第3話 初めてだらけです


 カーテンを閉め切った部屋の中で。

 銀髪の艶やかな髪が室内灯を反射して、きらきらと輝いていた。

 

「もぐもぐ……」


 ちゃぶ台を挟んで、対面に座る雪音が小さい口で昼ごはんを食べている。


「(こ、これが俺の妹か……)」


 目を奪われるというか、心を奪われるというか。

 とにかく端的に言えば、雪音は圧倒的な存在感を放っていた。


 テレビの中から出てきたかのような、整った顔立ちに真っ白な、透き通った肌。

 幼さが見える童顔ながらも、その儚げな表情は間違いなく見るものを魅了する。

 綺麗とも言えるし、可愛いとも言える。まさにその二つを併せ持っているかのような美貌を雪音は持っていた。


「(さすがにこれは面食らったな)」


 はっきり言って、俺はこれほどまでに美しいと思った人を見たことがない。

 それは有名な雑誌に載っているモデルや、テレビに引っ張りだこの女優なんかと比べてもそうだ。


 そしてきっと、この先雪音以上に容姿に優れ、オーラを放つ女の子に出会わないだろうなとも思った。


「(っと、いけないいけない。俺はただ見惚れるためにここに来たんじゃないんだった)」


 俺の目的は妹に心を開いてもらう事。

 そして兄として、悩みを抱える妹を救い出すことだ。


 まずは手始めに、話しかけてみることにする。


「こうやって面と向かって話すのは初めてだな。俺が一方的に話しかけてはいたけどさ」


「…………」


 雪音は無表情に箸を進める手を止めない。

 それでも俺は果敢に話しかけていく。


「そういえば、俺の作ったスイーツどうだった? 差し支えなければ、一番気に入ったものなんか教えてくれると、俺結構嬉しいんだけど」


「…………」


「……あ、ゲームだ。ほら、ゲーム雪音にあげただろ? あれ、面白いか?」


「…………」


 ……え、人形?

 俺の作った昼飯を食べるだけの人形か?


「(い、いやいや、なわけないだろ! これは人形じゃなくて妹!)」


 万一これが本当に人形だった場合、この物語はホラーへとジャンル変更しなければいけない。

 冬子さんのサスペンス始まるわそんなの。


 とまぁ冗談はこれくらいにして、雪音と会話をしたい俺なんだが……ここは焦っちゃいけないだろう。

 なにせ一か月もこの時を待ちわびたのだ。今この瞬間、雪音がご飯を食べ終えるのを待つなど、朝飯前である。昼飯中だけど。


「…………」


「もぐもぐ……」


 雪音のご飯を食べているところを無言で凝視するのは、なんだかエッチすぎてガイドラインに反しそうなので部屋を見渡すことにする。

 水色を基調とした部屋は実に女の子らしく、ぬいぐるみがたくさん置いてあった。


 思えば女の子の部屋に来たのは随分と久しく、それを意識すると急に緊張してくる。

 とはいえ雪音は俺の妹。妹の部屋を見て欲情するような、そんなド変態兄貴ではない。


 しばらくして昼ご飯を食べ終えた雪音は、食器をトレーに戻し、そしてようやく俺の方を見た。


「……兄さん」


「っ!!!」


 い、今雪音が兄さんって言った!

 さっき言われたけど、二回目の兄さんをいただいた!


 こ、これきしのことがこんなにも嬉しいなんて……我が子に初めてお父さんと呼ばれた親の気持ちが今すごくよくわかった。

 雪音が何か言いたげにもじもじしているので、その興奮をグッと堪えて雪音の言葉を待つ。


「そ、その……色々とありが、とう」


「っ!!!!!」


 い、今雪音が俺にありがとうって言った!

 初めて雪音からまともにもらった言葉が、ありがとうになった!


 まさか妹とコミュニケーションを取ることがこんなにも嬉しいなんて……上京した我が子と久しぶりに話す親の気持ちが今すごくわかった。


 喜びを噛みしめていると、少し照れくさそうにした雪音が視線をそらして続ける。


「スイーツとか、ゲームとか……ありがとう、兄さん」


「お、おう! 雪音が満足してそうで何よりだ!」


「う、うん……」


 初めて雪音と話すにあたって、正直不安な気持ちもあった。

 だが、今はすっかり安心したというか、むしろ雪音が妹になってくれてよかったとさえ思う。


 俺はきっと、雪音にならちゃんと兄ができるだろう。


「それと……ごめんなさい。今までひ、引きこもってて……」


「いいんだよ別に。雪音が謝ることじゃない。俺はとにかく、雪音に会えたことが嬉しいんだから」


「に、兄さん……」


 頬をぽっと赤く染めた雪音が、ズボンをギュッと握る。 

 

 きっと雪音は、この部屋の扉を開けるのにいっぱい悩んだはずだ。

 その結果、急に兄になった俺を受け入れようと、顔を見せてくれたのだ。


 妹がそこまでしてくれたんだ。

 兄として、そんな妹の不安とか、悩みとかは払拭してあげたい。


「雪音、これからは俺に遠慮するな。してほしいことがあったら何でも言って欲しい。本当に、なんでもだ。俺にできることっていう条件付きではあるけど……でも、俺は雪音のことをもっと知りたいし、もっと仲良くなりたいと思ってるから。だから俺に、頼ってくれよ」


「……い、いいの?」


「いいさ、もちろんだ。だって俺は、雪音の兄貴になるんだからな」


 そう言い放つと、雪音は目を見開き、目尻にうっすらと涙を浮かべて頷いた。


「分かった。ありがとう――兄さん」


 にひっと白い歯を見せて笑う雪音。

 またしても心を射抜かれながらも、俺はようやく手にしたこの機会に胸を熱くさせていた。


「(ここからゆっくり始めていこう。俺と雪音の、兄と妹としての関係を)」




 ――そう決意した俺とは裏腹に。


 俺と雪音の関係が思わぬ方向にひん曲がることを、この時の俺は知る由もなかった。


 

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