第18話 義妹のお悩みです


 私、三好雪音は憂いていた。


「(に、兄さんが全然私に揺らいでくれない……っ!!!)」


 今日も今日とてカーテンを閉め切った部屋のベッドで悶える。

 私は最近家族になった兄さんを愛している。大大大大大好き♡


 だから素直に好きだって言ってるし、私の赴くままにスキンシップも取っているけど、兄さんからのレスポンスは何もない。

 兄さんは私の兄であろうとしていて、だから絶対に手を出さないと、そう言うのだ。


「もうっ! 兄さんのけちぃ」


 私としては義理なんだからそういう関係になったっていいと思う。

 妹でありながら彼女で、愛し合ってゆくゆくは奥さんになって毎日毎日……。


「えへへぇ♡」


 兄さんとのイチャイチャな未来を想像するだけでにやけてしまう。

 私は絶対にその未来を叶えたい。

 だから日々、兄さんにアプローチしているわけで。


 こないだなんか、怖くて出れなかった外に兄さんを迎えに出たくらいなのに、兄さんは嬉しそうにするけど揺らいでる様子もない。


「私に魅力がないのかな……」


 兄さんは私のことを今まで見た中で一番可愛いと言ってくれたけど、それは私が妹だから言ってくれたのかな。

 兄さんはえっちだけど、もしかしたら妹の私を性的な目で見てないのかな……。


「うぅ……」


 自分の胸を両手で触ってみる。

 自分では同年代の子に比べたら発育の良い方だとは思うけど、あの伊万里さんに比べたら全然だし、色気の出し方とか全然わからないし。


 頭がこんがらがってきて、涙が出そうになる。


「兄さんに好きになってもらいたいし、恋人じゃないとできないことしたい……」


 私にとって、兄さんはすべてだ。

 生きる意味すら見失っていた私に、光をくれたのが兄さんだ。

 そんな兄さんの傍にいたいし、そんな兄さんの一番に私はなりたい。


「弱音吐いてたらダメだよね」


 私は涙を拭って、拳を握りしめる。


「絶対に、兄さんを私にゾッコンにさせる! うん、そうだ!」


 そのためにどうするべきか。私は考える。


「……兄さんは責任お化け、そしてえっち。となると……」


 私の頭の中に一つの作戦が思い浮かぶ。


「これしかない。強引に、行くしかない! よし!」


 方向性を固めた私は、勢いよくベッドの上に立った。



「この作戦で、私は絶対に――兄さんにキスをする!」



 私は天井に高らかに宣言する。


「なんだったら、いけるところまで兄さんとする! しちゃうもん!」


 脳内で軽くシミュレーションをする。


「こうなって、兄さんが私に触れて、それで……えへへへっ♡ 兄さんダメだよぅ。も、もう、兄さんは狼さんなんだからぁ……えへへへ♡」


 妄想の世界にどっぷりと浸かってしまった私は、そのまま一時間ベッドで悶えるのだった。





     ◇ ◇ ◇





「えぇ⁉ 父さんと母さん、今日帰ってこないの⁉」


 帰宅早々、雪音の話に驚く俺。


「うん。なんか急遽親戚の人に旅行券をプレゼントされたらしくてね、せっかくだからって二人で」


「そ、そっか。まぁ確かに、新婚旅行とかもしてなかったもんな」


「う、うん」


 雪音が小さく頷く。


「夕ご飯どうしようか……あ、もしあれだったら外食でもするか? 最近雪音、外に出られるようになったし」


「い、いや! おうちがいい! おうちで兄さんとご飯食べる!」


「そ、そうか。ならそうするか」


「う、うん! やったー!」


「…………」


 …………。


 …………。


「(…………え、なんか雪音怪しくないか?)」


 改めて雪音を観察する。

 今日の雪音はパジャマではなく、しっかりと外に出かけるような服を着ていた。


 いや最高に可愛い……じゃなくて、なんでわざわざ着替えてるんだろう。

 もしかしたら俺が学校に行っている間に外に出かけたのかもしれない。


 そして、違和感としてはもう一つ。

 さっきから雪音がそわそわしていて全然俺と目を合わせようとしないのだ。

 普段なら無理やりにでも目を合わせようとするし、目が合わなきゃ拗ねるくらいなのに、だ。


「(……何か企んでるのか?)」


 疑いの目を雪音に向けていると、雪音が俺の視線に気づき髪の毛を触る。


「な、なに兄さん。私のこと見つめて」


「……いや、今日も最高に可愛いなと思って」


「に、兄さんっ!」


 雪音が俺に飛びついてくる。

 俺は雪音をいつものように受け止め、床に下ろした。


「もう兄さん、私に期待させてひどいよぉ」


「期待させてません」


「……あと、また他の女の匂いがしたよ」


 キラキラと輝いていた瞳から一転して、鋭利な視線を向けて言う雪音。


「え? マジ? おかしいな、心当たりが……」


「……兄さんは無意識のうちに女の子を無差別に抱く。私は抱いてくれないのに」


「おいとんでもない偏見!! 俺はそんな軽い男じゃない!」


「あはは、そうだよね? 童貞お兄ちゃん?」


「妹にそんなこと言われたくなかったな⁉」


「でも安心して? 兄さんは私が卒業させてあげるからね!!」


「お断りしますが⁉」


 至って平常運転の雪音。

 これが平常運転なのもどうかと思うが……まぁ、いつも通りだ。


「(さっきのは俺の考えすぎだったかもな)」


 今は別に嫌な予感はしないし、違和感も感じない。

 俺は疑念を振り払うと、ようやく玄関に上がった。




 ――この時の俺は、まさかあんなことが起こるなんて思ってもいなかった。


 妹と兄の関係が揺らぐような、大事件が起こることを。

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