第2話 試行錯誤の日々
「ふぅ、こんなもんかな」
段ボールだらけの部屋を見渡して、ふぅと一息つく。
物が少なくて助かったなと思いながら、服と書かれた段ボールに手をついた。
父さんに再婚すると言われて、あっという間に二週間。
ドタバタしながらも荷造りを終えた俺は、長らく住んだ家に別れを告げ、冬子さんの家に引っ越していた。
ちなみにこの二週間でまだ一度も妹になった雪音と会えていない。
「(隣の部屋が、雪音の部屋なんだもんな……)」
今も雪音は部屋にいるのだから距離的には近いのだが、会ったことがないから存在していることの実感がない。
ちなみに、中学時代の写真は冬子さんから見せてもらったのだが、冬子さんに似てものすごく美人だった。
ボーっと雪音の部屋側の壁を眺めていると、トントンとドアをノックされる。
「ごめん、今ちょっといい?」
「あ、冬子さん」
「荷解きも落ち着いたみたいだし、一回挨拶してみない?」
「待ってました」
挨拶というのは、雪音に自己紹介することだ。
前々から落ち着いたときにしようと冬子さんと約束しており、それが今日なことは大方予想がついていた。
少し緊張しながらも部屋を出て、雪音の部屋の前に立つ。
ドアを開けて顔を見せてくれることを期待して、トントンと扉を叩いた。
「今ちょっといいか?」
しかし、その声に返答はない。
「(ま、最初はそんなもんだよな。日進月歩、日進月歩……)」
今度はこちらから一方的に、雪音が聞いていると想定して話し始める。
「初めまして、三好康太だ。これから雪音の、一応兄になる。何かして欲しいこととか、そんなのあったら言ってくれ。基本的に何でもするからさ」
これも当然、返事はない。
冬子さんの方を向くと、冬子さんは苦笑いしながら申し訳なさそうにしていた。
「また声かけるからな」
最後にそう言い残して、今回は撤収する。
妹との第一戦は、俺の完敗。
――だが、最後に勝てばそれでいい!
そのスタンスの元、俺の長い雪音へのアタックは始まった。
――一週目。
まず初めに、雪音にご飯を持っていく担当を俺は買って出た。
完全に部屋に引きこもってしまっているため、部屋まで持っていく必要があるのだ。
「雪音? 今日の昼飯持ってきたけど」
――当然、返事はなく。
「じゃあここに置いておくからな」
トレーを部屋の前において、俺は早々に退散する。
ここで、雪音がトレーを部屋から出て回収するところを待ち構える、という愚行は決してしない。
そんな罠みたいなことをして、心を開いてもらえるわけがない。
あくまでも俺は寄り添い続ける。そしていつしか――部屋に入れてもらうのだ!
――二週目。
すっかり配膳担当も板についてきた俺だが、依然として雪音との直接的なやり取りは出来ていない。
「(慣らしはこれくらいでいいだろう。こっからギアを――あげる!」)」
冬子さんからの情報によると、雪音は甘いものが大好きなようで、冬子さんと二人で暮らしていた時はスイーツを要求するほどだったと聞いている。
「(元来より親睦を深めるためには、その人の好きな物からアプローチするのが鉄則だ。使い古された王道の手法、やってやんよ!)」
ただスイーツをあげるのも弱いため、俺はより親近感を持ってもらうためにスイーツを手作りすることにした。
偶然友達にスイーツ作りが趣味な奴がいて、そいつに教えてもらいながらも色んなバリエーションのスイーツを作った。
「雪音? お兄ちゃんスイーツ作りすぎちゃったから、今日も部屋の前に置いとくぞ」
返事はないものの、ドド、と物音が聞こえてきた。
「(は、初めての雪音の反応……手ごたえあり! さすがスイーツ!)」
夜に再び雪音の部屋の前に来てみると、夜ご飯のトレーと共に綺麗に平らげられた俺自作のスイーツの皿が置いてあった。
むろん、全力でガッツポーズ。
「(おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!)」
声を堪えただけ、俺は偉いと思う。
――三週目。
スイーツで胃袋を掴むことに成功した俺は、今度は別の好きな物を探るべく、試しに流行りのものを色々と雪音の部屋の前に置いてみることにした。
「(伊万里に教えてもらった、今女子の間で大流行中の少女漫画! これでどうだ……)」
夕飯と一緒に、さりげなく漫画を置いておく。
「雪音! 晩御飯置いとくからなー!」
ワクワクしながら三時間ほど待ち、雪音の部屋の前に行ってみる。
そこには夕飯のトレーはなく、ポツンと残された――少女漫画が。
「(は、外れた……なら今度は!)」
知り合いの図書委員イチオシの恋愛小説を置いてみる。
しかし、これも……。
「(不発かぁ……文学少女ではなかったか……なら今度は!!)」
クラス一のゲームオタである木村に勧められたファンタジーゲームを置いてみることにする。
「(決して安くない値段……でも、妹のためならば!)」
そして結果は――
「(な、ない! ゲームがないぞ!)」
置いておいたはずのゲームが雪音の部屋の前にないということは、雪音が興味を持ったということ。
ようやく当たったことに、叫びたくなるほどの喜びを噛みしめた。
しかもその日の夜、隣の部屋から微かにゲームの音が聞こえ、喜びが上限突破した俺は一睡もせずに学校に行った。
その日は常時アドレナリンが出ていたのか、それでも全く眠くはなかった。
――四週目。
雪音と暮らし始めてまもなく一か月。
未だに顔を見ることはできていないが、間違いなくそれに近づいているという実感があった。
ここからの作戦は特になく、これまで通り雪音が扉を開いてくれるのを待つばかり。
ただ一日一回は必ず、雪音のドアをノックして話しかけるようにしていた。
「それで、奈良橋が教室でコーラをぶちまけてさ――」
そうやって何日も何日も雪音に話しかけ、寄り添おうと努力を重ね。
暦が五月に変わり、中盤へと差し掛かったある日。
「雪音? 昼ごはん持ってきたぞ」
いつも通り返事はなく、トレーを置いてそそくさと退散しようと思った――その時。
ゆっくりとドアが開き、隙間からひょっこりと彼女が顔を出した。
「初めまして……兄さん」
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