第31話 少年少女の決断

 玲奈を連れての帰り道。


 まだパラパラと集落を歩いている人たちもいて、俺と玲奈が二人並んで歩いているのを生温かい目で見てきているのに気付いた。


 そういえば、エルロンさんが、集落中の人は玲奈が俺の元彼女だと気付いてるって言ってたな。


 その上で見守るような目で見てきてるってことは、集落の人たちも、俺と玲奈が元の関係に戻ることを期待してるんだろうか?


 ……いや、ここは周りがどうとかじゃなく、自分の気持ちで決めないとな。


「ねえ、圭吾」

「ん?」


 俺が自分の気持ちを向き合おうと決意していると、玲奈から話しかけられた。


「あの、この世界ってさ、一夫多妻制なんだって……知ってた?」

「え、ああ。ここに来てから聞いたな。城では教えてなかったろ?」

「うん。私も、さっきミリーに聞いて驚いた。戦争が多くて男の人が死に易いこの世界では、当たり前のことなんだってね」

「そうらしいな」

「……あのさ」

「ん?」

「……圭吾も、奥さん、何人も欲しい?」


 これは、どういう質問なんだ?


 ……よく分からないから、本音を言ってみる。


「……俺はこの世界の人間じゃないからな、二人以上に手を出すのは、どうしても抵抗があるな」

「そっか……」


 玲奈は、なぜかちょっと残念そうな顔になった。


 え? なんで?


 玲奈は、俺が浮気したって誤解して、俺の言葉も聞こえないくらいになったんだよな?


 なんで、浮気容認の一夫多妻を認めないのが残念そうなんだよ。


「あの、私……私はね……」

「え、うん」

「……私が選ばれない可能性があるのなら……私は、圭吾が奥さんを何人娶ってもいいと、思ったの……」

「……は?」

「だ、だって!!」


 理解が追いつかない俺に、玲奈は必死になって持論を展開した。


「私とミリーだったら! 私、勝ち目ない!! ミリーは、元貴族のお嬢様で綺麗だし! メチャメチャ圭吾の役に立ってるし! それに!」


 玲奈はそこで言葉を聞いて俯いた。


「……私と違って、ミリーは圭吾からマイナスの感情を持たれてない……だったら、第一夫人はミリーでいいから……第二夫人ならって……」


 そう言った玲奈の目から、涙が零れた。


 とにかく、こんな話はこんなところでするものじゃない。


「玲奈。とりあえず移動しよう。俺も、玲奈と話さなきゃいけないことがあるんだ」

「……うん」


 俯いたままトボトボ歩く玲奈が危なっかしくて、手を引いて歩いた。


 俺が玲奈の手を握った瞬間、ビクッとしたが、すぐに握り返してきた。


 何度も、それこそ数え切れないほど握ってきたその手が、長い時間引きこもって痩せてしまったからか、初めて握った手のように感じられた。


 それから少し歩いてようやく俺の家に辿り着いた。


 割と大きめに造ってくれているので、部屋には余裕がある。


 その内の一室を玲奈の部屋とし、城から持ってきた玲奈の荷物を部屋に出す。


 俺が荷物を出している間に、玲奈には風呂に入ってもらい、入れ替わりに俺が風呂に入っている間に、出した荷物を整理してもらった。


 そして、俺も風呂から上がり、一階にあるリビングで向かい合って座っている。


 魔道具の冷蔵庫から、この集落で作られた果汁一〇〇%のジュースが、テーブルの上に置かれている。


 お互いにそれをチビチビ飲みながら、会話の糸口を探しているのだが、どう切り出していいのか分からない。


 俺がそうして悩んでいると、初めてこの家に来た玲奈がこの家の感想を話し始めた。


「凄いねこの家。森の中にこんな立派な家がいっぱい建ってるなんて驚いたよ」


 ようやく会話の取っ掛かりを得られたので、俺もその話に乗っかることにした。


「まあ、ここの職人さんたちは、職人歴数百年とかって人もいるからな。地球にいる建築業の人よりすごいスキル持ってるよ、ここの人たち」

「ふふ、そうだね。そんな長生きの人、いないもんね」

「まあな。魔法も大概ファンタジーだけど、ここの住人……っていうか、アナスタシアさんが一番のファンタジーだわ」


 俺がそう言うと、玲奈がクスリと笑った。


「そうだね。滅茶苦茶綺麗だし、寿命が操れる魔法とか意味分かんないレベルで凄いし。それに……壮絶な過去があるのに、今あんな顔して笑っていられるなんて、凄く心の強い人だと思う」


 玲奈はそう言うと、テーブルに視線を落とした。


「……ねえ、圭吾」

「ん?」

「やっぱり……私がここにいるの、迷惑、かな?」


 手に持っているジュースのグラスを弄びながら、そう言ってきた。


 その質問に、俺は……。


「正直、俺は……自分の気持ちがよく分からなくなった……」


 玲奈とは逆に、天井を見上げながらそう言った。


「え……」

「最初は、俺のこと信じなかったくせにって、切り捨てたくせにって、そう思ってた」

「……ご、ごめ」

「でもなあ……」


 俺は天井を見上げたまま、息を吐いた。


「ミリーにもエルロンさんにも言われたわ。俺らのは、簡潔に言えば意見が食い違っただけの痴話喧嘩だって」

「……本当にごめんなさい……」


 玲奈はそう言うと、また涙声になり始めた。


「私が……私が全部悪いんだ……圭吾が許せないのは当たり前だよ。だって……圭吾はなにも悪くないんだもん……悪いのは……私だけだよ……」

「……それなんだよなあ。お前は、自分が悪かったって自覚してるし、俺に真剣に謝ってきてる。お前の言葉を信じるなら、別に俺を見捨てて中谷と付き合ってたわけじゃないのに、素直に許せないのはただ俺が意地になってるだけなんじゃないかって」

「それだけは信じて! 本当に付き合ってないから!」

「分かってるよ。だから、それを聞いた上でアナスタシアさんに言われた言葉が、俺の中でグルグル回ってるんだよ。俺が玲奈に抱いていた気持ちは、そんな綺麗に消えて無くなるものなのかって言葉が。でも、じゃあ、あの時……俺が中谷を殴り返したとき、お前に言われた言葉を聞いて、冷めて消えていった気持ちはなんだったのかって」


 今の俺は、アナスタシアさんに言われた通り、そんなに簡単に気持ちは消えないのではないかという思いと、あのとき消えていった気持ちはなんだったのかという相反する気持ちがぶつかって、自分の気持ちが分からなくなった。


 それを言ったあと、玲奈はボロボロと泣き始めた。


「や、やっぱり……わ、わたしが、あんなこと言ったから……圭吾に酷いこと言ったから……気持ちが消えちゃったんだ……」

「……それが分かんなくなったって言ってんだよ」

「……え?」

「あのときは、気持ちが消えていったんだと思ってた。けど、本当にそうだったのか? って。お前がそんなに俺を嫌うなら、俺だって……って気持ちじゃなかったのかって」

「き、嫌ってない! 嫌ってないよっ!!」

「分かってるよ。だから、余計に俺の気持ちが分かんなくなったんだよ」

「……」


 それ以降、玲奈は俯いて黙り込み、俺も天井を見上げたままなにも言えなくなってしまった。


 どうすればいいんだろう?


 どうすれば、この気持ちに答えが出るんだろう?


 そのまましばらく時間が経ったとき、向かいのソファーに座っていた玲奈が立ち上がったのが分かった。


 視線を下げて玲奈を見ると、玲奈はこちらに向かってきていた。


 そして……ソファーに座っている俺に、覆いかぶさってきた。


「お、おい」

「圭吾」


 なんのつもりだと玲奈に問いただそうとしたら、強い口調で名前を呼ばれた。


「……嫌なら……許せないなら……私を、振りほどいて」


 そう言ったあと、俺の目を見ながら顔を近付けてきた。


 抱きつかれた玲奈から……懐かしい匂いがした。


 甘酸っぱく、大好きだった匂い。


 その瞬間、俺は、自覚した。


 ……ああ。


 俺、まだ玲奈のこと、好きだわ。


 そのことを自覚した瞬間、俺は近付いてくる玲奈の顔に手をやった。


 その瞬間、玲奈は拒絶されたと思ったのか絶望したような顔をしたが、俺はそのまま玲奈にキスをした。


 今まで、何回も、何回も玲奈とした行為。


 けど、今玲奈と交わしたキスは、そのどれとも違い、一番心が震えた。


 しばらくの間、玲奈とキスを交わしてから唇を離すと、玲奈は、また泣いていた。


 ただ、今は感激に目を潤ませ、幸せそうな顔をしていた。


 その顔を見た俺は、今まで押さえ込んでいた気持ちが溢れ出すのを感じた。


「玲奈……やっぱり、俺、お前のこと好きだわ」

「……嬉しい。嬉しいよぉ」


 改めて玲奈に好きだと告げると、玲奈はまたボロボロと泣き出した。


 そんな玲奈としばらく抱き締め合っていたが、玲奈が少し落ち着いてから、玲奈を抱き上げながら立ち上がった。


「わっ! け、圭吾?」

「玲奈」

「は、はい」

「……いいか?」


 俺がそう訊ねると、玲奈は顔を赤くして小さく頷いた。


「……はい」


 俺は、玲奈をそのまま俺の寝室に連れていった。


 その日、折角玲奈の部屋を用意したのだが、その部屋が使われることはなかった。


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