第5話 兄としての責務
夜ご飯を食べ、満腹な状態でいい気分になりながらベッドに横たわって漫画を読む。
俺個人の考えだが、一番手っ取り早い休息の方法はダラダラすることだと思う。
人間、何も背負ってない状況が何よりいい。ちなみに宿題は終わっていない。
「(お、もうこんな時間か)」
壁にかかった時計を見て、よいしょとベッドから起き上がる。
向かう先はもちろん――雪音の部屋だ。
ドアを二度ノックし、声をかける。
「雪音?」
すると待っていたかのように扉が開き、照れくさそうに俯く雪音がお出迎えしてくれた。
「どうぞ……兄さん」
「おう」
こうして雪音の部屋に入るのはすっかり日課となっていた。
字に起こせば、『夜な夜な可愛い妹の部屋に通い詰める童貞お兄ちゃん(17)』となり、犯罪臭がプンプンするのだが、このような解釈を俺はしていない。
俺はただ、雪音により心を開いてもらい、ちゃんと家族になるために雪音の部屋を訪れている。
断じて、上記のような不純なものではないのだ。
「今日は何をするんだ?」
「……これを見たくて」
雪音がテレビの画面を指さす。
雪音が見ようとしていたのは、今流行りのアクション映画だった。
「お、俺もちょうど見たかったんだよ」
「そ、そう……」
「じゃあ見るか」
「う、うん」
いつも通り座布団を敷いて、二人並んでテレビの前に座る。
映画が始まり、俺と雪音はじっくりと映画鑑賞を楽しんでいた。
物語はどんどん進んでいき、終盤の手前で一度悪役に負けるヒーロー。
しかし、ヒロインがそんなヒーローを励まし、洋画によくある濃厚なキスシーンに入った。
「(こ、こういうの妹と見るとか、なんか気まずいな……)」
黙って見るのもむずがゆくて、俺は思いつきで話題を振る。
「雪音って、好きな子とかいるのか?」
「っ!!! に、兄さん急に何聞いて……!」
「い、いや、恋バナだよ恋バナ!」
頬を赤く染めて、俯く雪音。
「(って、なんでキスシーンで気まずいのに、恋バナしようとしてんだ俺は⁉)」
初歩的でアホすぎるミスに頭を抱えていると、雪音が小さく呟いた。
「に、兄さんは私に好きな人がいるかどうか知りたいの?」
「ま、まぁそうだな」
こうなっては仕方がないと思い、行き切ることにする。
無言よりはマシだしな。
「そ、そっか。……いないよ、好きな人なんて」
「へぇ、そっか。じゃあ今までに彼氏とかいたことあるのか?」
「そ、それもない……私、恋愛とか興味ないし」
「それは意外だな。雪音くらいの年齢の子だったら、みんな恋愛に興味津々かと思った」
「そんなことないよ! ……全然、全然だもん」
確かに、どの女の子もそうとは限らないか。
実際、伊万里は多くの男子生徒から告白されているが、どれも見向きもしてないわけだし。
「でも、告白されたこととかはあるんじゃないか? ほら、雪音ってめちゃくちゃ可愛いし」
「か、可愛くない!」
「いや、可愛いだろ普通に。これを妹に言っていいのか分からないけど、俺の人生で圧倒的ナンバーワンに雪音は可愛いぞ」
「っ!!! う、嬉しくない! 兄さんにそう言われても……」
「あはははっ、まぁそうか。でも安心しろよ、俺は雪音の兄貴だから、好きになっても妹としてだぞ」
俺がそう言うと、雪音はなぜだかしょんぼりと俯いた。
「……そ」
やはりまだ雪音とは心の壁を感じる。
俺的にはもっと雪音とは仲良くなれると思うんだけど……こればっかりは、一朝一夕でどうにかなる問題じゃないか。
時間をゆっくりかけていこう。それしかない。
俺は凝り固まった体をグーっと伸ばして、頭を掻いた。
「あーでも、いつか雪音にも彼氏ができるんだろうな」
何となく口から出た言葉に、雪音が顔を強張らせる。
「……できないよ、きっと」
雪音が今までとは違う声音で返す。
ちゃんと雪音の顔を見て、俺はこの時ようやく気が付いた。俺がこの話題を振り始めた時から、実は冗談ではなく、割と本気で嫌がっていたという事を。
それでも俺に合わせて、我慢して……それに気が付かず、照れくさいだけだと思ってしつこく聞いた俺を一発ぶん殴ってやりたい。
どうにか話題を変えようと、会話の糸口を探していると雪音がぽつりと話し始めた。
「……私、中学の頃、クラスで人気の男の子に告白されたの。でも、恋愛とかよくわかんなかったし、断ったの。でも、その男の子を好きな女の子がいて、その子から嫌われちゃって。それから私……いじめられるようになったの」
初めて雪音が話した、中学時代の話。
俺は聞く体勢を整えて、雪音に波長を合わせる。
「悪口を言われたり、靴を隠されたり。誰も私と話してくれなくなって、辛い思いをして、学校に行けなくなって……」
「雪音……」
「だから私、恋愛なんて嫌い。だから好きな人なんて――絶対にできない」
雪音の言葉には苦悩の日々と、固い決意が込められていた。
雪音はうっすらと目尻に涙を浮かべて、俯いたまま続けた。
「それに私、可愛くなんてないもん。言い返せなくて引きこもって、お母さんに迷惑かけて……兄さんにも迷惑かけてる、ダメな子だもん……」
「――それは違うぞ、雪音」
「……え?」
俺は雪音に正面から向き合って、言葉を選ぶ。
「雪音はダメな子なんかじゃないし、俺は迷惑じゃない。それはきっと、冬子さんも同じだ」
「で、でも……」
「それに、悪いのは雪音じゃないだろ? 悪いのは全部、自分が好かれなかったからって雪音に嫉妬したその女の子だ。それと、好きな子がいじめられてるのに助けてやれなかった、男の子もだ!」
「兄さん……」
「俺だったら、好きな子がいじめられてたら絶対に助けるし、もしその時俺が雪音の兄貴だったら、学校に殴り込みに行く勢いで猛抗議してる」
雪音は黙り込んで、ギュッと枕を抱きしめた。
俺は精一杯を尽くして、雪音にこの思いを伝える。
「雪音は全然悪くないよ。だからダメな子なんかじゃない。それに可愛い。それはお兄ちゃん歴二ヶ月の俺が保証する」
頬を緩ませて、大きく息を吸う。
「もしこれから嫌なことがあったら俺に相談しろ。絶対に俺が解決してやるし、どんな時も、俺が雪音の味方だ」
雪音が安心できるように、兄らしい笑みを浮かべると雪音は涙で顔をぐちゃぐちゃにして俺に抱き着いた。
「兄しゃあん……兄しゃあんっ!!!」
そっと抱きしめて、雪音の頭を優しく撫でる。
雪音は嗚咽を漏らしながら言った。
「兄さんは、私の味方でいてくれる?」
「もちろんだ。俺はいつでも、雪音の味方だよ」
「う、うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
その後、雪音は今まで抱え込んでいたものをすべて流しきるように、俺の腕の中で泣いた。
その間、ずっと俺は雪音の頭を撫で続けたのであった。
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