あ、ああ、そうか」


 玲奈は俺の家の場所を知らないから、俺が連れて帰らないといけないのか。


「分かった。けど、玲奈は本当にそれでいいのか?」


 俺は最終確認のため、玲奈にそう訊ねた。


「うん……私、もう圭吾と離れたくない……もう、後悔するような選択はしたくないの」

「……そうか」


 決意の篭った玲奈の目を見て、俺は……。


「じゃあ、帰るか」

「う、うん!」


 玲奈と、もう一度向き合うことを決めた。


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