第8話 圭吾の事情
俺が日本で住んでいた地域は、現代では珍しく子供の多い地域だった。
同じ地域内に色んな年齢の子供がいて、小さい子から割と大きい子まで一緒に遊ぶことが多かった。
そんな多くの子供がいる中で、俺と同い年だったのは一人だけ。
それが、高木玲奈という少女だった。
色んな年齢、学年の子供が多い中で、唯一の同い年ということで、俺と玲奈は仲が良かった。
他の子供たちと一緒に遊んでいても、二人で話すことも多かったし、お互いの家に遊びに行くことも多かった。
そうやって二人でいることも多かったし、玲奈の方も俺と一緒にいようとしてくれていたし、何より玲奈は可愛かったから、好きになるのは自然なことだった。
小学生の時は、その他大勢の子供たちをカモフラージュにしていたから、俺と玲奈が二人で話していても周りから揶揄われたりすることもなかった。
しかし、中学生になると急に男子と女子の間に距離ができる。
体育の授業も男女別だし、運動部も男女別。
普段の行動も男女別になることが多くなり、玲奈と一緒にいることもめっきり少なくなってしまった。
そうなると、今までずっと一緒にいたのに急に引き離されてしまったような感覚に陥り、それに俺が耐えきれなくなった。
中学一年生の夏休み、久し振りに家に遊びにきた伶奈に俺は告白した。
小学生の頃からずっと好きだったと。
すると玲奈は、大きく見開いた目から涙をポロポロ流して俺に抱きついてきた。
自分も好きだった、告白してくれて嬉しいと。
そうして俺たちは、その日から恋人同士になり、中学・高校と順調に付き合いを続けていた。
恋人同士が行うようなことは、一通り経験した。
そして、恋人として付き合い始めて四年、幼馴染みの期間も合わせると十年以上一緒にいたからだろう、高校一年生のときには俺たちの関係はすっかり落ち着いたものになっていた。
だから、油断か隙か、もしくは慢心があったんだろうと思う。
俺は、玲奈が可愛くて男子から人気があることをすっかり忘れていた。
ある日、憤怒の表情をした玲奈が、俺にスマホの画面を突き付けてきた。
急になんだ? と思いつつその画面を見ると、そこに写っていたのは知らない女と腕を組んでホテル街を歩く俺っぽい奴の姿だった。
俺には、全く身に覚えがなかった。
俺は、こんなの知らない。誰かが作ったフェイク画像だと説明したのだが、興奮してしまった玲奈は聞く耳を持たず、俺の言葉を信じなかった。
信じられないと言われても、画面の写真はズームして撮られているのか画像がかなり粗かったし、これが俺だと言われても、そうなような、そうでないような曖昧なものだった。
それに、今は画像編集ソフトでいくらでも高性能なコラージュは作れる。
そう必死に訴えたのだが、今まで安定していた関係だと信じていたのに突如として見せつけられた俺の不貞写真に、玲奈は平静を失っていた。
いくら弁明しても信じてもらえず、尚且つ周囲も俺の不貞を責め始めた。
中には、玲奈を狙っていると噂されている男子の姿もあり、そいつはニヤニヤしながら俺を責めたてていた。
嵌められた。
率先して責めたててくるコイツらが犯人に違いない。
それを裏付けるように、散々俺を責めたてたあと玲奈に、あんな奴のことは忘れろよ、と俺と玲奈を引き離すような言葉を投げかけている。
その中にはその男と同じグループの女もおり、皆がグルなんだと気付いた。
しかし、そいつらが俺に冤罪を仕掛けたという証拠はない。
なのに、俺だと明確には証明できない写真は、間違いのない証拠として周囲に認知された。
その理不尽さに怒りを感じるが、周囲はすでに俺のことを悪だと信じ切っている。
もう、俺の言葉に耳を貸すものは誰もいなかった。
それでも、今は冷静さを失っている玲奈が落ち着きを取り戻せば、俺のことを信じてくれると思っていた。
しかし、玲奈から突き付けられたのは、俺の浮気を責める言葉と別れだった。
それが決定打となり、俺は周囲の人間から、長年付き合ってきた幼馴染みの恋人に隠れて浮気をする、最低のクズ男と呼ばれるようになった。
伶奈に信じてもらえず、自分はなにもしていないのに周囲から責め立てられる毎日に、俺は、心が急激に冷めていくのを感じていた。
確たる証拠もないのに俺を責め立てる伶奈や周りの人間が、醜いモノにしか感じられなくなった。
中でも執拗に絡んできたのが、伶奈を狙っているという噂のあった中谷亮太だった。
しつこく絡んできていたのだが、俺が相手にせず無視して側を通り過ぎると、苛立ったのか俺の背中を蹴り飛ばしてきた。
背後から急に蹴られて廊下に倒れ込むと、罵声を浴びせてきた。
「スカしてんじゃねえよこの浮気野郎がっ! お前はそうやって地面に這いつくばってんのが似合ってんだよっ! まあ、心配すんな。伶奈は俺がもらってやるからよぉ」
そう言ってゲラゲラと笑い始めた中谷を見て、俺は……キレた。
醜い顔で笑っている中谷の鼻っ面を思い切り殴り飛ばした。
鼻は、殴られても身体にダメージはあまり無いけど、とにかく痛い。
見下していた相手から反撃を喰らうとは夢にも思っていたなかったんだろう、中谷は鼻を殴られた激痛から及び腰になり、鼻血が流れ出した鼻を押さえながら恐れの籠もった目で俺を見てきた。
そこに、タイミング悪く玲奈が通りかかった。
鼻を殴られたことによって鼻血を出している中谷を見て、玲奈は思い切り俺を睨み付けてきた。
「自分が悪いのに中谷君を殴るなんてどういうつもり!? そんな最低な人だなんて思わなかったよっ!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は、誤解され別れを告げられたあとも、僅かに引き摺っていた玲奈への恋心が、急速に消えていくのを自覚した。
俺が玲奈を冷めた目で見ると、玲奈は一瞬ビクッとして、信じられないものを見るような顔になった。
その後すぐに駆けつけた教師により、俺は生徒指導室に連行された。
先生による事情聴取を受けた俺は、どうせ信じてもらえないだろうけど、先に手を……というか足を出してきたのは中谷であり、俺は身を守るために反撃しただけだと弁明した。
意外なことに、俺の制服の背中に中谷に蹴られた足跡が残っていたことと、白昼の学校の廊下での出来事で、目撃者が多数いたこともあり、俺の意見は認められた。
しかし、身を守るためとはいえ相手に怪我をさせたことは看過できないと言われ、一週間の停学処分となった。
先に足を出した中谷は、怪我まではさせていないとして、厳重注意と三日間の奉仕活動という結果になった。
俺の弁明が認められたものの、加害者と被害者の罰の重さが逆じゃないかと思ったのだが、理由はどうあれ怪我をさせた方が悪なのだそうだ。
俺はこの事件から、学校にも不信感を持つようになった。
停学が明けて学校に通うようになると、俺の扱いがこれまでと一変した。
クラスの中でも目立つ存在であった中谷が、俺の姿を見た途端、怯んだ態度を見せたからだ。
今まで色々と責め立ててきていた人間も、俺を見るとサッと顔を伏せるようになった。
中には、俺が側を通り過ぎるときに震えている奴もいた。
どうやら俺は、気に食わないことがあると、すぐに手を出す暴力的な人間だと思われるようになったらしい。
その結果、俺はクラスの人間だけでなく全校生徒から距離を置かれるようになった。
元々、教師も含めたこの学校の人間のことが信じられなくなっていたので、向こうから距離を取ってくれるのは願ったり叶ったりだった。
玲奈は、時折俺を見て何かを言いたげにしていたけれど、俺の方に話はないので、そんな態度も無視していた。
そんな状況になってからも学校生活は続き二年生になったのだが、教師たちの嫌がらせなのか、中谷や玲奈と同じクラスになった。
二年生になろうと一年の時の悪い噂は全く消えておらず、俺の周りに人はいなかった。
そしてあの日、俺は日直だったのだが、女子の日直が俺と一緒なのを怖がり、授業が終わると早々に逃げ帰ってしまった。
職務放棄してんじゃねえよと思いつつも、別に不良を気取っていたわけではないので、ちゃんと日誌を書いて職員室に提出しに行った。
そのまま鞄を持って行けばそのまま帰れたのだが、うっかり持ってくるのを忘れてしまったので鞄を取りに教室に戻った。
そこには、中谷と玲奈、そして他数人の男女が教室に残っていた。
視界にも入れたくない人間がいたので俺は早々に自分の席に向かい、鞄を持って帰ろうとした。
そのとき、視界の端にいた玲奈が、またなにか言いたげな表情をしてこっちに来ようとしているのが見えた。
こっち来んな、と思った瞬間だった。
急に教室内が光り、気が付けば、そのとき教室に残っていた俺たちは、この世界に召喚されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます