病んでる義妹に寄り添ったら、俺がいないと生きていけない体になっていた件

本町かまくら

第1話 義妹ができた

 

 俺の部屋のベッドの上にて。

 ギシギシと音を立ててベッドを揺らしながら、俺の上に頬を赤く染めた女の子が跨り、耳元で囁いていた。


「兄さん、兄さん愛してるよ。私、愛してるよ」


「わ、分かったからどいてくれ!」


「や、やだよ! だって兄さん、私の愛の大きさが分かってない! 私の想いの強さが伝わるまで、私は兄さんとくっつくの!」


「な、なんでだぁぁぁぁ!!!!」


 この可愛いの上をいく可愛さを持った女の子は、無論俺の彼女なんかではなく。

 これはまごうことなき、俺の妹である。それも――義理の。



「ふふっ、兄さんが悪いんだよ? だって私、兄さんがいないと生きていけない体になっちゃったんだから――」



 妖艶な笑みを浮かべて、俺に迫る妹。


 一体どうしてこうなったのか。

 それはあの日まで遡る――





     ◇ ◇ ◇





 新学期を迎えたある日のこと。


 俺、三好康太みよしこうたが家に帰ると、珍しく平日の昼間なのに家にいる父さんと、そして――見知らぬ女性がいた。

 父さんに促されるがまま四人掛けのテーブルにつくと、父さんは真剣な表情で話を切り出した。


「あのな、父さん――再婚することになったんだ」


 再婚。

 その言葉を聞いて一瞬戸惑ったが、少し時間が経てばすぐに喜びに変わった。


「そっか、おめでとう、父さん。俺は嬉しいよ」


「そ、そうか……もしかしたら康太に反発されるんじゃないかと思ったんだがな、よかったよ」


 確かに親の再婚に反発心を抱く気持ちもわかる。

 実際、父さんが再婚すると聞いて頭にちらついたのは、無論俺の母さんのことだった。


 母さんは俺が小学校に入りたての頃に病気で死んでしまった。

 昔から病気がちだったため、ある程度覚悟していたことではあったが、あの衝撃は今でも忘れられない。

 

 とはいえ、母さんを失って一番苦しんだのが父さんなのはよく知っているし、その分幸せになってほしいとも思っていた。

 だから純粋に、父さんの再婚の話を喜ぶことができたのだ。


「それで、この方が再婚相手の有紗冬子ありさふゆこさんだ」


「初めてまして、康太くん。その……まずはごめんなさい。突然、私が来てしまって……。ほんとは前々から顔を合わせておきたかったのだけど、母親じゃない女の人が来たら、困惑するかと思って」


「大丈夫ですよ。俺としては本当に父さんが再婚するのは嬉しいですし、言い方が変かもしれないんですけど、大歓迎ですから」


「まぁ……ほんと、賢治さんの言う通り、できた息子さんだわ」


「私も今、そのことを再認識してるよ」


「やめてよ二人して。俺はまだ高校三年生なんだからさ」


 自分ができた息子だという認識はない。

 だが周りに比べれば反抗期というのもなかったし、日常生活で父さんと揉めるようなこともなかった。


 まぁそれは早くから母さんを失ったからなわけで、俺にとっては何ら特別なことではないけど。


「それでな、再婚するにあたって、一つ大事なことを言わなければいけないんだ」


「大事なこと?」


「そうなの。実はね、私には――娘がいるの」


「娘?」


 いまいち言葉の意味が分からず、冬子さんに聞き返す。


「そう。康太くんの二個下の、高校一年生になる娘がいるの」


「つまり、康太に妹ができるってことだ」


「俺に、妹……」


 唐突に小出しされていくビックニュースに、脳の処理が追い付かない。

 何度も頭の中で繰り返し「俺に妹ができる」と唱え、実感がないまま理解はなんとかすることができた。


「そっか。俺に妹ができるのか」


 兄弟というのは、これまで俺には無縁な話だった。

 しかし、周りに兄弟がいる人を見ては、羨ましいと思っていたのだ。


 そんな俺にも、あの兄弟ができる。

 徐々に実感が伴っていき、確かな喜びを感じた。


「……嬉しいな。ずっと兄弟が欲しいと思ってたんだ。会うのが楽しみだよ! でも、今日はいないの?」


 二人に聞くと、意外にも二人が黙り込んでしまう。

 その雰囲気から訳アリであることを察した俺は、二人が話し始めるのを待つことにした。


 やがて、冬子さんがぽつりと話し始めた。


「実はね、雪音……そう、私の娘なんだけど、色々あって部屋から出れなくなってしまったの」


「そ、それは……一体どうして?」


「中学二年生の頃に、クラスメイトの女の子からいじめを受けるようになって、それからエスカレートして、それで……」


「……ひどいな」


 いじめというのを身近に見てこなかったし、体験したこともない俺にそのすべての苦しみを理解することはできないが、引きこもってしまうほどのいじめというのは、相当悪質なものだったに違いない。

 

「(なんてひどいんだ。いじめられてたなんて……可哀そうだ)」


 冬子さんは俯いて続ける。


「だから、もしかしたら康太くんに心を開くのは時間がかかるかもしれないの。色々と面倒をかけてしまうだろうし……」


「別にいいですよ、それくらい」


「え……?」


「だってこれから家族になるんですから。俺は兄として、時間はかかるでしょうけど根気強く頑張ります」


「康太くん……」


 冬子さんは俺の言葉を聞いて涙を流した。

 そして「ありがとう」と感謝の言葉を何度も繰り返した。


「これから雪音のこと、よろしくね」


「はい、任せてください!」


 俺は勢いよく返事をして、ギュッと拳を握りしめる。



 俺にせっかくできた妹だ。念願の妹だ。


 兄として、絶対に心を開かせてみせる!

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