第33話 エンドロールへ


 翌朝。


 いつもの流れで起床すると、洗面台に行き顔を洗う。

 すでに冬子さんと父さんは仕事で家を出ていて、この家には俺と雪音しかいないのだが、起きてから雪音の姿は見ていなかった。


 というか、あれから雪音と話すことはできておらず、夕飯の時もリビングに出てこなかった。

 昨日あれだけ本音で言い合い、初めてのいわゆる喧嘩というものをしてしまったのだから雪音が出てこないのも納得がいく。

 

 だがやはり、雪音が部屋に引きこもってしまうのはなんだか出会った頃のことを思い出してしまい、今までの努力や雪音との時間がすべて無に帰ってしまったような気がしてならない。

 そうではないと信じたいのだが……俺自身も、とてもじゃないが雪音と会えるような心境ではなかった。


 冬子さんに本音を打ち明け、冬子さんからありがたい言葉をもらった。

 その前にも、雪音の発言から自分が間違っていることにも気が付いた。


「(向き合うと言っておきながら結局、俺は表面上でしか好きって感情を捉えてなかったんだよな)」


 蛇口から水を出し、冷たい水を顔にかける。

 何度かリフレッシュするように顔を洗い、あらかじめ用意してあったタオルを手に取って顔を拭く。


 そして顔を上げ、鏡に映る自分の顔を見た。


「好き、かぁ」


 好きという感情は、世の中にありふれているものだ。

 この料理が好き、この色が好き。寝るのが好き、運動するのが好き。

 

 その中で最も執念深いと言える恋愛感情の好きも、同様に多く存在しながらも、俺はイマイチ実感が持てずにいた。

 初恋はまだ……というほどピュアな人間じゃないし、もちろん誰かを好きになったことはある。……たぶん、小学生ぐらいの時に。


 つまり、恥ずかしいことに俺は、いい年になってからは誰かを好きになっていない。

 今気づいたけど、俺って相当ヤバいのでは……。


「あぁーもう、わっかんねぇな!」


 タオルで水分をふき取ったのにも関わらず、俺はもう一度顔に水をかけた。

 それで何かが洗い流される訳でもないのに、何度も何度も顔を洗った。


 結局、何もわからなかった。










 憂鬱で重くなった心を抱えて、学校に向かう。

 思えば考えるべきことは家のことだけでなく、伊万里のこともあった。


 昨日の伊万里の行動は割と決定的で、俺の中であの仮説はほとんど確信に近いものになっている。

 伊万里のことだからたぶんよっぽどのことがない限り、俺に対する接し方は変わらないだろうし、俺がどうこうすることでもないのだが。

 そう単純に割り切れるほど、俺という人間は楽にできていない。


「(ってか昨日、色々ありすぎだろ……ほんとに一日か?)」


 密度で言ったら、半年はくだらないレベルで濃密だった。

 起床してからも考える事ばかりで、せっかく寝て体が回復したというのに頭が疲れていくばかりだ。


 気だるさにため息をつきながらも歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。


「おはよ、三好くん」


「っ⁉ い、伊万里⁉」


 なんてタイムリーな……。


「どうしてそんなに驚いてるの? というか、なんか顔赤いよ?」


「い、いや! 何でもない! マジで、なんでもないから!」


 必死に誤魔化す。

 昨日のこともあったし、伊万里を意識しすぎるあまり変なところに力が入って自然な感じで会話ができない。


 ぎこちない俺を見て、伊万里がケラケラ笑う。


「緊張しすぎだよ三好くん。もしかして――昨日のことでも思い出しちゃった?」


「っ⁉」


 まさか自分で昨日の話題に触れてくると思わず、言葉に詰まる。


「い、いや、そ、それは違うぞ? だって伊万里に忘れろって言われたし、そもそも、何のことだかさっぱりだな?」


「ふふふっ、三好くん、やっぱり嘘つくの下手だね」


「う、うるせぇ!」


 小さく微笑む伊万里の姿を見て、俺は気づかれないようにほっと胸をなでおろす。

 予想通り、伊万里は伊万里のままだった。


 例えば昨日のように伊万里らしくない行動をしても、翌日には完璧に伊万里になっている。それが伊万里という女の子で、俺が知っている伊万里だ。

 

「(ってことは、伊万里のことは今は考えなくてもよさそうだな)」


 伊万里に関しては、別に問題が起きているわけじゃない。

 それに確信があるとか言っちゃったけど、別に俺の単なる予想なわけで。

 なんだか今の伊万里を見ていると、ひょっとして俺のうぬぼれなんじゃ⁉ と思わされなくもない。


 とにかく、これで心労が一つ減った。

 今は最も身近で、最も早く対処しなければならない義妹のことを考えよう。


 伊万里に会えてよかった、なんて俺はこの時思っていた。

 確かに、思っていたのだ。










 異変は、学校付近から感じ取れた。

 そもそもこの異変、違和感は俺の中で既視感があったのだ。


 それでも、まさかと可能性から目を背けて伊万里と並んで登校した。

 しかし、教室に入った瞬間に、その嫌な予感は確信へと変わってしまった。


「おはよう、みん……な?」


 伊万里がいつも通り元気よく挨拶しようとして、言葉が尻上がりになる。

 クラスメイト全員が、異様にも俺たちに視線を向けていた。


 そしてニヤニヤした奈良橋が、待ってましたと言わんばかりに俺たちに近づく。

 俺と伊万里それぞれの肩にポンと手を置いて、「お前たち、遂になんだな」と切り出した。




「――遂に、付き合ったんだな、お前たち!」




 奈良橋の言葉と同時に、祝福の拍手が沸き上がる。

 

 ――しかし、俺は確かに見たのだ。

 伊万里が悲しそうな表情をしたことを。



 決してこれは祝福なんかじゃない。

 エンドロールへ向かう、拍手なのだ。

 


 

――――あとがき――――


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

読んでくださる皆様には、感謝しかありません。


重い展開が続いております。皆様もお気づきかと思いますが…今作は、クライマックスに向かって走り出しております。

三好康太がどんな選択をするのか、毎話毎話目が離せない展開のオンパレードになっていきますので、ぜひ毎日の更新を楽しみに待っていただけたらなと思います!


では、ラストスパートもよろしくお願いしますッ!!!

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