第24話 伊万里は敏感です


「うはぁ……」


 朝登校して、開口一番に俺はため息を吐いた。

 机にうな垂れ、疲労感をひしひしと感じながら伸びをする。


「どうしたの? なんだかお疲れの様子だけど」


「伊万里か……」


 今日も委員長というポジションがビシッと板にハマっている伊万里が、俺の席の前に座る。


「やっぱ疲れてるの分かる?」


「わかるよそりゃ。疲れてる人にしか出せないため息出てたし」


「そ、そっかぁ」


 朝日の眩しさを感じながら、何とか顔を上げる。

 すると伊万里が俺の顔を見て首を傾げた。


「あれ? 三好くん、なんか老けた?」


「やっぱり⁉ だよなぁ……俺もそう思ってた」


「自覚あったんだ……」


 呆れたように笑う伊万里。


「何があったか私に話してみなさい? こう見えても私、委員長だしさ?」


「こう見えてもどう見えても、伊万里は委員長だよ」


「へ、へぇ、そっか」


 委員長っぽいと言われたことが嬉しかったのか、照れを隠すように伊万里が頬を掻く。

 

「じゃあなおさら、三好くん曰くザ・委員長の私が話聞いてあげようか?」


「お、ノってきたな伊万里?」


「……まぁ、委員長が委員長っぽいって言われて、嬉しくないわけはないよね?」


「素直じゃないなぁ」


 二人して笑い合う。

 雰囲気がだいぶ砕けてきたところで、再度伊万里が訪ねてくる。


「で、何があったの?」


「あ、それは……」


 いつもの流れで話してしまおうと思い、はたと思いとどまる。

 俺の悩みの種、そしてこの睡眠不足の原因は間違いなく昨晩のキス事件。

 精力剤を飲まされたことも大きく影響していて、そのせいで一日バチバチに性にアクティブだった。


 そこに畳み掛けてくるえっちな義妹、雪音の誘惑。

 最終的には事故的にキスしてしまい、その後も俺のエクスカリバーは収まらずに数発で何とか鎮静。

 その頃には朝も近く、加えて胸の動悸がすごくて全然寝付けなかったという地獄のスパイラル。


 伊万里にも伝えられるように言葉を選んで、自分で収めたことも省いて話さなければいけないが、どうしたって核心的な部分である雪音とのキスは言わざる負えない。

 

 ――だが、ここは教室。俺と伊万里の間で話すだけとはいえ、教室で話すにはかなり抵抗のある話だ。というかそもそも、妹とキスをしてしまったという話を伊万里にすべきではない気もする。


「あー、まぁ? そのだな……」


 だからここで本当の話はできず、代わりにどうしようか悩んでいると伊万里がぽんっと手を叩く。


「あ、もしかして期末テスト? 期末テスト近いから夜遅くまで勉強してたんでしょ?」


「あー、うん、そうそう! それだよそれ!」


 いい理由がまさか伊万里から出されるとは思ってもなかったので、これでもかというくらいにこの話題に食いつく。


「いやぁーそれがさ、期末テストがほんとヤバくて……って期末テスト……ん? 期末……あ、あぁー。……うん、ヤバいわ」


 期末テストという言葉をようやく咀嚼でき、事の重大さに気が付く。


「(最悪だ! そういえばそろそろ期末テストじゃん! 最近雪音のことに気を取られ過ぎて全然認識してなかった! やばい全く勉強してない!)」


 俺の高校はテストの一週間前ごろからバラバラと各試験範囲が出されるのだが、出されてから勉強しては当然高得点は取れず。

 前回のテストから考えて出るであろう範囲を予め勉強しておく必要がある。じゃないと範囲を網羅することはできない。


 だが、俺はそれが全くと言っていいほどできていなかった。

 期末テストに乗っかったことなどすっかり忘れて絶望する俺に、伊万里が心配そうに声をかける。


「どうしたの? なんだかまるで、全く勉強してなくて今期末テストの存在を思い出した、みたいな顔してるけど」


「っ! い、いや? そんなことはないけど……」


「(察しがよすぎてもはや怖いんですが⁉)」


 何か言い訳をしなければと思い、適当に思いついたことを話す。


「いやぁ、あれかな? 今回の数学の範囲に結構苦戦しちゃっててさ? 昨日もそれに格闘してて、思い出すだけで絶望? みたいな?」


「ふぅ~ん」


 訝し気に俺のことを見る伊万里。

 察しの良い伊万里だ。俺みたいな誤魔化すのがド下手な奴のことなど簡単に見抜いてしまうかもしれない。

 俺はせめてもの抵抗で、精一杯の愛想笑いを浮かべる。


「じゃあ、私が教えようか?」


 伊万里がさりげなく提案する。


「え、あ、マジ? そりゃ、学年一位の伊万里に教えてもらえるなら助かるけど……」


 色んな意味で助かるけど。


「別にいいよ。これもクラス委員長の務めだし?」


「クラス委員長は何でも屋ではないだろ」


「クラスメイトが困ってたら助けるのは当然だよ」


 だいぶ委員長の仕事の範疇を超えているのだが、実際伊万里はクラスメイト達に寄り添っているし、実行している伊万里を一概に否定できない。

 伊万里が「それに」と人差し指を立てる。



「三好くんと私の仲だからね。他の人にはさすがにここまでしないけど、私が三好くんの個別教師になってあげる」



 ふふっと小さく笑う伊万里。

 伊万里の教師姿を不可抗力的に想像して、意外にぽいなと思ってしまう。


「よろしくお願いします! 伊万里先生!」


 棚から牡丹餅的に願ってもない話だったが、非常に助かるのでもちろん依頼。


「ふふっ、任されました!」


 得意げに笑う伊万里を見て、二つの意味でほっと胸を撫でおろす俺だった。



 

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